森の主の教材調達

 メルの通っていた学園の様子を水晶玉で覗き見し終えると、彼女は胸に手を当て、ホッとした様子で息を吐く。



「他に被害が広まってないみたいで、ホントに安心しました」


「自分のことはいいの?」


「終わったことなので、どうしようもないでしょう」



 ケロッとした顔で笑う彼女の目に、ウソの色がないのが不思議。ホントに単純にそう思ってる雰囲気だ。俺としても、追加の女の子が送り込まれて、この子が居なくなるなんて可能性がググっと減ってホッとした。



「シャロンも元気にしてるし、あの人に付きまとわれないように周りが守ってくれてるし、言うことはないかな」



 水晶玉を覗き込む間に固くなった体を、彼女は「うーん」と伸びをして解す。



「今日は夕方になってから、畑に水やりするまでは特に予定はないけど……どうしよっか。覚えたい手仕事とかある?」


「日課の鍛錬した後で、髪の結い方を教えてもらえると助かります。これは、自分できちんとできるようにならないと駄目でしょう」


「しばらくは俺がやってあげるけど、練習するのはいいことだ」



 メルの髪は長いから、手入れも大変。いざとなったら切る手もあるけど、ソレは最終手段で、やり方を覚えたほうがいいのは確かだ。

意外と向いてて、髪結師になる――なんてこともあるかもしれない。



「そんじゃ、メルが体を動かしてる間に用意しとく」


「はい。じゃあ、いってきますっ」



 パタパタと部屋から出てくメルを見送り、髪の手入れの練習素材を探す。

最初のウチは、いつもどおり糸束でも梳いてもらって、ソコから順々に覚えてもらう方針で。まあ、最終的には俺が教材になるしかないんだけど。


――それにしても、可哀想になぁ……


 メルを放逐したアレクセイ君の頭の中をついでに覗いた感じだと、どうやら彼は、すでに周囲から見捨てられつつあるらしい。可哀想に(嘲笑)。


 男だろうが女だろうが、自分より立場の弱い相手を一方的に放逐なんてしたら当然だけど、本人が分かってないあたりが救えない。次に呪いを受けることになるかどうかは置いといても、重用されることはもうないだろう。

そもそもが、魔力が高けりゃ王にはなれるけどアレはただの名誉職。実権は、ほぼないに等しい代物だ。国を維持する魔力の供出はさせられるけれど、運営そのものは議会の仕事で、口出しはできないんだから。

どういう経緯かは知らないし、興味もないけど、どっかでド勘違いしたんだろうな。






「むむむむむ。意外と難しい……」



 ただ梳かすだけ。

短いものなら簡単だけど、長くなればなるほどきちんとするのは難しい。



「上手いほうだよ」


「今日、やり始めたにしては?」



 ぶーたれ顔でチロリと睨んで、手元の糸に視線を戻す。50センチ程度の糸の束だけど、下の方から順繰りに解していっても上から梳かすとまた絡まる。

その繰り返しに、彼女は「あーうー」言いっぱなし。

よく手入れしたキレイな髪なら梳きやすくても、糸だと絡まりやすいから仕方ないんだけど……ご令嬢をやってたころと同じような手入れは出来ないから、練習用にはコッチのほうがいい。



「ホラ、力任せにやると――」


「ああっ……! 千切れちゃった……」



 あんまり丈夫じゃない糸を用意しといたから、力任せにやるとすぐに千切れる。



「自分の髪でやってたら、今頃ボッサボサになってるね……」


「コレで、手早く綺麗に梳かせるようになったら、結構すごいよ」



 実は、俺もコレを完璧に梳かすのは出来ないから――ってのはナイショ。



「練習あるのみだね」


「ソレばっかりやってるわけにもいかないから、ほどほどに」


「はいっ。ご飯の用意や、畑の水やりもあるものね」


「そういうこと」



 この子が練習に励んでる間に、まだ教えるには早い雑用を終わらせちゃうか。

今日は、新鮮な肉が食いたい気分。せっかくだし、メルの教材に出来そうな毛足の長い魔獣でも獲ってこよう。アンゴラウルフなら、肉の味も悪くないし丁度いい。



「ラース、どっかいくの?」


「メルの教材になりそうな魔獣を狩ってくるよ。昼のメニューは、塩漬けじゃない肉でどう?」


「とっても素敵。でも、狩りだったら私も行ってみたいです」


「ある程度、身の回りのことが出来るようになったらな」



 森の中央部にあるこの辺りだと、メルには魔獣が強すぎる。かといって、弱い魔獣を相手にするために外縁部に行くと――彼女が戻ってこれなくなる可能性もある。



「むぅぅ……仕方ない」



 力量不足を指摘されたと思ったらしい彼女は、肩を落として頷くと、糸束との勝負を再開し始めた。



「気をつけていってきてね、ラース」



――うん。

  もうちょい、やりやすい教材獲ってくる。


 出掛けの思いがけない激励に、ついつい張り切りすぎてアンゴラウルフを狩りすぎた。10頭も狩って、俺、どうすんの?

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