閑話1 元婚約者の不平と不満
メレディスは、とにかく見た目が良かった。
学園に入学した時に、周りの男どもが色めき立ったほどだ。月の光のように柔らかに輝く銀色の髪に、猫の様に大きな瞳は可愛らしい若草色。実家は中位貴族で我が家との釣り合いもとれなくもない――だから、この俺が婚約してやった。幸いなことに、メレディスは家柄の割に魔力も豊富で、私の相手として悪くもなかったわけだ。
もちろん、相手は大喜びで縁談を承諾したさ。
我が家のほうが格上だからな。
婚約を結んですぐ、登校して来たメレディスと偶然顔を合わせた。その時に自己紹介を兼ねて挨拶のキスを手にしてやったら、感激のあまり倒れそうになった姿は素直に可愛いと思ったものだ。
「我々の婚約が整ったのは君も聞いているだろう」
「――はい」
「ならば、今後は学園にそのような格好で来るのを控えるように」
「――え?」
キョトンと目を瞬く仕草は可愛らしいものだったが、返ってきたのが肯定の返事でなかったことに苛立ち、同じ言葉を語気を強めて繰り返す。
「学園では、制服の着用を義務付けられておりますが……」
「その、ヒラヒラとした男の劣情を煽るような服をやめろと言っている。制服は、何もソレだけではないだろう!」
物分りの悪い娘だと、自らが身につけた制服を示してみせると、彼女は目を見開いた後で、「かしこまりました」と頭を下げた。
容姿に惹かれただけだから当然なのかもしれないが、メレディスは私の婚約者としては足りない部分ばかり。気付くたびに小言を言いつけるのが習慣になり、ソレが私を苛立たせる。
「次代の王になる私の婚約者でありながら、このようなことも分からぬのか!?」
「申し訳ありません」
この大陸にはいくつもの国が存在するが、どこでも共通しているのは王の冠を戴くのは、上位貴族の魔力豊富な男児だ。同世代の上位貴族に、私よりも魔力の多いものは居ないから、次代の王は私に決まっている。
なのに、この娘の知識は私を支えるのに全く足りていない。
これでは駄目だと口を酸っぱくして伝えると、ようやく彼女はまともな勉強に取り組みだしたのだが――それが、私を上位クラスから追い落とす結果になった。
婚約者を立てることも出来ないとは、全くけしからん。
そうでなくとも男物の制服を着用するようになったメレディスは、男とも女とも違う妙な色気を振りまいた。今や女子生徒を大量に侍らして歩いているだなどと、調子に乗っているとしか思えんだろう。
これには、私の側近候補達も眉をひそめて苦言を呈する始末だ。迷惑極まりない。
「そんな、彼女たちはただの友人で――」
「口答えをする気か」
「いいえ。そのようなつもりはありません。ですが――」
「それが口答えだと言っている!」
語気を強めると、メレディスは唇を噛んで言葉を飲み込んだ。初めて見せる反抗的な態度だが、私を苛立たせるのには十分すぎる。多少成績が上がったことを鼻にかけ、驕っているのだろうが許容するわけにはいかぬ。
「大方、自分の代わりなど居ないとでも思っているのだろうが、お前の代わりなど掃いて捨てるほど居る。分かったら、私の言葉通りにしろ」
「……かしこまりました」
だが、あの女は態度を改めず、逆に取り巻き共を使って私に意見をしてくるほどまでに増長したのだ。
最終的に、別の娘を婚約者に据え直すことに決めたのは、アレとの婚約を結んでから1年が経った頃のこと。私の威光があってこそのものだというのに、ソレをあの女のものだと勘違いする愚者の中に、美しく、魔力も申し分ない娘が紛れていたのだ。
家柄こそ最下級ではあるものの、そんなものは養子縁組でいくらなんとでもなる。
私は学園に登校して来たメレディスに、婚約の破棄とその理由を申し渡すと、呼び寄せてあった馬車に乗せ、呪われた森への放逐した。
学園から馬車でほんの3日ほど行った場所にある『呪いの森』は、あの女のように自分の有能さに驕った、鼻持ちならない人間を放逐する場所として有名だ。30年ほど前にも、メレディスと同じように放逐された女が居たはずだが……まあ、その女がどうなったかなどどうでもいいことだ。
私にとって問題なのは、あの女を放逐した後のことであり、今は他のことなど些末に過ぎる。
そう。
メレディスを放逐した直後に、私の立場は激変した。
次代の王として私を持て囃していた側近候補や女どものみならず、父母や弟妹までもが、今や私を遠巻きにしている。新たに結ぶ予定だった婚約も、未だ成立しない。
一体どういうことかと問い詰めようにも、口を揃えて『時が来るまで静観するしかない』の一点張りだ。
――一体、何が原因だ……!?
理由は未だにわからないが、改めてつけられた家庭教師にこの大陸の歴史を一から叩き込まれ直すことになった。
――全く、一体何なんだ……!
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