男装令嬢はやりたいことが盛り沢山
扉をコンコン叩かれるのが、『起床』時間の合図だ。
「今起きまーす」
目をこすりつつ声を張り上げ、モゾモゾと布団から出て、夜のうちに用意しておいた水差しの水を使って顔を洗う。顔を拭った布を濡らして軽く体を拭ってから、髪の毛をどうしようかとしばし悩んだ。
――寝癖がついて、ボサボサだけど……
長すぎて、自分で梳くのも大変なんだよね。
昨日の晩も、寝る前にラースが梳いて、三編みにしてくれた。
今日は、コレのやり方を教わることにしよう。身支度くらい、自分で出来るようにならないといけないものね。
チャレンジした結果、ダメそうだったら、バッサリ切り落としてしまおうかな。
髪を整えるのは早々に諦めて着替えを手に取ると、昨日用意したものとなんだか形が違う。
――また、寝てる間に入られた。
乙女の寝室を何だと思ってるんだと抗議したい気分になったけど、ここはラースのお家で、私は居候。我慢するべきなのかな?
それとも一言、言っておくべきか……悩ましいところです。
でも、新しく用意されてた服は、昨日と違って動きやすいズボンだったから抗議は取り下げ!
「コレは、イイものです!」
「おはよう。今日も元気だな」
「おはようございますっ」
穏やかな笑顔で、「今日の服も似合ってる」と言われて赤面してしまう。
なんかね、昨日よりも笑顔が甘い……気がする。
「朝ごはんは、昨日のスープの残りに米をぶちこんで、おじやの予定。追加で卵でも焼く?」
「むしろ、おじやに投入でお願いします」
何日か前に炊いたご飯の残りをポトフの中に入れて、ちょっぴりグツグツやってから、解いた卵を回し入れてグールグル。
最後に、ちょっぴり塩コショウを追加して味を整えたら、それで出来上がり!
お手軽・簡単な朝ごはんだけど、お味の方は保証付き。
昨日の晩、メチャクチャ美味しかったので。
「卵を割るのは上手だったな」
「クッキーの生地は作らせてもらえてたから、何度もやってるもの」
ムフンと胸を張ってみせると、また笑われた。
「もう、笑いすぎっ」
「悪い悪い」
そう言いながら、また吹き出す。挙句の果てには「メルが可愛すぎるからいけない」って私のせいにし始めて、その内容に頬が熱くなる。
「ほんと、コロコロ表情が変わるのが、メチャクチャ可愛い」
そんな……甘ったるい笑顔で言われると、私みたいに単純なのはコロッと勘違いしてしまう。気をつけないと。
ラースは、女の敵だね。
間違いない。
私がお鍋の汚れと格闘している間に、ラースは畑のお世話をささっと終わらせて、お皿やスプーンを洗い始める。
「早すぎない?」
「メルが昨日、ガッツリ虫取りしてくれたから、今日はそれほどいなかった」
「そっか、良かった」
収穫したてのトマトにキュウリ、ツヤツヤしてて美味しそう。そう思ったら、ご飯を食べたばっかりなのにお腹がグゥと音を立て、ラースがブハッと吹き出した。
わざとガチャガチャ音を立てて、お鍋の中をこすりながらおなかの虫に抗議する。
――お願いだから、鳴くのは食事の前だけで!!
ソレならまだ、言い訳が立つ気がしますっ……!
「鍋洗うのはそこまでにして、少し水に浸けとこうか。その方が汚れがふやけておちやすくなるかも」
「そういうものなの?」
「ケースバイケースかな」
駄目なときもあるらしい。
「昨日、遠見水晶で王立学園の様子を覗く約束してたから、座標を合わせる間に、メルの髪の毛を梳いて結び直すよ」
私の手や、顔に飛んでた水を拭き取り柔らかな表情で目を細められると、なんだか、胸の奥がキュッとするようなワサワサするような変な感じ。
気恥ずかしくて、落ち着かないけど……嫌じゃないのは、アレだ。
顔が好みだからじゃなく、物腰が優しいから。
――私、高圧的な人が嫌いだったんだ。
自分でも気づいてなかったけど、すごく納得。
大っきらいだった元婚約者は、高圧的な人の典型でした。
「そういえば、この服って――」
「夜のうちに縫ったんだけど、気になる部分があったら教えて。次のを作る時に直すから」
「服まで作れるんだ……」
服まで縫えるなんて凄いと言うと、彼は「暇つぶし」と小さく笑う。
「私も、作れるようになるかな?」
今まで、考えもしなかったけど。
誰かの手で作り出されたものって、自分で作り出すことも出来るんだよね。そう思ったら、あれもこれもやってみたくなってしまう。
「何でもかんでも、急いで詰め込む必要はないよ。まずは、ご飯を一人で作って片付けられるようになって――それから、他のことも覚えていけばいい」
「……うん。頑張る」
「まあ、メルの場合、料理はすぐに出来るようになりそうだ」
「筋がいい?」
「それもだけど……」
「だけど?」
問うと、手の中にポンときれいに洗って、まだ水滴の残るトマトが一つ、手に載せられる。「そのままかぶりつくもの美味しいよ」と言われて、そのとおりにすると、お口の中にジュワッと美味しいジュースが飛び込んだ。
――ん、幸せ!
手に伝う汁をペロリと舐めると、楽しそうに笑う声。
「食いしん坊だから」
「ハメられた!!」
今、トマトを渡したのって、このセリフを言うためですよね!?
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