男装令嬢の同居人考察
ラッセル・ボルトンは、料理が上手い。
そんでもって、女の子慣れしてる感じがヒシヒシとする。
あと……すごく笑い上戸で、世話好きだ。
何せ、私がグースカ寝コケている間に、着替えのシワも伸ばしてあるし、朝ごはんの準備も万端。すごい、スパダリ!
「おはよう。よく寝れた?」
「ラッセルさんが入ってきたのにも気付かないくらい、グッスリでした」
「そりゃ、良かった」
コッチとしては、全然良くない。
嫁入り前なのに、良く知りもしない男の人に寝顔を何度も見られてるとか……お嫁にいけなくなる案件だよ?
「美味しいっ」
並んだ食事の品数は少ないけれど、味と量は文句なし。
ふわふわの食パンに、ポタージュスープと新鮮な生野菜サラダとソーセージ。
「これ、全部。ラッセルさんが作ったの?」
「他にいないのに、一体誰が作るの?」
クククと笑って、彼が答える。
なんか、さん付け、面倒くさいな……
「ねぇ、ラッセルさんのこと、”ラース”って呼んでもいい?」
「え? 愛称呼びは早くない?」
「ラースって、私のことを何年かは面倒見る気で居るんでしょ?」
私がそう訊ねると、彼の目が一瞬泳いだ。
「――まあ、そうだけど……」
「なら、遅かれ早かれそうなるので、前倒しで。私は”メル”でお願いします」
「メル……な」
仕方がなさそうに彼は笑って、愛称呼びを受け入れたけど――やっぱり、私を手元に置くのは、彼なりの事情があるっぽい。
――でも、事情ってなんだろう?
女の子の体が目当てなら、昨日の晩もその前も、いくらでも機会はあった。なのにそう言ったことがないってことは、別に目的があるはずだ。
目的を探り出すために、今までには言ったことがない我侭を言ってみようか……?
そう考えつつ、探りを入れる。
「あのね、ラース」
「ん?」
「私も、御飯作ってみたい」
屋敷では、お菓子作りの下準備まではやらせてもらえた。具体的には、クッキーの生地をこねて、型取りするとこまで。焼くのは、料理人のお仕事だ。
でも、庶民として生活できるようにしてくれる(!)って言ってたんだから、普通にできたほうがいいはずの項目だよね?
果たして答えは――
「じゃあ、お昼は一緒に作るか」
「やったー!」
と言う、アッサリとした許容。内心では『ホントにいいの!?』って感じだったけど、オッケーなら、ソレはソレで嬉しい話。
さて、次のわがままは、何を言おう?
朝ごはんの後片付けを見学させてもらい(今回は手伝わせてはくれなかった)、次の彼のお仕事は家庭菜園のお世話だそうだ。
「自分で食べ物を育ててるの?」
「やってみると、地味に楽しい。メルもやってみる?」
「……何すればいいのか、想像もつきません」
畑のお世話って、主にしなきゃいけないことが、水やりと虫の駆除だった。葉っぱをモグモグしてる極彩色の毛虫や、茎にたかってるツブツブにしか見えない小さな虫に悲鳴を上げてるうちに、午前が終わる。
私が悲鳴を上げてる間中、ラースってば、ずっと笑ってて、酷すぎると抗議したら「庶民でもそんな悲鳴あげないよ」って――
「あんな気色悪いものを見ても、悲鳴を上げないなんて、なんて強靭な精神力!?」
「いやいや、『ギャー』だの『わー』だの『ウヒィィィ』だのって声を上げないってだけ」
……だって。確かに、そう言う悲鳴を上げてました。でもなぁ……
「私に『キャー』とか『イヤぁ!』とかの悲鳴を上げろと……?」
「なんでドン引きしてんの。見た目からすると、ソッチ系だよ」
私的には、前者の悲鳴は男の気を引きたい子の上げる、ホントは怖がってないやつなんだけど……やっぱり男的には違うのか。(ドン引き)
「どんな見た目……!?」
「ほっそりと華奢で綺麗な、いかにも守ってあげたくなるような美少女面」
「ああ……それは、良く言われてた。詐欺だって」
あんまり会わない人には特に。ぶっちゃけ、余計なお世話だと思う。
そのギャップも含めて、メレディスです。
「色白で、月の光を集めたみたいにきらめく銀髪に、ペリドットみたいな若草色の柔らかな色の瞳が、どっちかというと切れ長な瞳に柔らかさを添える……うん。黙ってれば可憐な美少女」
「……お好みですか?」
日に焼けない体質なのか、色は白い。剣術を鍛えるために日の下で運動もしてるから、もっと色黒になっててもおかしくないのにね。
そんでもって、淡く光を放つような銀髪なのは事実かな。ただし、私の中では、お魚のお腹の色なんだけど……指先にクルンと巻いた自分の髪を眺めて思う。
――脂の乗ったサバのお腹みたいで、なんだかとっても美味しそう。
目は切れ長なので、ちょっぴりキツく見えるんだけど色合いのお陰で柔らかく見えるってのは兄にもよく言われてた。
でも、それを普段の状態で正面切って言う人って、中々いない。口に出すのは、今から『口説くぞ』って気合を入れてる人だけだ。
「割と、見た目よりも中の方が重要だなと認識を新たにしてる最中」
なので、普通の顔でイモを剥きながら口にされたのは、初めてです。そもそもが、イモを剥いてる人とこうやって話したこともなかったなんてことは、言っちゃいけないお約束です。
「つまり、見た目はどうでもいいと」
「強いて見た目が悪い必要はないけど――ぶっちゃけ、どうでもいい範囲。顔なんて、見て・嗅いで・食事が摂れればいいんじゃないかな」
「激しく同意だけど……なんか、言われた側としては微妙な気持ちです」
イモの芽を取り、首を傾げる。
なんかね、こう……微妙なサジ加減で、会話が噛み合わない。
「俺がもし、メルのことを口説くようなことがあったら、容姿は関係ないからねって先に言ってるだけ。あんま、気にしないで」
「なるほど。今は範囲外」
「だって、まだ子供だし」
グウの音も出ないね。数百年生きてる人から見たら、そりゃあ子供以下だ。
赤ちゃんだよ、赤ちゃん!
なるほど。そう言う方面に関しては、警戒不要。
なんか……すごく、ホッとした。
この後、剣術の鍛錬にも付き合ってくれたし、魔法の応用技術談義もしてくれて何というか、もう一人お兄ちゃんが出来たような気分になってきた。
お夕飯の時に、『貴族令嬢生活への未練』について聞かれたけど、私としてはこだわりがない項目だ。とは言え、不安はあるのでソレを口にすると、彼は酸っぱいものでも口にしたような顔になった。
やっぱり、ラースの目から見ても、私は貴族令嬢としても、一般庶民としても浮いちゃう人。そんな気は、ずっとしてたんだけど、確定するとショックは受ける。
私が庶民落ちして就けそうなお仕事ってなると、かなり限られるんだよね。
”冒険者”って呼ばれる職業に、ちょっとした憧れはあったんだけど、ラースには、経験がないからとサラリと拒否られた。
「ケリーとザラが来たら、イケるかな……?」
「ケリーとザラって?」
私が何を言っても、終始楽しそうだったラースが不安そうな表情を浮かべる。
「私付きの猫人族の侍女。この二人は、間違いなく私を追ってくる。あと、シャロン辺りがいうことを聞かなくって、アレクセイにここに送り込まれそう」
ケリーとザラは、私のことを特に可愛がってくれてる双子の侍女で、学園以外で外に行く時には護衛もこなせる腕利きだ。そんでもって、シャロンは私の親友で、アレクセイが目をつけた、私の代替品。表向きは従順にしてた私と違って、彼女は正面向かって立ち向かうタイプだから……不興を買う可能性がメチャクチャ高いんだよね。
「え、ナニソレ?」
困惑を顕にする彼を見つつ、ポトフの中のジャガイモを口に入れて咀嚼する。
この後も揺さぶりをかけた結果分かったのは、彼が私が無事であることを他の人に知らせたくないと思っていて、二人きりで過ごすのを望んでいるらしいってこと。
女としては見てないと言いつつ、妙なことだ。
まあ――ソレ以上は、また明日以降、かな?
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