森の主の令嬢観察
メレディス・ウォルシュと名乗った少女は、大食らい。
美味しいものが大好きで、いつもニコニコ幸せそうに頬を緩める。
「市井では、いつもこんなに美味しいものを食べてるの?」
「どうだろう? もしかしたら、晴れの日のご馳走のたぐいかも知れない」
彼女を拾って今日で二日目。
俺が昼メシの準備を始めると、彼女は「私もやりたいっ!」と言い出して、一緒に料理を始めた。どうやら、前々から興味があったらしい。
昨日の昼にはリボンも結べなかったのに、思いの外、手先は器用。
刃物も怖がらない。
芋の皮むきも、コツを覚えたら早い早い。
あっという間に、俺より上手くなりそうだ。
今日の夕飯は、ゴロゴロとジャガイモの入ったポトフに、皮の固いパンだけだけど、量と味が良ければメニューの少なさもそれほど気にならないらしい。
庶民として生きてくには量を減らせたほうがいいだろうけど……こんなに、貴族令嬢っぽくない子は初めてだ。
ソレも含めて、見てて楽しい。
この子を拾ってから、俺はしょっちゅう笑ってる。
――前に笑ったのって、一体、いつだったっけ?
「ジャガイモだけでなく、お肉もゴロゴロ入ってるからボリュームたっぷり。幸せいっぱいだね」
「メルの幸せは手軽だな」
「そんな意地悪を言うと、ラースのお替り分も貰っちゃうよ……?」
彼女の愛称は”メル”で、俺のは”ラース”。
『数年間お世話になるなら』と、そうしたいと彼女から言い出したのは最初の晩で、精神的な距離の緩さに、こっちの方が心配になった。
本人曰く、『庶民に下るなら早めに慣れた方がいいでしょう』ってことなんだけど……割り切りが早すぎる。
「食べていいよ」
「ラースはお腹、減ってない?」
ジトッとした目で見てたくせに、一転してショボンと眉尻を下げるのがなんか、あざと可愛い。貴族令嬢やってたはずなのに、コロコロ表情が変わるのが不思議。
可愛いけど。
「最初に言ったけど、俺にとっての食事は趣味だから、生きるのに必要なヤツが食った方が有意義だ」
「でも、食べること自体は好きなんでしょ? 趣味なんだから」
「まあ、嫌いじゃないよ」
自分で食べるのも嫌いじゃないけど、作ったものを、美味そうに食べてもらえるのが一番幸せ。この子は、遠慮なんてなんのその。ニコニコしながら気持ちいいくらいにパクパク食べてくれるから、メチャクチャ嬉しい。
「なら、一緒に食べたいです……」
「メルは、素直ないい子だなぁ」
「ラースは、私のことを子供扱いし過ぎじゃないかな……?」
「年齢だけで言うなら、孫以上に年が離れてるから仕方ない」
「見た目が兄と同年代だし、違和感がヒドイよ」
ブーッと膨れる彼女の頬をつついて潰して、とがる唇にまた笑う。
ほんとに、表情豊かだな。
「実のところ、俺の精神年齢や見た目は拾った子の好みに合わせて変化する」
メルにとって俺は、20代半ばに見えてるらしい。きっと、彼女にとっての理想のお相手がその年代なんだろう。
「俺は呪われてて、実際には肉体を持たない精神体だから、その辺りはいくらでも弄れるんだ」
そう説明すると、「なるほど」と何度も頷きながらジッと俺の顔を見つめる。
「えーっと……気持ち悪くない?」
「ラースさんは、ついてれば何でもいいって言ってたけど……私は、どうせついてるなら、好みの顔のほうがいいです」
――俺の場合、拾った子の見た目がどストライクになる仕様になってるから気にならないだけだけど……まあ、そこは同意。
それよりも、気にする部分は俺の顔よりも、好みに弄れるって部分だと思う。原理は聞かれても分からないけど、自分好みに見えるように何かをされてるって風には考えないのかな? それに今までの子が気にしたのは、どっちかっていうと――
「顔じゃなくて、精神体云々の方」
「ラースのことは、問題なく触れるから気にならないかなぁ」
「変わってるなぁ……」
「良く言われます」
呪われて森に囚われた男は、投げ込まれる子達との触れ合いの分だけ知識や経験が積み重なり、少しずつ価値観は変わってく。呪いが解ける頃には、基本的に人格破綻者の性格が丸くなってるって寸法だ。
呪いを受けるのは、基本的にメルをここに放り出したようなヤツだから、呪いが解けた時もそのままの価値観じゃ周りが迷惑するってことだろう。
もう、覚えちゃいないけど――俺は一体、どんな子をここに送り込んだんだろう?
入れ替わった後、彼女は前のヤツと幸せになったんだろう。
呪いが解けるっていうのは、そういうこと。
『森の呪い』は、放り込まれた女と相思相愛になれば、解ける。そうして彼女と二人してちょっぴり時間を遡って、人生をやり直す。
もしもメルとそうなれたら、彼女がここに送り込まれる前まで時を戻して、俺はアレクセイという男と存在そのものが入れ替わる。
まあ、今回も、そんなことは実現しないのだろうけど。
「メルは、貴族令嬢生活に未練とかないの?」
「正直に言うなら……私、庶民としての生活を覚えたとしても、周りから浮くんじゃないかなーと言う、不安感はあります」
「……そっか」
ソレは、ちょっと俺も思ってた。
この子の感性は多分、一般的な貴族令嬢とも庶民とも違ってて、学者とか芸術家系。
どこにいっても、微妙に浮くタイプだ。
思ったよりも、自分を理解してて驚いた。
「令嬢の仮面は被れるけど、庶民になるのには必要ないから今は、素の状態」
「なるほど?」
「でもねぇ、私。変わり者だって言う自覚はあるので、ヘンな女レベルで終わる範囲かどうかが、不安です」
「親兄弟はなんて?」
「『メルは、素の状態が一番かわいいっ』と屋敷中で評判ですが……多分、一般的じゃない」
参考までにとやりたいことを聞いてみたら、冒険者なんて言う不安定な仕事に憧れがあるらしい。
「まあ、変わり者の集まりだな」
「ソレなら、私にピッタリじゃない?」
「剣の腕もそれほど悪くないしなぁ……意外と向いてそうだけど、賛成しづらい」
昼間に鍛錬に付き合ってほしいと言われてお相手してビックリしたことに、この子は意外と剣の扱いが達者だった。本職には敵わないけど、きっと学園内ではソコソコ強い方だったんじゃないだろうか。
ソレでも、冒険者はオススメできない。
「なんで?」
「昨日、強姦されかかったのを、もう忘れた? ああいうヤツが山ほどいる中に、メルを放り込んだらどうなることか……」
「ごめんなさい、考え直します。ん? いや、今なら、ラースに体験コースで連れてってもらえたり……」
「冒険者は未経験」
そもそも森を出たら体を保てないから、着いていくのが不可能だ。
「ちぇ」
口を尖らせ、スープに浸したパンをパクリ。
「ケリーとザラが来たら、イケるかな……?」
「何? その、ケリーとザラって?」
「私付きの猫人族の侍女。この二人は、間違いなく私を追ってくる。あと、シャロン辺りがいうことを聞かなくって、アレクセイにここに送り込まれそう」
「え、ナニソレ?」
どうやらメルは、相当溺愛されてて、屋敷の人間の何割かが呪いの森に乗り込んでくる可能性が高いらしい。
――そいつらは、中に入り込めないからいいけど……
問題は、同じ男がもう一人女を送り込んできそうって部分だ。
二人を同時に相手にすることは出来ないし……今回は、随分と呪いの活性化が早い。すでに、この子といる時間を、心地よく感じ始めてるっていうのに――
二人目が送り込まれて来たら、
それは、何とか阻止したい。
でも、どうやって……?
「明日、昼間のうちに、遠見水晶でお友達の様子でも覗いてみる?」
彼女は、目を輝かせて「ぜひっ」と言うと笑み崩れた。
その笑顔に心臓を撃ち抜かれ、思わず胸を抑えてうつむいた。
――ホント、今回は何でこんなに呪いの活性化が早いの!?
いつもは、1週間以上かかるのに……!
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