男装令嬢の羞恥心

「……知らない天井」



 そして、天蓋のない、硬いベッド。

これは、初めての体験だ。

王立学園で起きたことが夢だったらいいな―とぼんやりとでも考えたのは、乗り心地の悪い馬車に痛めつけられたはずの体が痛くなかったから。


――なんで、痛くないんだろう?


 ゆるりと視線を巡らせて、周囲を確認。

私が寝かされてたのはあんまり広くない部屋だけど、最低限の家具は揃っているみたい。随分と古い建物なのか、天井は既に元の色が分からなくなってるけど、壁紙は比較的新しいような気がする。

起き上がると、掛けられていた毛布が落ちて破られた胸元が顕になった。


――やっぱり、夢じゃなかったんだ。


 野卑な男に乱暴されかけ、悲鳴を上げたあとのことは覚えていない。体をペタペタと触ってみても違和感はないけれど、殴られたはずの頬も痛くない。

治癒魔法を掛けられたのだとしたら、ナニカがあったとしても分からないのかも。

膨らむ不安を、首を振って払い除けてベッドの横の椅子に掛けられた服を手にとった。コレは、破れた服の代用品?

手にした服を体に当ててみると、意外と良い肌触り。

そのことに、自然と頬が緩む。

どういう経緯でここに居るのかは分からない。けど、わざわざこんなものを用意してくれるなんて、きっと私はいい人に保護されたのに違いない。


――うん、元気出てきたっ!


 フンスと気合を入れて、破られた服を脱ぎ捨てて用意されてた服を被る。

なにはともあれ、下着が無事だから純潔が奪われたなんてことはなさそうで一安心。


――それにしても、ゆるっとしたワンピースは、とても……とても久しぶり。


 幼い頃に着たきりのワンピースは、足元がスースーして落ち着かない。だから、制服のズボンは履いたままにした。ズボンの時はスカート用のオーバーパンツをつけてないから、代用品ってことで押し通す。

……見た目は絶対、よろしくないけど。仕方がないのだ。


 履いていた靴の横に、踵のない部屋履きが置かれていたので、ちょっぴり悩んでそちらを履いた。ブーツは、一度脱いでしまうと自分では履き直せない。

丸紐を結ぶのって、地味に難しいんだもの。

侍女のケリーとザラが、練習させてくれなかったのも原因だと思うけど……実は私、不器用なのかも。


 ワンピースは両脇の紐を結んでサイズ調整するものみたいだけど、コレもキチンと結ぶのは早々に諦め、適当に締めて誤魔化す。動くと緩んじゃうのは……どうしようもないから、できるだけお淑やかにして誤魔化そう。

そう思いつつ部屋から出た数分後。

ご飯を作ってる男の人に声を掛ける前にお腹の虫が鳴き出して、私の『お淑やかに振る舞おう作戦』は終わりを告げた。

そりゃあね。

すごくいい匂いだったけど、もうちょっと我慢してくれても良かったと思う。

せめて、ご挨拶の間だけでも……!






「……とても、美味しくいただきました」



 しばらく食事を摂ってなさそうだからと、水分大目に作ってくれたお粥をペロリと平らげ、頭を下げる。



「お魚のお出汁と、ゴマ油の香りが素敵な一品でした」


「お粗末さんでした」



 目の前で、優しい表情で目を細めてるのが、私を助けてくれた人らしい。

黒いくせ毛に銀の瞳。そしてちょっぴり童顔気味だけど、整った顔立ちのお兄さん。

ラッセル・ボルトンと名乗った彼は、20台半ばの兄と同年代に見える。だけど本人曰く、呪いのせいで、実際にはもっともっと長く生きてるらしい。



「足りて良かった」



 口元を拳で少し隠して小さく笑う彼の視線の先には、空っぽになったお鍋がある。

中身は結構な量があったはずなのに、全部、私のお腹に収まってしまった。


――いつものことながら、一体どこに消えたんだろう。


 自分の腹部をじっと見る。

いつものことながら、そんなに中身が詰まっているようには見えないね。



「長く馬車に揺られて疲れてるだろうから、もう一眠りするといい」



 彼はそう言いながら、安眠効果があるという薬草茶を淹れてくれる。

食事の間に私の方の事情を話したところ、ラッセルさんは定期的に私みたいな目にあった女の子を保護してるらしい。奇特な人なのかと思ったら、『自分のため』でもあるのだと苦笑した。だけど、どう自分のためになるのかは『ナイショ』だそうだ。


 お茶を受け取り、お礼を言って、カップの中の熱い液体をフーフー冷ましている間も、彼がニコニコしながらコッチを見てるから、なんだか落ち着かない。



「まあ、何年かここで、俺の話し相手をしながら生活してるうちに、庶民の暮らし方は理解できるようになるから」


「庶民の暮らし、かぁ……」



 正直なところ、あんまり自信がないので、出来ればおうちに帰りたいけど……さすが難しいであろうことは理解できた。



「よろしくご指導おねがいします」



 かくなる上は、学べることを学びきって放流されるしかないと腹をくくって頭を下げる。



「うん。それじゃ、まずはリボン結びから教えようか」



 ワンピースのサイドの紐を指さされ、ほっぺが赤くなる。


――結べてないの、メチャクチャ、バレてたよ―!!

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