第4話 『戦士の器』

 魔道士同盟は新たな魔導具を開発した。


 それは人工で作られた戦士を外敵より保護し育成するための『器』であり、戦地への輸送手段としても利用できる。


 そして、魔道士たちが丹精込めて『器』を整備するこの地を『魔農園まのうえん』と名ずけ、その存在の秘匿に尽力したのだった。


 ◇◇◇


「おいおい、消えたとはどういうことなのだ?」


 老魔導師のコモンは道士らの報告に愕然として言い放った。


「申し訳ございません。管理不行き届きとしか……」


『器』がひとつ無くなっている。


 今朝発覚した事件は、いつも静粛な『魔農園』に波風をたたせていた。


 厳格だったはずの『器』管理にどんな不備があったというのか。


 急ぎ編成された捜索隊も有益な情報を得られていない。


 その後、数日に渡って魔導委員会による検証が行われたが、結界を破られた形跡もなく、侵入者が盗み出した可能性は低いと判断された。


 では『器』は──如何なる方法で行方をくらましたのか。


 八方塞がりの中、『魔農園』に立ったコモン導師は、ひとり黙々と器の整備を続けている若い魔道士を見つけて声をかけた。


 作業の手を止めた魔道士が頭をさげる。


「ひとりで作業とは、ご苦労」


「は。『器』捜索に人数を取られましたので、しばらくは私がひとりで園を担当致します。ですが、ご心配は無用です」


 若い魔道士が指笛を鳴らすと、整然と並んだ『器』の影からノソノソと姿を現したのは魔道具のひとつである木偶人形でくにんぎょうだった。


 表面を檜の板で貼り合わせて作られた百五十センチほどの人形は、見回りや簡単な作業に従事させるために術をかけられている。


 閨は黙々と仕事に従事する魔道士と木偶人形に頼もしさを感じた。


 ◇◇◇


 深夜。


 その日に提出された多くの書類とともに、未だ進展なしの『器』の報告書に目を通し終わった閨は、窓外に広がる夜闇に視線を転じた。


 闇の中にぼうっと浮かび上がるのは『魔農園』からの灯りだった。


 この時間、若き魔道士は宿舎に戻っているはずだ。当然、残っているのは魔道具である木偶人形だ。


 何を思ったか、マントを羽織って閨が夜闇に足を踏み出した。


 一目散に『魔農園』に駆けつけると。


「うぬぬぬ!」


 閨はわが目を疑った。


 木偶人形のひとつが『器』を担いで結界を越えようとしていたのだ。


「こ、こら! なにをしておるか!」


 木偶人形はそれへ答えることなく『器』を放り投げた。


「ばかものが!」


『器』は難なく結界を抜けて緩やかな斜面を転がっていく。


『カワイソウ、カワイソウ』


 言葉など発するはずのない木偶人形の声を耳にしながら、閨は慌てて『器』を追った。


 夜闇に揺れる灯りに胸騒ぎを感じたのは間違いではなかった。『器』消失の犯人は木偶人形だ。結界が破られた形跡がなかったのも、出入り自由の身内であれば当然のことだった。


「どあっ!」


 閨がつまずいた。


 しこたま地面に顔を打ちつけて、閨が大地に沈む。


 年甲斐もなく走ったせいか、全身がギシギシ音を発した。


 痛みに耐えながら閨が見たのは、勢いよく転がった『器』がはるか下方を流れる川へと落ちていく光景だった。


 ◇◇◇


 ふたつめの『器』流出は防がれた。


 あの夜。騒ぎを聞きつけた魔道士たちが駆けつけて、川を流れる『器』の流出を阻止したのだ。


 このことから、ひとつめの『器』も同じ経路を辿ったと推測された。


 しかし 、時間が経ちすぎたのか行方は今も分からずじまいだった。


 さらに半月が過ぎた頃。風の便りで噂が流れてきた。


 ある村で、ひとりの勇ましい少年が困窮する庶民のために立ち上がったという。少年は川から流れてきた大桃に運ばれて、川で洗濯していた婆さんに拾われた子どもだった。


 食える桃だと思った婆さんが包丁を入れると──ふたつに割れた桃の中から元気な男の赤ちゃんが飛び出してきたそうな。


 そして半年経って勇ましく成長した少年は鬼退治に行くという。


 ベッドで養生を強いられた閨が唸った。


「遅すぎたか! やむを得ない。行くと言うなら手を貸してやろう。今すぐに放て」


「なにを放つのですか閨さま?」


「決まっておろう。猿と犬とキジだ」


「いったい、それは……」


「決まっておろうが」


 ──アレだよ、アレ!


 アレ……?


 閨はど忘れした自分を責めるように、頭をポカスカと打ちすえるのだった。




 その後、鬼退治は成功した、らしい。

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