第3話 帰ってくれ!

「やめろ、スルトラメン!」


 人型の巨人が弾け飛ぶ。


 ドデカい尻が眼前に迫った。


 俺はその腕に少年の体を抱きながら。必死に走る。


「うおおおおぉ!」


 衝撃が背中を襲い、土煙が舞った。


 どおおおおん!


 巨尻による圧迫死は免れたが、奴が尻もちをついた衝撃で、俺と少年は何メートルもぶっ飛ばされた。


 俺は少年を守るため体全体を丸くした。


 衝撃吸収に優れたタクティカルスーツと戦術ヘルメットに保護された俺だ。この身を盾にして少年の命を……。


 地面を転がる俺の視界に、信じられないものが映りこんだ。


 赤い手のひらだ!


 尻もちを着いたスルトラメンが、今まさに体勢を立て直さんと手を着こうとしているのだ。しかも、ちょうど俺たちの真上に!


 クソッタレが!


 俺は転がるスピードをあげたが、間に合わない。


 駄目だ──と思った瞬間。


 ドッコーン!


 怪獣の前蹴りが炸裂。


 体勢を立て直そうとするスルトラメンの動きを封じたのだ。


 その赤い手が、怪獣の攻撃を防ぐために軌道を変える。


 いいぞ怪獣、そのままスルトラメンを抑えこめ!


 立ち上がった俺は距離を稼ぐために再び走った。


『こちらスカイリーダー、オオトモ隊員応答せよ』


 戦闘地域に展開中の対怪獣殲滅隊『MAX』からの連絡だった。スカイリーダーは空から怪獣の情報を集める哨戒機だ。


『オオトモ隊員、無事か?』


「オオトモです。少年を保護しています。救出要請願います!」


『了解した。怪獣の動きを止める。その間に救出可能地域まで退避しろ』


「いやいや、怪獣じゃなくてスルトラメンをどうにかしてください! あいつ現れるたびに甚大な被害を出していますよね。怪獣よりもタチが悪い」


『いや、しかし彼は……一応、正義の味方だから』


 聞き捨てならぬとばかりに俺は足を止めた。


「正義の味方って、頼みもしないのに勝手に出現してるだけですよ。しかも俺たちの存在なんて完全無視でひとり格好つけてドタバタドタバタ」


 押さえつけられていたスルトラメンが俺を見た。


 その視線に、おまえの話は〜聞いたぞ〜みたいな嫌な圧力を感じる。


 シーリングライトのような両目をへの字に歪め、およそ正義の味方らしからぬ邪悪な笑みを浮かべながら 奴は十字に腕を組んだ。


 おいおい、なにを!


 必殺のスルトラショットをぶっぱなすつもりだ。その照準は、俺たちに向けられている。


「てめぇ、正体を現したな! 混乱に乗じて自分に不利な意見を抹殺するつもりだろ。おい、そうやって何人の人間を闇に葬ってきたんだ?」


『おい、オオトモ隊員。なんだどうしたんだ?』


 十字の腕にエネルギーが充填された。


 俺は少年をぎゅっと抱き締めた。


「すまん、少年。君を守れなかった!」


 かっ、と少年の目が見開いた。


「お兄さん、僕の力を使って!」


「な、なに?」


 スルトラショットが発射された。


 放出された熱線を浴びて俺たちは蒸発……の、はずだった。


 一方、スルトラメンは邪魔者を消したついでというように、熱線の軌道を怪獣にも向ける。


 はじけ散る怪獣。


 決めのポーズをとるために華麗に立ちあがったスルトラメン。


 その勇姿に、背中から蹴りを入れる存在があった。


『ホアッ?』


 体勢を崩したスルトラメンが怒りの視線をぶつけてくる。


 その先に、巨大化した俺が立っていた。


 しかも素っ裸で。


 ──お兄さん、僕がリードするから安心してね。


 ──おい、なにをリードするってんだよ。しかもこの格好は恥ずかしすぎるだろ!


『チッチッチッ』


 メンチを切ってくるスルトラメン。


 腰に手を当て、がに股で睨みあげる姿はタチの悪いヤンキーだった。


 ──本当にタチが悪いよね。お兄さん。覚悟を決めて、さあ、僕のリードに身を委ねるんだ!


 あわわわわわわわわわわ!


 熱い、胸が熱い!


 空間に存在する大量のエネルギーが、俺の胸に吸収されていく。


「うっほー」


 経験したことも無い違和感と共に、俺の胸の先から熱線が迸った。


 ──ブレストビーム!


 少年の天使のような歌声。


 放たれたエネルギーの奔流はしかし、スルトラメンの張ったバリアによって見事に防御されたのだ。


 ──くそう。かくなるうえは。


 少年の言葉に反応して俺の下半身が熱を帯びた。


「お、こらこらこら! それまずいだろ! それだけは勘弁してくれ、社会復帰できなくなるから!」


 ──大丈夫、僕に身を委ねて。ちゃんとリードするから。


「いやいやいやいやいやいやいやいや! これだけは、勘弁してくれ!」


 ピコ〜ん、ピコ〜ん、ズズズズズ。


 なんの音だよ?


 おお、えも言えぬ感覚が押し寄せてくる!


 ──主砲、発射!


 ドッコーン! ドッコーン!


 膨れ上がったエネルギーが、光の束となってスルトラメンに襲いかかる。


 光はバリアを粉砕し、慌てふためくスルトラメンの身体を焼き尽くした。


『ジョワワワワ!』


 スルトラメンの断末魔が灰となって天へ昇ってゆく。


 巨大な夕日が戦いの終わりを告げていた。


 ──よく頑張ったね、お兄さん。


「で……君はいったい誰だ?」


 ──よくぞ聞いてくれました。僕こそ正義の味方、ウズラセブン!


 マジかよ。


 ──本日只今より、地球防衛の任に着きました!


「頼むから……」


 ──はい、なんですかお兄さん?


「頼むから、帰ってくれウズラセブン!」


 これ以上俺たちの文明を破壊すんじゃねー!


 その叫びは、夕日に溶けた。

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