33.魔女だってばさ
どちらも三十歳を過ぎた程度、黒い上下で、金色の
「あー、先輩、お疲れ様ですー。ユーちゃん、こっちに連れてきちゃいましたー」
「困ったものだ。お
男の一人、リーゼロッテとよく似た
「ランベルス=ラングハイムだ。一人ということは、少なくとも妹は、フリード侯爵に会えたようだな」
「あー……なんだかわかんないけど、いろいろ、あんたの手引きってことね。本家のお坊っちゃまに、気にかけてもらえるとは思わなかったわ」
ユッティの軽口に、ランベルスが
「状況は
「どーも。ヤハクィーネの
もう一人の、目も手足も細長い赤毛の男が、
「なによ。話が通ってたんなら教えてくれれば良いのに、ネーさんも人が悪いわね」
「ラングハイム家の名前が出れば、無意味に警戒されると考えた。結局、同じことになってしまったが」
フェルネラント帝国皇室のエトヴァルト第三皇子は帝国陸軍大将でもあり、世界大戦の実質的な戦争責任者となっている。
彼の側近として機能しているヤハクィーネは、
ユッティ達が乗っていた偽装貨物船シュトレムキントの水兵もすべてヤハクィーネであり、帰国日時を含めた、
「とにかく、無事に迎え入れることができて良かった。私はたった今、エトヴァルト殿下より、講和条約交渉を含む終戦処理の
「そりゃ、また……貧乏くじを引かされたものね。今さらだけど、世界中、力一杯に引っかき回しちゃってて、申し訳ないわ」
「こちらの
ランベルスの両隣に、カミルとイルメラが整列する。三人ともに不慣れな様子ながら、
「これでようやく、世界は、新しい時代を
ユッティも表情を引き締めて、答礼した。
戦争は
苦しくても、孤独ではない。
「エトヴァルト殿下の執務室は、三階の一番奥っす。他は誰もいないから、明かりの見える部屋っすよ」
「またね、ユーちゃん」
「ありがと。あんた達も、元気でね」
カミルとイルメラに笑顔を返して、ユッティが三人の横を通り過ぎる。ランベルスが、前を向いたまま、少し大きな声を上げた。
「お
ユッティが足を止めた。
振り向かない。ランベルスからは見えなくとも、
「いろいろあったけど……まあ、こんな人生も悪くなかったわ。あんにゃろうだって、絶対、そう思ってる。過ぎたことなんて気にしないで、長生きしてよ。そう言っておいて」
ランベルスの返事はない。
必要もなかった。そのまま、ユッティは駆け出した。
玄関広間を抜けて、適当な階段から三階に上がる。廊下はすでに暗く、奥の一部屋から、扉の
扉の前で立ち止まり、深呼吸をする。
そんな自分にあきれたように、ユッティはもう一度、
扉を開けて、明かりの中に踏み込んだ。
執務室は、皇族としても、陸軍大将としても、質素なものだった。
部屋の半分ほど、薄い
資料棚の向かい側は一面の大きな窓で、エトヴァルトが一人、
エトヴァルトの
エトヴァルトは驚く素振りを見せず、軽く肩をすくめた。
「ヤハクィーネの世話焼き、ですか。ユッティさんも含めて、皇族も無視した独断専行なんて、困ったものです」
「殿下、もうすぐ死ぬんでしょ?
ユッティが扉と、鍵を閉める。ついでとばかり、
ちょうど
「まあ、戦争責任者ですからね。敗戦となれば、仕方ありませんよ」
「良かったわ」
ユッティがエトヴァルトに歩み寄る。
胸元をつかんで引き寄せ、唇を重ねた。
どちらともない
エトヴァルトの手がユッティの背中を抱いて、ユッティの手がエトヴァルトの首を抱いた。
「あたしは魔女なの。
「そういう考え方もあるんですね。死ぬことに感謝できるなんて、本当にユッティさんの言葉は、女神の
「魔女だってばさ」
二人で苦笑して、また唇を重ねた。
目は閉じなかった。お互いの目の奥を、肌に透ける血の色を、髪のふるえを、汗の光を見つめ合う。
触れることさえもどかしいと感じるように、二人は身体を
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