最終章 フェルネラント落日編

31.いろいろ咲いていますね

 フェルネラント帝国の帝都沿岸ていとえんがんの港に、古びた大型貨物船に偽装した、特殊術式機動兵装試作とくしゅじゅつしききどうへいそうしさく番機ばんきシュトレムキントが接舷せつげんした。


 夕刻、薄白いきりに、硝子灯がらすとうの明かりがぼんやりと浮かんでいる。


 港湾作業員の姿はない。


 代わりに、戦争責任追及、独裁打倒、殺人集団解体、などの横断幕をかかげた、叫び声も騒々しい集団が埠頭ふとうのすみに陣取っていた。


 シュトレムキントの甲板から集団を見下ろして、ジゼルが微笑ほほえんだ。


「頭の花が、いろいろ咲いていますね。ああいう皆さまを見ると、戦争が終わったのだと、実感できます」


 長い黒髪に、黄色人種にしては白い肌、引き締まった身体を白い将校用の礼装に包んで、左腰に水薙みずなどりと名づけた大太刀おおだちいている。


 足元に、薄灰色の大柄おおがらな猫、リントを連れていた。


「まあ、本国に直接の戦禍せんかはないみたいだし……ちょっと下品だけど、ああいうのも、あたし達の勲章くんしょうみたいなものかしらね」


 ジゼルの隣で、ユッティが頭をかいた。


 短い金髪に眼鏡めがね、白色人種の透き通るような肌に灰褐色はいかっしょく野戦服やせんふくを着て、豊かな胸を張っている。


 ジゼルは18歳、ユッティは29歳を、戦場で迎えていた。


 美女二人と猫一匹に、冷たい夜霧よぎりも叫び声も、何ほどのこともないようだった。


「それにしても、動きが早いわね。こっちの船もばれてるし。軟派中尉なんぱちゅういの手回しかしら?」


「でしょうね。おじさまのこともあります。コミンテルンとやらは、本国にも、相当深く根をはっているようですね……新しい形の戦争が、もう始まっているのかも知れません」


 リントが、にゃあ、と鳴く。


 ジゼルが抱き上げて、ほおをすり寄せた。


「まあ、私達の仕事ではありませんよ」


「そりゃ、そうだけどさ。この場はどうしようか? 話すのも面倒そうだけど、こそこそ隠れるのもしゃくにさわるわね」


「四、五人斬れば、後は逃げ散ると思いますが」


「ちょっと、勲章くんしょうだってばさ。さっそく傷だらけにしないでよ」


「冗談です」


 ジゼルが口元に手をあてて笑ったが、ユッティは辟易へきえきした顔で、笑わなかった。


 ジゼルとユッティは、フェルネラント帝国の外地保護領がいちほごりょうカラヴィナに駐屯ちゅうとんしていた帝国陸軍から独立した、エトヴァルト第三皇子直轄の特務部隊だ。


 現在はイスハバート王国、マリネシア皇国、東フラガナ共和国を加えた環大洋帯共栄連邦かんたいようたいきょうえいれんぽうに派遣された形式になっており、任務でもない、命令書もない、非公式の帰国に本国側の支援は望めない。


 ジゼルがもう一度、埠頭ふとうの集団に視線を戻したちょうどその時、集団が叫んで二つに割れた。


 反応が遅かった何人かをひっかけて、一台の自動車が埠頭ふとうに飛び込んできた。


 車輪を横すべりさせて舷側間近げんそくまぢかに停車する。


「ジゼリエル=フリード様! ユーディット=ノンナートン様! お迎えに上がりました、こちらへ!」


 運転席から降りたのは、黒銀色こくぎんしょくの髪を背中に流した、背の高いつり目の美女だった。


 三十歳ほどで、上品な若葉色のそろいを着ていたが、降りた早々、拳銃を空に向かって三発撃つ。


 集団が、混乱で浮き足立った。


「……誰かしら? あれはあれで、厄介やっかいそうな気もするけど」


「まあ、民間人を虐殺ぎゃくさつするよりは良いですね」


「それより悪い選択肢、そうそうないわ」


 ジゼルとユッティがうなずき合い、甲板かんぱんから舷側げんそくの、岸に降りる階段を駆け下りる。


 リントを入れた二人と一匹が後部座席に転がり込むのを確認して、物騒な美女も運転席に戻る。


 車輪を空転させる勢いで自動車が走り出し、また集団を蹴散けちらしかけて、埠頭ふとうを後にした。


「思い切りの良い運転ですね」


「いや、もう、このに言われちゃおしまいよ。あんたもどこかの戦場帰り?」


 後部座席でひっくり返りながら、ジゼルとユッティが苦笑する。運転席で、美女が器用に一礼した。


「私は従軍の機会がありませんでしたが、お二人のことは戦地の祖父そふから、手紙でうかがっております。ラングハイム公爵家当主ランベルス=ラングハイムの妻、旧姓モニカ=ヒューゲルデンと申します」


「げっ、ばあちゃんとこの嫁?」


「ヒューゲルデン様のお孫さん、ですか」


 モニカの言葉を、それぞれ別角度で受け止める。


「ごめん、あたし一抜け! 降りるわ、停めて!」


「先生」


「本家の屋敷に御案内するよう、夫から言いつかっております。情けない次第ですが、現在、帝都では先ほどのような思想団体が力をつけており、無為むえきな騒乱の危険があります。不自由のほど、なにとぞ御容赦下さい」


「なによ、もう! 勘弁かんべんしてよ! 民間人を虐殺ぎゃくさつしてた方がましだったわよ!」


 ユッティが物騒な慨嘆がいたんをする。ジゼルがまた苦笑して、リントが、にゃあ、と鳴いた。


 三人と一匹を乗せた自動車は、きりに沈む夕刻の帝都を、硝子灯がらすとうに浮かぶ街並みを、戦場を飛ぶ砲弾のように走り抜けた。




<御挨拶>

黄昏の帝国を舞台に、最後の戦いに赴く完結編です。

猫魔女隊の戦争もいよいよ終局。

なんのために生きて、死ぬのか、時代の転換点となる最終決戦が見どころです!

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