28.そんな殊勝な心がけするか

 ティシャとウルリッヒ、カザロフスキーの活動は、思いもかけない援護えんごとなった。


 正真正銘しょうしんしょうめい、イスハバートの大虐殺だいぎゃくさつを指揮したカザロフスキーの言葉は、冷やかしに聞いていた男達が集団で殴りかかってくるほどの迫力があった。


 くさっても軍人なので、頑丈がんじょうだ。ティシャとウルリッヒは、いつもすずしい顔で傍観ぼうかんした。


 植民地支配の圧政と略奪を、現に経験していた者達だ。恐怖と怒りが、あきらめと萎縮いしゅくをはぎ取った後は、行動が早かった。


 黒色人種同士で争っていては、無意味に死んでいくだけだ。その共通認識が、調停の追い風となった。


 ワンディルは真摯しんしに、根気強く、話を良く聞いた。


 そうすれば、実際に争いを治めるための提案や主張は、各民族の代表者達から自然と上がり、すり合わせが始まった。


 東フラガナ人民共和国軍に志願する男達も、さらに増えた。


 軍事教練ぐんじきょうれんと装備の調達をて、将来的には各地域、各国の独立軍として機能してもらう。そういう構想が、ニジュカのかなり簡略化された言葉で語られ、理解を広めた。


 女子供おんなこどもも、ティシャと、とりわけ侵略者目線しんりゃくしゃめせんで細かく不備を修正するカザロフスキーの指導で、民族同士、地域同士を結んだ避難準備網ひなんじゅんびもうを作り始めた。


 とうの昔に滅びた旧ネメリク王国の政務首都トゥべトゥル、小さな港街ランベラから広がった新しい秩序を求める熱は、フラガナ大陸にゆっくりと、だが確実に浸透して行った。


 それを空の彼方に見るように、ティシャが、丘の上の風に吹かれていた。


 東海岸は見えない。熱帯平野と森、黄色と緑の大地だ。隣で、ウルリッヒがのどを鳴らした。


「くそっ! いいかげん、める素振そぶりくらい見せろ! これじゃあ戦争の前に死ぬぞ!」


 カザロフスキーが、生傷なまきずだらけの顔をしかめて、丘に登ってきた。褐色かっしょくの上下が、ほこりにまみれて、一層くたびれている。


「そんな可愛かわいげないでしょう。罪滅つみほろぼしとでも思いなさいな」


「悪党が、そんな殊勝しゅしょうな心がけするか」


 ティシャが、納得したように笑う。カザロフスキーはウルリッヒから距離を取って、座り込んだ。


「気の長い話だな。こんなことを、大陸中でやるつもりか? 戦争の足の方が、ずっと早いぞ」


「そうね……確かに、なにやったって無駄でしょうね。死ぬ時は、どうしようもなく死ぬわ。父さんも母さんもそうだったし、私とワンディルも、きっとそう」


「なら、なぜこんなことをする? その時がくるまで、せいぜい好きなことをして、楽しんでいれば良いだろう」


「多分、後悔してるのよ」


 ティシャが、髪をわえていたひもをほどいた。


「勝てるわけないのに戦って……母さんまで巻き込んで死んだ父さんを、馬鹿としか思えなかった。私は臆病おくびょうで、卑怯者ひきょうもので……だから、やれるだけのことをやって、逃げ回って……それでも、結局は同じだったって、思いたいのね」


 ワンディル達に言いはなった口上こうじょうとは、正反対の吐露とろだ。


 恐らく、どちらも本当の心の表裏なのだろう。カザロフスキーを横目で見て、ティシャが微笑ほほえんだ。


「あんたは生き残ってよ、悪党。どんな悪いことをしても、臆病おくびょうに、卑怯ひきょうに生き残って。あんたみたいな悪党にひどいことされて、泣き叫ぶ力もなくなって、ああ、もう死ぬんだなって時に……私をまともだって言ってくれた、私よりまともな悪党が、どこかで生きてるって思ったら……少し、笑えそうな気がするから」


 カザロフスキーが、せたほおをゆがめた。それだけで、ティシャは満足そうだった。



********************



 ここのエスペランダ帝国駐屯軍ていこくちゅうとんぐんを叩けば、アルメキア、エスペランダ両国の主要拠点を、おおむね制圧したことになる。


 他の国の駐屯軍ちゅうとんぐんも、まあ、通りがけに当たるをさいわつぶしてきたから、半分以上は仕事を成し遂げたことになるだろう。


 先生の分析とシュシュの集積情報を、ヤハクィーネ様から伝達してもらう。ほとんど、頭の中に直接入り込んでくる感覚だ。


 光学情報に補正情報を上重うわがさねする。敵の機械化兵力は大小の戦車が百五十りょうと、これまでで最大の規模だ。随伴歩兵ずいはんほへいも多い。


 戦車も、それなりに集中運用されていて、弾幕を張られるとこちらも難しい。バララエフ中尉のパルサヴァールが、地響きを上げて最前衛に突撃した。


 漆黒しつこくの曲面装甲と、腰に大きく広がる翼のような積層放熱板せきそうほうねつばん無貌むぼうの仮面に四本腕を備えた、異形いぎょうの機体だ。


 巨大な体躯たいくを、さらにおおい尽くす城砦じょうさいのような大楯おおだてを左側の両腕で構え、弾幕をものともしない。


 右側の両腕は天をく一本の斧槍ふそうを繰り出し、振るい、複数の戦車を一瞬でぎ払った。


 もう騎士物語ですらない。どこまで時代をさかのぼるのか、他人事ひとごとではないが、あきれるのを通り越して微笑ほほえましかった。


「もっとじゃんじゃん任せてくれよ! 俺とジルが一緒なら、天下泰平てんかたいへいさ!」


「それを言うなら天下無敵だろ、糞野郎くそやろう


 男性陣が出撃前に、そんな会話を交わしていた。たのもしい。使えるものは、最大限に使わせてもらう。


 戦場を、情報で俯瞰ふかんする。


 展開する海猫航空偵察隊うみねここうくうていさつさいと、平野各所に散開した猫科連合偵察隊ねこかれんごうていさつたいが、情報を逐次更新ちくじこうしんする。全ての戦車と敵兵の行動予測が、精度を上げた。


 チルキス猟兵隊りょうへいたいも、こちらの進撃路を開けて、両翼から小銃による支援攻撃に入っている。


 さて、私達も参りましょう。


 進撃速度をパルサヴァールに合わせるため、リベルギントも動車輪どうしゃりんではなく、脚部で追走する。


 敵の最前衛に開いた穴を、総身鋼拵そうしんはがねごしらえの朱柄あかえの大槍で、突き崩す。


 メルデキントは両腰に同じ長距離砲を懸架けんかして、連続した曲射砲撃で、敵後衛てきこうえいの砲兵陣地を次々に破壊する。


 戦場は、すでに支配した。


 それでも、敵も総力戦だ。砲弾が、炎が、銃声と断末魔が、血と生命が、等しく無数に散っていく。リベルギントの深紅しんく燐光りんこうは、死出しでの送り火だ。


 ふと、同化した意識が、違和感を告げてくる。


 戦場の動きは、常に論理的な意志を基盤きばんにして、混乱と感情の乱数が加わってくる。違和感とは、論理的な予測に外れる意志のことだ。


 中間距離から戦車が二りょうつらなって接近してくる。


 前方の一りょうは激しく砲撃しているが、後方の一りょうは、影に隠れるように追随ついずいしているだけだ。戦術運用として、非効率だ。


『マリリ、座標を指示します。前方車両の足を止めなさい』


 思わず、声が出た。


 リベルギントとマリリは音声同調している。指向性の直接送信になる。


「はっ? はいっ!」


 マリリの返事は、メルデキントから私への音声同調で受信する。少し迂遠うえんだ。


 長距離砲の砲撃が、前方車両の正面装甲を叩き、直進をはばむ。後方車両がおどり出て、パルサヴァールに肉迫にくはくする。


『バララエフ中尉、回避を』


 圧縮した電位信号波の、264回目の試行で、パルサヴァールが横にびのいた。


 真正面、右脚を大きく踏み出し右の横構よこがまえ、大槍を突き出しざま手の内をすべらせ、間合いを見切り、穂先ほさきが正面装甲に触れると同時に石突いしづきを掌握しょうあくする。


 微動びどうおさえ、鎧通よろいどおしをかけて重心を落とす。大槍が、吸い込まれるように車体をつらぬいた。


 一呼吸、轟音と爆炎がふくれ上がった。


 すんでのところでけきれた。パルサヴァールも健在だ。


 砲弾の代わりに爆薬を積載せきさいした、自爆突撃だった。


 こちらの機動兵装きどうへいそう寡兵かへいと見抜いた、適切な発想だ。命の勘定かんじょうも、まあ、割りに合わないほどではないだろう。


『マリリ。射角しゃかくは気にせず、後方車両をねらい撃ちなさい。火花一つでも車内に飛べば、それで済みます』


「は、はい……あの、ジゼル様……ですよね?」


『ええ。まだ少し、私も残っているようですよ』


 大槍をうしなった。両腰から左右二振り、大太刀おおだちを双腕に抜き放つ。


『バララエフ中尉。縦列編成の二りょうには、マリリの砲撃を待ってから攻撃します。散開して、先に他の車両を駆逐くちくしましょう』


「あ、ああ……了解した」


 パルサヴァールが、操縦槽そうじゅうそうの音声を中継する。パルサヴァール自身の、なんとも難しい感情まで伝わってくるのが、おもしろい。


 敵もさる者、こちらへの対処戦術を、さすがに考え始めているようだ。兵力も半数を減らして、退却する気配がない。


 殲滅戦せんめつせんを覚悟しているということだ。


『良いでしょう。それでこそ、ようやくこちらと、同じ戦場というものです』


 頭部装甲の、牙を持つ白骨はっこつ面貌めんぼうの奥で、微笑ほほえんで見せる。


 後はただ、生きるか死ぬかだ。

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