26.戦争は向こうから追いかけてくる

 発足はっそくした東フラガナ人民共和国は、その直後から、環大洋帯共栄連邦かんたいようたいきょうえいれんぽうへの参加を表明した。


 これは充分な海軍力の育成に長い時間が必要なことから、海洋大国フェルネラント帝国の海軍による支援をあてにしたものだ。


 現状の最大の懸念けねんは、環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんの連合艦隊による海上からの攻撃だ。


 だが、エスペランダ、アルメキア両国の連合艦隊は、マリエラ群島の東方面、アルティカ大陸の西方面にあたる大洋たいようの北部中央海域をめぐって、フェルネラント帝国海軍とにらみ合いの状態にある。


 フラガナ大陸方面に派兵する余力はないだろう。


 この膠着状態こうちゃくじょうたいを作り出せたのは、ロセリア帝国との密約による、背後のうれいがなくなったことが大きい。

 

 そして長期的な観点で見れば、環大洋帯共栄連邦かんたいようたいきょうえいれんぽうはマリエラ群島からペルジャハルとフラガナ大陸までを結んだ、巨大な海洋経済圏を獲得かくとくしたことになる。


 地下資源の潜在埋蔵量せんざいまいぞうりょうまで含めると、これは確かに、世界の南半分と言って良い。


 フラガナ大陸沿岸にしぼっても、ゴードウィンの意図した海上流通と石状いしじょうの制圧戦略は、大きな効果を上げていた。


 大陸北方の陸路で退却する駐屯軍は逃げるに任せ、ジゼル達が次々に制圧する港街を新たな拠点にして、中間ちゅうかんの陸路にも影響力を発揮していく。


 戦術的には猫魔女隊ねこまじょたいに加えて、バララエフと、彼の機動兵装きどうへいそうであるパルサヴァールが遊撃戦力ゆうげきせんりょくとして呼応してくれるようになったことも大きい。


 お互いに軍事機密の集合であることから、緊密きんみつな共同戦線とはいかないが、バララエフ一流いちりゅうの実に空気と流れを読んだ支援攻撃は、戦場支配をより確実にした。


 ロセリア帝国からの物資調達はカザロフスキーが取り仕切り、ニジュカの国軍編成も、同じ黒色人種であるワンディル主宰しゅさいかかげるはたもとに、多くの志願兵が集まり続けた。


 うねりのような高揚感こうようかんに満たされる旧王宮、現在は東フラガナ人民委員会の本会議場で、ティシャは使用人の取りまとめをしていた。


 弟達のすることには口出しせず、かつての戦闘の痕跡こんせきを掃除したり、死者の埋葬地に献花けんかをしたり、食堂の運営をしたり、だ。


 それは戦争そのものへの、無言の抵抗に思われた。


 中庭に居住するウルリッヒは、最初こそ誰からも警戒されたが、今では皆に愛される友人の地位を勝ち得ている。


 ティシャもまた、ウルリッヒに食事を世話する時だけは、深い心痛の影を隠さなかった。


 ウルリッヒが、気遣きづかわしげにのどを鳴らす。


 笑おうとしたティシャの後ろの回廊かいろうに、カザロフスキーが通りかかって、露骨ろこつな舌打ちと共に壁際に背中をつけた。


 その滑稽こっけいさに、ティシャが失笑しっしょうした。


「白人で、軍人で、だいの男に怖がられるなんて、すごいわね、私」


 カザロフスキーが無言で、背中をすりながら、通り抜けようとする。


「あなたは、戦いに行かないの? 勇敢ゆうかんじゃないのね」


「当たり前だ」


 カザロフスキーは、ティシャではなくウルリッヒを凝視ぎょうししたまま、き捨てた。


「こんな地の果ての戦争で、死んでたまるか。臆病おくびょうだろうが卑怯ひきょうだろうが、俺以外の全員を見捨てたって、生き残ってやる」


「そう。嬉しいわ。あなた、まともなのね」


「……おまえなんかと、一緒にするな」


 ティシャの真後まうしろで、カザロフスキーの足が止まった。


「俺はおまえら有色人種の国を、いくつもつぶしてきた。男は殺して、女は陵辱りょうじょくした。そいつらの子供も、同じ目に合わせてやった。この国はまだ入口だった。あいつらのおかげで助かって、良かったな」


 ティシャが振り返って、カザロフスキーを見た。ウルリッヒからは、どんな顔をしているのか、わからなかった。


「戦うのも、戦わないのも勝手だ。だが、戦争は向こうから追いかけてくる。生き残りたいのなら、逃げる準備くらいはしておけ。俺達白人は悪党だからな、つかまったらおしまいだ」


 巧妙に、悪辣あくらつに立ち回っているロセリア帝国の人間が言うと、重みが違う。


 カザロフスキーは嘲笑ちょうしょうを残して、腰が引けながら歩き去った。


 ティシャは、その場を動かなかった。



********************



 しばらくの後、本会議場の応接広間に、今度こそ全員が集まった。


 ジゼル、ユッティ、マリリ、クジロイ、ニジュカとワンディル、バララエフは各国軍の野戦服、カザロフスキーはくたびれた褐色かっしょくの上下で、ゴードウィンは人民委員会の制服となった緑と黄色の民族衣装を着ていた。


 リントとメルルは、ウルリッヒと一緒に、すずしそうなゆか寝転ねころがっている。


余人よじんの目がなければ、私も一緒に寝転ねころがりたいところですね。この前は先生ばかり、ずるいです」


「では、会議が終わったら人払ひとばらいをしましょう。私が扉番とびらばんをしますので、ジゼル様は、心ゆくまでお休み下さい」


「いいわね、それ! 人間の男は昼から一晩、出入り禁止ね!」


「魔女の姉ちゃん達は、緊張感がねえなあ。いつもこんな感じなのか?」


「まあ、こんなもんだ。だからって甘く見てると、大将も小っせえ大将も、いつ刃物すっぱ抜いて暴れるかわからねえぞ」


「そう言えばユッティも、すぐ殴ってくるしなあ」


「心外です」


「心外だ」


「心外ね!」


 バララエフとカザロフスキーは、首をすくめてなにも言わなかった。


 ゴードウィンが、重々しく咳払せきばらいをする。


「時間制限ができたようだ。手短てみじかに本題に入ろう。制圧した港街が六つ、それらを結ぶ陸路も勢力圏内に収めた今、次の段階に進む必要がある。ワンディル主宰しゅさい、ニジュカ軍事顧問ぐんじこもん、おまえ達の仕事の本番だ。実戦部隊にも、そちらに足並みをそろえてもらう」


「と、言うと、内陸部の調整でしょうか」


さっしが良いな。その通りだ」


 ゴードウィンが円卓えんたくに、フラガナ大陸の地図を広げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る