25.努力します

 ゴードウィンが提案したのは、環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんに実在する、内海ないかいの海上交易国家を参考にした、沿岸海上貿易による立国構想りっこくこうそうだった。


 トゥベトゥルとランベラを拠点にして、沿岸航路えんがんこうろから各所の港街みなとまちを点で結ぶように制圧、内陸部の各国駐屯軍かっこくちゅうとんぐんを置き去りにする形で海上封鎖かいじょうふうさする。


 そして沿岸航路えんがんこうろによる物資の海上流通を活性化、港街の周辺部から石状いしじょうに領土を広げるという戦略だ。


「大量輸送のできる船舶せんぱくの確保が重要だ。港街の制圧にあたって、駐屯軍の艦船かんせんは、可能な限り無傷で鹵獲ろかくしろ」


「可能な限り、ですよね?」


「ま、やってみましょ」


「努力します」


 マリリとユッティ、ジゼルが、あまり誠実ではない返事をする。


 港街の制圧と言っても、ランベラに対するトゥベトゥルのように、管轄かんかつ駐屯軍本営ちゅうとんぐんほんえいまで叩いておかなければ、継続的な確保はできない。


 実働戦力は、もって猫魔女隊ねこまじょたいに一任された。シュトレムキントの支援能力を最大限に活用できるという意味で、この戦略はありがたかった。


 並行してニジュカには、原住民族からなる国軍を組織してもらう。


 当面の装備は、各国駐屯軍から鹵獲ろかくしたもので間に合わせるが、バララエフが手配したロセリア帝国軍の装備一式がとどけば、それに統一する。


「弾薬類の仕様を開示してもらおう。ペルジャハル帝国でも、フェルネラント帝国からの技術支援を受けて、内製化を進めている。重要資材の調達先偏重ちょうたつさきへんちょうけなければならない」


「ちゃっかりしてるなあ。うちからの資金援助なんだから、少しは還元かんげんしてくれよ」


「長期的な投資と考えろ」


 バララエフの愚痴ぐちに、ゴードウィンの返答は、にべもなかった。


 他にも、近代型の船舶せんぱくの操作訓練、物資流通による経済活動の確立、小規模でも立法、司法、行政の各機能を備えた政治組織の立ち上げと、やらなければならないことは山積みだった。


「そんなにいろいろ言われても、難しいことはわからねえって!」


「さっきは便宜的べんぎてきに国王と呼んだが、王制は採用しない。ロセリア帝国の体制を参考に、各地に残った知識層ちしきそうを集めて、人民委員会を構成する。おまえは初代の主宰しゅさいとして、委員会の上でえらそうにしていれば良い。こまかいことは全て、私が人民委員会を指導して実行する」


「た、助かったよ……っ!」


 ワンディルが、胸をなで下ろす。ゴードウィンが一呼吸置いたが、バララエフはなにも言わなかった。


 旧王国と同じような王侯貴族を設定するのは、感覚的に、富と権力の独占を想像させる。利害の軋轢あつれきは、諸民族の糾合きゅうごうに邪魔となる。


 だが、共産主義などという外来の価値観を全面的に取り入れるのは、未知数の危険がある。


 ゴードウィンは自分を知識的、指導的な緩衝材かんしょうざいにすることで、ロセリア帝国を牽制けんせいした。


 そしてバララエフも、現状では、それを良しとした。カザロフスキーも、口をはさまなかった。


「では最後に、国名だ。こればかりは、私からの提案はない。体制上、国号は人民共和国となるが、地名でも民族名でも良い、なにかを頭につけろ。主宰しゅさいの仕事だ、考えておけ」


 ジゼル、ユッティ、マリリ、ゴードウィン、バララエフ、カザロフスキー、リントとメルル、ついでにウルリッヒと、応接広間の全員がワンディルを見た。


 ワンディルが、一安心した直後に重荷おもにを放り投げられて、顔中に冷や汗を浮かべながら考え込んだ。



********************



 ウルリッヒを通した認識共有は、リントに比べて視点が高く、大股おおまただ。


 俊敏性しゅんびんせい隠密性おんみつせいには欠けるが、上手うまく活用すれば人間以外の外敵を考慮しない、長距離移動が可能だろう。


 ワンディルとユッティに同行して、王宮の門前広場に出る。


 夕刻、まだ明るいが、戻ってきたニジュカとワンディルの仲間連中が、車座くるまざになって酒を飲んでいた。


 ジゼルとマリリは、リントとメルルを連れて、なにやら含みのある笑顔で先にシュトレムキントに帰って行った。


「……なによ、クロっちは一緒じゃなかったの?」


「あいつなら、仲間の指揮に戻ったぜ。ああ見えて、まじめで面倒見の良いところ、あるんだよな」


「あんたはどうなのさ。最初っから会議すっぽかして、軍事顧問ぐんじこもんなんてつとまるのかしら」


「こいつらみたいなのを、できるだけ死なねえように引っぱっていけば良いんだろ? 任せとけって。それしかできねえんだから、きっちりやるさ」


 立ち上がり、ユッティの肩に手を回そうとしたニジュカの足元に、ウルリッヒがするりと割り込んだ。


 彼の自由意志だ。ユッティとニジュカが、どちらともなく苦笑する。


「悪かったわね。いきなり、こんなところまで連れてきちゃって」


「ユッティ達の頼みなら、世界中どこまでだってお安い御用さ。ラージャも今頃、のけものにされたって、くやしがってると思うぜ」


「ペルジャハルの皇帝までついてきたら、立派な侵略よ」


「なあ……あんた、ペルジャハルの生まれなのか?」


 二人の雰囲気に、どこか居心地の悪そうなワンディルが、口をはさんだ。ニジュカが笑って、同じ黒色人種の少年の髪を、大きな手でかき混ぜる。


「そうだなあ。覚えている限り昔から、ペルジャハルで奴隷やってたぜ。親はどうか知らねえが、そもそも会ったこともねえしなあ」


「いてて、子供扱いするなって! けど……そうか。あんた、苦労してるんだな」


「いや? 物好きな友達もいたし、なんかめでたいことがあったみたいで、奴隷からも解放されたしな。軍に入ったら飯も食えて、少ない稼ぎでも、それなりに酒も女も楽しんだよ。死んだ奴らも多いけど、そんなのどこでも同じだろ? 悪くなかったぜ」


「すげえなあ。俺も姉ちゃんから、馬鹿だ馬鹿だって言われてるけど、あんた、俺より馬鹿なんだな」


「今さら利口りこうになれって言われても無理だからなあ。馬鹿には馬鹿の、生き方と死に方ってのがあるさ。まあ、気にするなって!」


 過酷な身分制度の最下層から、終わりの見えない内乱に身を投じ、数知れない同胞どうほうしかばねを積み上げ、反乱軍の英雄とまで呼ばれた人間の述懐じゅっかいにしては、いろいろなものが抜け落ちていた。


 なるほど、ユッティからの評価も、ワンディルからの評価も、ニジュカの自己評価も適切だ。


 唐突とうとつに、ワンディルが遠吠とおぼえのような叫びを上げた。


 面食めんくらったのはユッティだけで、ニジュカがすぐに真似まねをする。ワンディルの仲間連中も、後に続いて叫びを上げた。


「ああ、まったく! 俺だってそうだよ! 考えたって仕方がねえ! 始めちまったんだから、死ぬまでやるだけだ! 戦争だろうが主宰しゅさいだろうが、やってやるぜ!」


 ワンディルが仲間のはいをひったくって、酒を一息に飲み干した。歓声と、歌と踊りが、車座くるまざにあふれ出た。


 マリネシアの浜辺はまべの夜と違って、楽器はなかったが、ひざを叩く手拍子てびょうしが嵐のような激しさだった。


 ユッティが肩をすくめて、その肩に、今度こそニジュカが手を置いた。


 二人の目には、ほんの少しのかげりがある。


 戦争が終わる時、この中の何人が生き残っているか。確かに、気にしても仕方のないことだった。

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