24.国家を作ってもらう
東海岸を展望できる応接広間が、臨時の、
ジゼルとリントが戻ると、まず、
「あー、もう。こいつ、すっごく大人しくて
「どことなくお父さまに似ているので、ウルリッヒと名づけました」
「いや……そりゃ、言われてみれば似てるけど……
「心外です」
ジゼルの口の
ウルリッヒは昼食に満腹して、気性が穏やかなのも確かだが、
これは、しっかり注意を言い含めておく必要がある。ユッティはどうせ
ジゼルが視線を移すと、奥の
窓際の
「だからさ。資本主義、自由に競争しようって仕組みは、平等なのは最初だけなんだよ。競争に勝って金持ちになった奴の子供は、生まれた時から金持ちだろう?」
「世の中、そういうもんじゃねえのか?」
「時間がたてばたつほど、不平等は広がる。行き着く先が、貴族だの資本家だの、植民地支配だって、そういう競争の結果さ。だから資本主義は、もう
「じゃあ、あんた達の言う、きょ、きょ……」
「共産主義な。こいつは正確な分析と計画を
「もう
「あっはっは! 良いね!
冗談というのは、言った本人以外、笑わないのが標準なのだろうか。どうも、国と人種に関わらず、そういう事例ばかりに
ジゼルが肩をすくめて、適当な
「ティシャ様をお連れしました。あの、少し風の当たるところで、お休み頂いてよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。奥の
ジゼルとマリリの無言の圧力を
戦闘の死者は、
それなりに使用人もいたはずだが、戦闘の前後で逃げ
「クジロイ様とニジュカ様は、いかがされましたか」
「ワンディルの仲間を連れて、市街の視察に出て行きました。難しい話は任せる、と」
「仕様がありませんね」
マリリの回答に、ジゼルが苦笑する。
チルキス族の男達も姿が見えないが、王宮を中心にして、警戒線が張られているのがわかる。これなら猫でも、潜入に苦労するだろう。
少しして、カザロフスキーが戻るより先に、ゴードウィンが現れた。
「ではゴードウィン様、始めて下さい。不在の方々には、私から
「わかった。まずは、国王に最低限、理解しておいてもらいたいことから説明しよう。ワンディル、だったな」
「おうとも! 悪いんだけど、できるだけ簡単に……」
「ちょっと待ちなさいよ!」
ワンディルの言葉に、ティシャが割って入った。
「あんた……本気で、こんな人達の言いなりになって、戦争する気なの?」
「いや、まあ……そりゃ俺だって、白人の言うことなんか、聞きたくねえけどさ」
「この馬鹿っ! そんなことを言ってるんじゃないわよっ!」
叫ぶ勢いで込み上げたのか、また口を押さえ、背中を曲げる。
「この部屋に来るまでに、
「戦って死ぬのが男だ。戦士の誇りだ。姉ちゃんだって、
「そんな迷惑馬鹿、父さんだけでこりごりよ!」
ティシャが、身体を
ワンディルはばつが悪そうに、鼻の頭をかいて、目を泳がせた。同意を求めるような目を向けられて、バララエフがとぼけた顔をする。
「父さんも、村の大人の人達も……銃を持った外国の軍隊と槍で戦って、あっけなく死にました……。母さんは、私たちを隠したまま、連れて行かれて……村の広場で、大勢の女の人達と一緒に殺されました。今では、私が一番年上で……村は子供ばっかりです……っ!」
ティシャの足元に、一つ二つと、涙が落ちる。
マリリが痛ましそうな顔をしたが、とどく言葉がないことも、誰もが知っていた。
「戦争なんて……やりたい人達だけで、勝手にやって下さい……っ! 私達から……もう、
「悪いが、それはできない。戦争を行えるのは、国家だけだ。戦争をするために、この地に住む者全員で、国家を作ってもらう」
ゴードウィンが、感情も空気も、
「国家でない集団が行う戦闘は、ただの殺し合いであり、許されない犯罪だ」
「そんなの、戦争だって同じでしょう!」
「違う。戦争は、国際法に
ゴードウィンの言葉は、非情に過ぎた。
だが、ワンディルに言われた通り、これ以上ないくらい
戦争は、一方的に仕掛けられただけで成立する。それを正確に理解しなければ、踏みにじられ、殺されるだけだ。
ティシャは、もう声もこぼさなかった。
「ほらよ、水だ」
ゴードウィンとは違った形で、感情も空気も無視して、カザロフスキーが戻ってきた。
外に聞こえていたのか、
「安心しろ。おまえは、まともだ。おまえ以外の世の中全部が、まともじゃないだけだ」
ティシャの振り払う手が、
カザロフスキーが鼻を鳴らしたが、この時ばかりはマリリでさえ、カザロフスキーを責める目を持たなかった。
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