23.拉致させて頂いたのです

 その瞬間、カザロフスキーの横で、別の男が靴音くつおとを鳴らした。


「共産主義、か。私もまだまだ学ぶ必要があるが、計画経済の利点も問題点も、それなりに推測できている。申し出を受けよう」


 しわ一つない黒灰色こくかいしょくの上下を着た、壮年そうねんの男だ。


 短い金髪に白い肌、顔つきも体格も頑固堅牢がんこけんろうそのもので、まっすぐにバララエフをにらみえる。


「だが、政治体制の構築は、あくまでこちらで主導させてもらう。それで良いな? フェルネラントのおど


「ロセリアの軍事物資となれば、小銃も最新式だよな? ラージャの奴に、自慢じまんし返してやれるぜ!」


 また一人、横に男が並んだ。背の高い黒色人種で、しなやかに引き締まった筋肉を、ペルジャハル帝国の砂色の野戦服に包んでいる。


 陽光ようこうびると金に近く見える茶褐色ちゃかっしょくの髪が、獅子ししのたてがみのように放埒ほうらつになびいた。


 バララエフの目の奥にも、一瞬だけ、鋭い光がよぎって消えた。


「な、なんだ、おまえ達は……?」


「あれ? カザフーじゃん。どこにでもいて出るわねえ、あんた達」


「お、おまえ達のせいだっ!」


 カザロフスキーの狼狽ろうばいに、最後に現れたユッティがとどめを刺す。ジゼルに見せつけて、ことさら大きく伸びをした。


「ああ、もう! とんでもなく疲れたわ! 一晩でペルジャハルまで往復なんて、いくらなんでもシュシュがぶっ倒れてたわよ!」


「ありがとうございます、先生。ゴードウィン様も、ニジュカ様も、おかげで危ういところを救われました」


 ジゼルが腰を折って一礼する。


 ニジュカはともかく、ゴードウィンは民間人だからだろう。マリリもクジロイも、長い息をき出した。


 バララエフも、いつもの陽気な笑顔で肩をすくめた。


「さて。それでは残る問題は、はたですが……」


「全然わからねえっ!」


 ジゼルに向かって、いろいろき出し切ったワンディルが、やっとのことで顔を上げた。


「今までの難しい話の、なに一つもわからねえ……っ! だけど、はたならこいつで良い!」


 ワンディルが、ひたいに巻いていた布をほどく。広げると、上半分が緑で、下半分に黄色が入っていた。


「大地の黄色と、森の緑だ! フラガナの国なら、この二色を必ずはたに使ってた!」


 仲間連中の内で最初に立ち、好き勝手を言う外国人達に、精一杯の見栄を張る。応援するように、獅子ししが一声、吠えた。


「良いでしょう。なかなか立派ですよ、ワンディル王」


 ジゼルの言葉に、ワンディルが、歯をいて笑って見せた。



********************



 ゴードウィンはすぐに、駐屯軍ちゅうとんぐんが執務室に使っていた部屋に一人でこもって、残された資料を片端から読み始めた。


 ジゼルが室内に入り、リントが、にゃあ、と鳴いても、資料から目を上げなかった。


「なぜ私を呼び寄せたのか、理解が難しいな」


「申し訳ありません。拉致らちさせて頂いたのです」


 ジゼルが笑う。


 ヤハクィーネは、ペルジャハルにも分体ぶんたいを置いていた。どうやら、これまで立ち寄った各地に、これさいわいと配置しているらしい。イスハバートにも、マリネシアにもいるのだろう。


 分体ぶんたいを通して、ジゼルの意向をセラフィアナ皇妃こうひに伝え、快諾かいだくを得た。


 ラークジャート皇帝には事後通告でも良いと笑っていたらしいので、かなりの政務権限を掌握しょうあくしているようだ。やはり策士だ。


「私は植民地支配を運営するがわで、しかも破綻はたんさせた人間だ」


「だからこそ、あのまま残務処理を終えて帰国なされても、弾劾訴追だんがいそついまぬがれませんでしょう」


「それが道理だ」


「道理を蹴飛けとばして無理を通すのが、フェルネラントの流儀りゅうぎです」


 ゴードウィンが、ようやく視線をジゼルに向けた。


「ゴードウィン様は恐らく、本国からの収益要求に最低限で応じ、貿易商会内部や駐屯軍ちゅうとんぐんの強硬派を限界までおさえて、ペルジャハル帝国の完全な植民地化を引き延ばし続けた、とお見受けしました。その意志を、この地でいでもらいたいのです」


「勝手な推測だ」


「残念ながら、エスペランダ帝国と敵対することもありましょう。ですが武装組織に拉致らちされ、おどされている以上、指示に従い一命を守ることは、誰にとがめられる筋合いもございません」


「……ざれごとだな」


「ゴードウィン様、一世一代のざれごとでございますね」


 ジゼルの笑顔に、ゴードウィンの口元も、少し笑ったようだった。


「昼食の後にでも、関係者をどこかの一室に集めろ。大方針だいほうしんを共有する」


「了解しました」


 ジゼルが一礼した時には、もう、ゴードウィンの視線は資料の上に戻っていた。

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