20.蹴散らすのは造作もないが

 ふと、クジロイのふえが響いた。通常の人間の可聴域かちょういきを外れた、無音むおんの合図だ。


「リベルギントに接近する人間がいる。黒色人種の若い男、一人だ。後方に仲間と思われる、十人程度の集団がいる。武装は旧式の小銃だ」


 クジロイとチルキス族は、それぞれに視認範囲しにんはんいを重ねながら、姿を隠して散開さんかいしている。


 古くは結界けっかい、近代の軍では相互周辺警戒とされる陣形だ。充分な訓練を積んだ者でなければ、まったくの無防備な休息に見えただろう。


 その警戒線に、侵入者が触れた。リベルギントの光学情報でも確認する。背格好からして、まだ少年のようだ。


「先にあれこれ考えても仕様がありません。状況を観察しましょう」


 マリリへの返事に乗せて、ジゼルが指示を返す。マリリとユッティも、そ知らぬ振りでうなずいた。クジロイも聞いていただろう。


 全員がこっそりと注視する中、当の少年だけが、隠れているつもりでリベルギントに忍び寄る。


 小銃を構えたらすぐに制圧する気でいたが、どうも違うようだ。


 いいかげん、そ知らぬ振りも難しくなる距離で、少年が小銃を捨ててリベルギントの操縦槽そうじゅうそうに飛び込んだ。


「よっしゃあ! こいつは頂いたぜ!」


 一瞬、言葉の意味を把握はあくそこねたのは、こちら側の主観的な思考だろう。


 とりあえず胸部装甲きょうぶそうこうを閉鎖して、閉じ込める。


「な、なんだ? あれ? どうなってんだっ?」


 一呼吸遅れて、遠くから歓声を上げ、仲間の集団が駆け寄ってきた。気も早く、でたらめに小銃を撃ってくる。


蹴散けちらすのは造作ぞうさもないが」


「白色人種なら敵です。そうして下さい。有色人種なら、とりあえず遠慮して、威嚇いかくにとどめましょう」


 ジゼルが、堂々と人種差別をする。まあ、適切な判断だ。


 集団は、全員が黒色人種で構成されていた。


 ひっかけないように注意して、集団の鼻先に大槍を振るう。それだけで何人もが、仰天ぎょうてんしてひっくり返る始末だった。


「お、俺じゃねえよ! こいつが、勝手に……っ!」


 仲間の怒声どせいに、少年が中から怒鳴どなり返す。


 そもそも、全く知りもしない機動兵器をどうして動かせる気でいたのか、思考過程そのものが理解しがたかった。


 集団の、一通り全員がへたり込むまで大槍をちらつかせる。ついでに、無意味に暴れる少年を、胸部装甲きょうぶそうこうを開いて放り出した。


 転がる小さな背中を、悠然と現れたクジロイがつまみ上げる。


 マリリと同じ赤銅色しゃくどういろの肌と、黒髪を長く伸ばして、砂色の野戦服に精悍せいかんな筋肉が浮かんでいる。長身で、肩の高さにられた少年の足先が、ひざの辺りでゆれていた。


「で、どうすんだ? 大将」


 少年は、どこかの駐屯軍から盗んだような、汚れた薄茶色の野戦服を着ていた。年齢も背丈せたけも、マリリと同程度だ。


 黒い肌に短い黒髪、厚いくちびると大きな丸い目が印象的で、ひたいに緑色の布を巻いていた。


 ぶら下げられて動転どうてんしながらも、一人前に周囲に視線を走らせている。ジゼルとユッティ、マリリとクジロイを順ににらんで、へたり込んだ仲間も横目で見る。


 ジゼルが、こらえ切れないように、笑っていた。


「民間の武装組織、といったところでしょうか。正規軍ではありませんね。頭領とうりょうはあなたですか」


「……そうだ」


 半分はうそだろう。集団は少年より年上ばかりで、皆、体格も良い。知能は似たり寄ったりとしても、最年少者が指導的な立場にあるとは思われない。


 その上でジゼル達に対し、この状況の責任を、逃亡の可能性が残っている仲間から自分に引きつけている。残り半分の真実、頭領とうりょうの資質と言えた。


「私はフェルネラント帝国陸軍所属、環大洋帯共栄連邦軍特務部隊かんたいようたいきょうえいれんぽうぐんとくむぶたい猫魔女隊隊長ねこまじょたいたいちょうのジゼリエル=フリードです。名乗れますか」


「ワンディル=タート! オルメト族、クンガウォ=タートの息子、戦士だ!」


「良い名前ですね、ワンディル。あなたに決めました」


 ジゼルが、悪い顔になる。


「マリリ。確かに、無主むしゅの大陸とは、白色人種が勝手を言ったものです。フラガナ大陸は本来、黒色人種の領土であるべきですからね」


「は、はい。その通りです!」


「気をつけろよ。大将が、まともなことを言いっぱなしのはずねえぞ」


 ジゼルに心酔しんすいしている様子のマリリを、クジロイが、鼻にしわを寄せてたしなめた。ユッティも同じ顔をしている。


 どこ吹く風で、ジゼルが言葉を続けた。


「良い方法を思いつきました」


「まぁた、道理をばそうってわけね」


「フェルネラントの流儀りゅうぎだ。問題ない」


 頭越あたまごしの会話に、ワンディルが、さすがに不安そうな表情になる。


 何一つ説明しないまま、すっきりとした満面の笑みで、ジゼルがワンディルを解放させた。


「それではワンディル、あなたの家に案内して下さい。これからのことを話し合いましょう。もちろん、お友達も御一緒にお願いします」


 クジロイの腕の一振りで、八十人からの、完全武装のチルキス族猟兵隊ぞくりょうへいたいまぼろしのように現れて整列する。


 マリリの手招てまねきでメルデキントが立ち上がり、リベルギントも合わせて、自律稼働じりつかどうで後ろに並ぶ。


 最後にユッティが、軍用車から風切かざきばね水薙みずなどりを持ち出して、ジゼルにほおる。


 連段佩れんだんばきの腰帯こしおび大時代的だいじだいてきに装着して、どうだ、と言わんばかりにジゼルが胸を張った。


 黄色人種にしてはほの白い肌と、黒い瞳、腰にとどく長い黒髪が、熱帯平野の陽光ようこうと風をはらんで輝いた。


 ワンディルと、仲間の男達の顔が、これ以上ないくらいに引きつっていた。

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