第五章 フラガナ戦塵編

19.そうなるでしょう

 メルデキントの支援砲撃しえんほうげきを背に、左右三基の動車輪どうしゃりんを加速させ、走る。


 リベルギントが深紅しんく燐光りんこうを引いて、中天ちゅうてんに焼かれる熱帯平野を、縦横に切り裂いた。


 総身鋼拵そうしんはがねごしらえの朱柄あかえ大槍おおやり、四振りの大太刀おおだち、左腕に対弾傾斜装甲たいだんけいしゃそうこうを装備した、全身甲冑ぜんしんかっちゅうにも似た機械仕掛けの巨人だ。


 頭部には牙を持つ白骨はっこつした面貌めんぼうがあり、後頭部から背面にのびる積層装甲せきそうそうこうに放熱の陽炎かげろうをまとわせて、アルメキア共和国フラガナ駐屯軍ちゅうとんぐんの戦車隊を、次々に駆逐くちくしていく。


 同化した意識が、戦場に広がっていく。空と大地の狭間はざまに、素裸すはだかで立つような開放感だ。生も死も、等しく戦場のまたたきだ。


 蒼穹そうきゅうに飛ぶ無数の海猫達うみねこたちの視覚情報が、海岸線に浮かぶ貨物船に偽装したシュトレムキントに集積され、艦内のヤハクィーネ、リント、メルルを介した支援情報となって、リベルギントとメルデキントに伝達される。


 戦車隊の動き、戦術意図、各車輌かくしゃりょう相対座標そうたいざひょうまで、一望いちぼうもと掌握しょうあくする。


 リベルギントと同じ外装を深緑しんりょく燐光りんこうに輝かせ、メルデキントが、左腰に懸架けんかした長距離砲で戦車の旋回砲塔せんかいほうとうを撃ち抜き、右腕の自動機銃で無限軌道むげんきどうを破壊する。


 動きの止まった戦線の一角を、リベルギントの大槍が、大太刀が、リベルギント自身が一振りのやいばとなって、深く、鋭く切り進む。


 随伴歩兵ずいはんほへいの動向、伏兵ふくへいの位置も、時に滑空かっくうして鳴き声で伝える海猫達うみねこたち索敵情報さくてきじょうほうを充分に生かして、クジロイとチルキス族の猟兵隊りょうへいたいが確実に捕捉ほそくし、掃討そうとうしていく。


 戦場支配は複合的な立体となり、一瞬の停滞もなく、電撃でんげきが空をくように展開した。



********************



 が少しかたむき、状況が終了した後は、無数の鉄の残骸ざんがいと死の痕跡こんせき、血と黒煙こくえん臭気しゅうきが平野に満ちていた。


「なんだか、あなたと別々でいる時が、不便に感じるようになってきました」


「個体生命としては、危険な兆候ちょうこうと言える。もっと肉体に固執こしつするべきだ」


「出番よ、マリリちゃん! ほら、照れないでさ」


「ええっ? こ、この流れで私ですか?」


 ユッティの文脈は相変わらず理解が難しいが、マリリには通じているようだ。ほおを赤くして、視線を泳がせる。


 その様子に、ジゼルが自分の口元に手を当てて、微笑ほほえんだ。


 胸部装甲きょうぶそうこうを開いて膝立ひざだちにかがむリベルギントとメルデキントの日陰で、ジゼル、ユッティ、マリリが休息していた。


 三人とも砂色の野戦服で、ユッティの乗ってきた軍用車から自分の水筒すいとうを引っぱり出し、びるように水を飲んでいる。


 フラガナ大陸の暑さは、ペルジャハルよりも、さらに上だった。


 フラガナ大陸の上陸作戦は、ペルジャハルの戦闘経験をもとに立案、実行された。


 大陸東海岸の港街みなとまちランベラにシュトレムキントを着けた直後、リベルギントとメルデキント、シュトレムキント艦載かんさい海猫航空偵察隊うみねここうくうていさつたい発艦はっかんさせる。


 港湾こうわんの駐屯軍の艦船かんせんをメルデキントの砲撃で破壊しながら港街みなとまちをつっきり、旧ネメリク王国時代の政務首都せいむしゅとトゥベトゥルに向かって進撃、慌てて飛び出してきた駐屯軍戦車部隊と、中間部の熱帯平野で会戦かいせんした。


 クジロイとは、大陸の方々ほうぼうの街で、分体ぶんたいとでも表現するべきヤハクィーネ達が連絡を通じていたようだ。


 イスハリからペルジャハルを超えて、大陸交易航路たいりくこうえきこうろのはるか彼方かなたであるフラガナ大陸まで、八十人ほどのチルキス族の男達を従えて現れた。


 戦場での合流だったが、遊撃戦力ゆうげきせんりょく猟兵隊りょうへいたいとして、あきれるほど見事に連携れんけいした。


 単純な兵力は、彼我ひがで十倍近い差があったが、旧来の戦術思想しか持たないアルメキア共和国フラガナ駐屯軍は、過酷な実戦を重ねて戦術理論を進化させた猫魔女隊ねこまじょたいの敵ではなかった。


「次は市街戦? いや、籠城ろうじょうの攻略戦かしらねえ」


「ずいぶん時代がかってしまいますが、そうなるでしょう」


「ではイスハバート同様、潜入して攻撃目標を特定しますか?」


「今は航空偵察部隊こうくうていさつぶたいを持っていますし、あなた達の先行偵察せんこうていさつも合わせれば、かなり楽ができそうですね」


「了解した。リントとメルルは、整備兵達せいびへいたちの軍用車に同乗して、すでにこちらに向かっている。昼寝も充分だ。夕刻には作戦行動に移れるだろう」


「忙しい話だわ。まあ、ここいら辺は、かなりの範囲がアルメキアの縄張なわばりだから、この一山ひとやまをきっちり押さえましょ」


 短いくせ毛の金髪と眼鏡めがね、野戦服からのぞく白い肌を風になぶらせて、ユッティが背中を伸ばす。


 アルメキア共和国は、ここフラガナ大陸からは西回りに海を越えた、アルティカ大陸北方の大国だ。


 広大な自国領土内で有色人種を弾圧、搾取さくしゅして、植民地同様の白色人種支配を確立、表向おもてむきは帝国主義ではなく共和国を称している。


 それでも手の届くところに土地があれば、力でむしり取る。開拓者精神かいたくしゃせいしんとは、そういうものであるらしい。


 集合知しゅうごうちの情報を整理する。


 フラガナ大陸は本来、黒色人種の旧王国が各地に点在し、熱帯平野と濃密な森林におおわれた、人類と動物の原初げんしょの熱気に満ちた大地だった。


 奴隷売買を目的に白色人種が入植にゅうしょくすると、やがて沿岸部から内陸の鉱物資源の採掘さいくつ、森林を切りひらいた大規模農園の労働力搾取ろうどうりょくさくしゅて、未開人種みかいじんしゅに文明を教導きょうどうするという善意の盲信もうしんから、焼き菓子を切り分けるような環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんの植民地争奪戦に展開した。


 今や大陸に国と呼べる政体せいたいは一つもなく、旧王国や民族の分布、小さな部族単位の境界まで、一切合切いっさいがっさいを無視した白色人種の領土分割りょうどぶんかつは、その後もない植民地同士の紛争、黒色人種同士の部族間の争いとなって顕在化けんざいかしていた。


無主むしゅの大陸、とは、勝手なことを言ったものですよね。アルメキア、エスペランダ、諸々もろもろの駐屯軍は片っぱしから叩きつぶすとして、その後はどうしましょうか?」


 肩にかかる黒髪と赤銅色しゃくどういろの肌を戦闘の汗で濡らしたまま、マリリがジゼルに問いかける。


 素直な義憤ぎふんが込められた緑の目に、ジゼルが、少し考える顔をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る