番外編:環大洋帯共栄連邦軍女子会

【18.照れることはありませんよ】の直後、リント視点のお話です。


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 ジゼル達の個室は一区画にまとまって、それぞれの出入り口が共通の居間いまにつながっている。


 居間いま片側かたがわに手洗いと浴室への扉、簡単な水回りがあり、中央には会議用の長机ながづくえ椅子いすもある。


 今、その長机ながづくえには皇都こうとエルナクラームで買い込んだ大量の砂糖菓子が並び、食堂から運び込んだ茶器一式でれた発酵茶はっこうちゃも、芳醇ほうじゅんな香りをただよわせていた。


「……と、いうようなことがあったのです」


「なによ、それ! ここ、あんた専用の浮気宿うわきやどなの?」


「心外ですね。意識は共通なのですから、むしろ一途いちずと言って欲しいです」


「言葉の定義がゆらぐわね……」


 色鮮やかな砂糖菓子を口に放りながら、ユッティが難しい顔をした。ヤハクィーネは同席していないが、いてもすずしい顔をしただろう。


「それじゃあ、軟派中尉なんぱちゅういとはなにもなかったのね。あれだけ大っぴらに口説くどいてたんだし、ちょっと気の毒かしら」


「最後はこちらを裏切る、と約束して下さったので、それを心の支えにしています」


「だから、言葉の定義がゆらぐって」


 リントとメルルは、さすがに砂糖菓子は口に合わない。これもエルナクラームで買い込んだ、香辛料こうしんりょうの効いた燻製肉くんせいにくを、食堂でで戻してもらったものを間食かんしょくにしていた。


「しかし、まあ、あたしが一番他人のこと言えないんだけど、風紀ふうきがゆるんできたわねえ。今回なんて、三者三様じゃない……って、マリリちゃんはなんで、そんなところで正座してるのよ?」


「これは……いましめと言うか、反省の姿勢を、ですね……」


堅苦かたくるしいこと言いっこなしだって。大体、隊長みずから乱れた関係楽しんでるんだし、大人なんてそんなもんよ」


「心外です」


 ジゼルの口の両端りょうはしが下がる。


「ですが、先生のおっしゃることも一理あります。難しく考えすぎることはありませんよ、マリリ。もうそろそろ、こちらにおいでなさい」


「お兄様には内緒にしておいてあげるからさ、話、聞かせてよ! さすがにあたしも経験ないけど、ネクシャラさんなら上手じょうずそうだもんね。どう? ぶっちゃけ、良かったの?」


「そっ、そんな……っ! そんなこと、ない……わけでは、ない……ですが……っ」


 マリリが、正座のまま硬直して、顔を発酵茶はっこうちゃよりも赤くした。


「そう言えば、先生はシュシュを可愛かわいがっておられますが、感情としては、また別のものなのですか」


「あんただって、マリリちゃん可愛かわいがってるじゃない」


「まあ、今となっては愛弟子まなでしのようなものですから」


「……あのさ。前から思ってたんだけど、あんたって、剣とか武術の立ち合いとかに、性的な興奮を感じてない?」


「とてつもない危険人物に聞こえますが……そう明確に指摘されると、心外と言い切れない部分がありますね」


 ジゼルが神妙しんみょうに考え込む。


 生死の瀬戸際で、生命活動への本能が刺激されるのは、不可思議ふかしぎな現象ではない。感覚神経は媒介ばいかいに過ぎず、認識するのは脳組織であり、電気信号だ。


 特異な変換が行われるのも、個体生命の生存戦略の一種と言える。


「つまり私は、ゆがんだ欲望を、マリリで発散していたというわけですか。反省しなければならないのは、むしろ私のようですね」


「そ、そんな……ジゼル様、私は……っ!」


 マリリが、目の焦点しょうてんも合わなくなりそうな勢いで立ち上がった。


「ジ、ジゼル様! こ、ここ、この際、は、はっきり、させておきたいことが、ありますっ!」


「あらたまって、なんでしょう」


「わ、私は、その……多分に成り行きで、こ、婚約をしたり、身体の関係を持ったりして、しまいましたが……」


「そう聞くと、すごいわねえ」


「それもこれも含めて、今の私があるのは、すべてジゼル様のおかげと思っております! で、ですから、私にとって……この世で、もっとも大切なお方は、ジゼル様です! ジゼル様のお望みであれば、喜んで、こ、この身を、いかようにでもささげますっ!」


「ちょっと、ちょっと。この流れでその台詞せりふは、愛の告白になっちゃうわよ」


「そ、そう受け取って頂いて、差し支えありません……っ!」


「あら、まあ。可愛かわいらしいことを言ってくれますね。嬉しいですよ、マリリ」


「あんたも、一途いちずはどこ行ったのよ?」


 ジゼルが、手で口元を隠して、ほおを染めた。


「ネクシャラ様のお気持ちが、少しわかりました。こう健気けなげさまを見せられると、胸にこみ上げるものがあります」


軟派中尉なんぱちゅういそでにしてるくせに」


「あの御仁ごじんとはいずれ血と鋼鉄のもと、公明正大に、愛と欲望をぶつけ合う所存しょぞんです。先生のお言葉で、心のきりが晴れました。きっと、とても素敵な時間になることでしょう」


「相手がどう思うかは知らないけどね」


 ユッティが辟易へきえきした顔をする。常識人は自分だけだと、言わんばかりだ。


「とりあえず、良かったじゃないの、マリリちゃん。ほら、いいかげん、こっちおいでってば。発酵茶はっこうちゃが冷めるわよ」


「は、はい! その、ふ、ふつつか者ですが、どうか末長すえながく……」


「だいぶ早いわ、それ。相手も多分、違うわよ」


「言われてみれば、お兄様に言い訳できないような状態は、けなければなりませんね」


「どこまで行く気だったのよ? あんたも、他人事ひとごとみたいに間食かんしょくしてないで! 自分の婚約者が、他人の婚約者と浮気しそうになってるわよ!」


 唐突に、無意識下の警告表示が点滅した。


 文脈が理解できないが、迂闊うかつな回答が致命的な結果を招くであろうことは、経験則から明らかだ。


 人間の情理的じょうりてきな精神活動は複雑で、これに限っては、他の生命の集合知しゅうごうちでは役に立たない。人間由来にんげんゆらいの情報にしても、どうやら普遍的ふへんてき最適解さいてきかいは存在しないようだ。


 ジゼルを見る。ほくそ笑んでいる。


 ここは沈黙して、解釈をジゼルの勝手に任せるのが次善じぜんの策だ。


「そう怖い顔をしないで下さい。あなたへの気持ちは変わりませんが、マリリの想いにもこたえてあげたいのです」


「了解した」


 なんとか、ことなきを得たようだ。ふり返ってメルルを探してみると、すでに居間いまのどこにもいない。見事な危機回避能力ききかいひのうりょくだった。


 長机ながづくえにはジゼル、ユッティ、マリリがそろって、果てしなく重要性の低い話題で、砂糖菓子の消費速度を上げている。


 外洋航行は至って平穏だ。


 リントが、にゃあ、と鳴いた。新しい外部端末で参加したらどうだ、と、いて訳せば言っていた。


 それはあまりに危険性が高く、無謀な行為であることは、全生命ぜんせいめい集合知しゅうごうちによる論理的結論ろんりてきけつろんを待たず、明確に推測できた。



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本当に、ひたすらどうでもいい感じの後日談です。

楽しそうでうらやましい……。

ペルジャハルの砂糖菓子は、きっと頭痛がするほど甘いです。

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