番外編:居残り者の好機

【13.泡沫の夢にございます】の直後、リント視点のお話です。


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 シュトレムキントの格納庫で、ヤハクィーネが最終調整を終えた。


 想定される戦場は、皇都こうとエルナクラーム郊外の平野部だ。リベルギントは単機で大兵力を相手にする必要が、メルデキントは戦場を突き抜けてマリリと合流する必要がある。


 それぞれ戦闘継続性せんとうけいぞくせい高速走破性こうそくそうはせいを重視した装備を選択している。


「二人とも、めかし込んでいますね。素敵です」


 まだ、よいくちと言った時間だが、ジゼルがすずしい顔で現れた。ヤハクィーネが一礼する。


「バララエフ様とお食事とうかがっておりましたので、遅くなられるかと思っていましたわ」


「あと一言多ければ、抜きましたね。見切りの達者な御仁ごじんです」


 琥珀色こはくいろの民族衣装に、相変わらず風切かざきばね水薙みずなどりいている。食事の際にどうしていたのか、興味深いところだ。


「状況はどうなっていますか」


「ラークジャートはかたくなだ。クジロイも会話はしているが、傾向に変化はない。進軍速度からして、明日の昼すぎには、ニジュカの陣に到達するだろう」


「男性同士のことは、最後までお任せして、見極めるしかありませんね。先生の方はいかがでしょう」


「先ほど、ニジュカからの生殖行為せいしょくこういの誘いを、ユッティが受諾じゅだくした。偵察行動ていさつこうどうの必要はないと判断し、ヴィルシャも離席している」


「……それはまた、興味深い状況ですね。偵察行動ていさつこうどうの必要性については議論の余地がありますが、まあ良いでしょう。マリリはどうしていますか」


「理解が難しいが、状態は近い。ネクシャラから生殖行為せいしょくこうい類似るいじした行為を受けている。強い拒絶を示さず、こちらにも危険性はないと判断した。メルルはヴィルシャと一緒に、今しがた就寝した」


「……それもまた、興味深い状況ですね。他人をとやかく言える立場ではありませんが、なんだか、のけ者にされた気分です」


 ジゼルの口の両端りょうはしが下がる。ヤハクィーネが苦笑した。


「ジゼリエル様。それならば、と言うのも可笑おかしいですが、良い機会ですわ。リベルギントの神霊様しんれいさまともども、御説明差し上げたいことがございます」


「なんでしょうか」


「シュトレムキントの外部端末に、私の身体を御使用頂いていることは、お話ししたと思います。あの身体の本来の意識は私と同化していますが、より強い神霊核しんれいかくからの同調により、現在、私は情報を共有しておりません」


「リントとは、少し状態が異なるようだな」


「はい。何体か試行して、神霊核しんれいかくからの同調を解除すれば、また私の意識化に戻ることも確認しておりますわ」


 ヤハクィーネの言葉の最中さなか、格納庫に五人の船員が入ってきた。


 共通した無表情と不自然に無駄のない動きから、ヤハクィーネ自身であることがわかる。これを集団で見ている整備兵達は、いささか気の毒だった。


 五人とも30歳を超えるかどうか、元学究もとがっきゅうとしては、なかなか立派な身体つきだ。顔立ちも整っている。


 ジゼルが口元を手で隠して、なにやら良からぬ目になった。


「ヤハクィーネ様。あの、もしかして……」


「ユーディットから聞き取りましたジゼリエル様の御嗜好ごしこうに、可能な限り沿う形で選抜しました。年齢が少し高いのは、申し訳ありませんが、私達の成り立ちの限界でございます」


「むしろ印象通りで、なんの問題もありません。奴隷売買と言うか、うわさに聞く歓楽街かんらくがいのお店のようですが……これはこれで、こころよい興奮を覚えますね」


「文脈が理解できないが」


「お喜び頂けて嬉しいですわ。病気がなく健康であること、機能が正常であることも、事前確認しております。それだけに、相互管理はお忘れなきようお願いします」


「重要ですね」


「よろしければ、順に試用なされても結構ですわ。持論になりますが、体臭や肌触りなどで、ある程度の相性は認識できるものかと」


心躍こころおどります」


 ジゼルが、上気じょうきした顔をこちらに向けた。


「あなたの御意見はいかがですか」


「繰り返すが、文脈が理解できない」


「なんですか。言わせたいんですか。仕様がありませんね」


 こほん、と咳払せきばらいをする。良からぬ目つきはそのままだ。


「シュシュを見たでしょう。あなたの、新しい外部端末を選考しているのですよ。いずれ手合わせを重ねて、戦闘人員としての行動も期待します」


「理解した」


 リントがいないので、とりあえず光学情報を確認する。


「外観を基準とするなら、筋肉はともかく、骨格強度は成人後の鍛錬たんれんが難しい。向かって右から二番目、黒灰色こくかいしょくの髪の黄色人種が望ましいと考える」


しぶい選択ですね。骨格なら隣の、金髪の白色人種も似たような感じですが」


「正しい認識だ。いて言うなら、ジゼルと行動する際の協調性を考慮した。状況によって使い分けても良いだろう」


大胆だいたんな発言ですね」


「それでは、今夜のところは、こちらの身体を提供致しますわ。同調は、機体に触れればよろしいのでしょうか?」


「充分だ。こちらで調整する」


 指定した黄色人種の男の手が、リベルギントに触れる。生体情報を読み取り、思考信号、視覚を始めとする感覚信号を同調させる。


 本体、リント、ヴィルシャに加えて同時制御は情報処理の負荷が大きいが、幸い、リントとヴィルシャは就寝している。


 機体も待機状態として、男との情報連結を主軸にする。正面、視線を少し下げた位置にジゼルを見た。


 生体機能の維持いじと運用は、脳の自動制御に一任できる。


 行動の全てを自分で指示するところが、リントの場合と異なっている。なるほど、ヤハクィーネやシュシュの無表情が理解できた。


「同調は完了した。管理制御に問題はないが、人間として自然な反応を示すには、習熟と経験が必要と考える。ジゼル、指導を頼む」


めんと向かって言われると、乙女おとめとして恥じらいたくなりますね」


「文脈が理解できないが」


「それでは、私はこれにて失礼致しますわ。神霊様しんれいさま、特に気負きおわれることはありません。いかに全生命ぜんせいめい集合知しゅうごうちと言えども、千差万別の最適解さいてきかいみちびくには、当事者同士のお気持ちに素直に向き合うしかないのですから」


「お心遣こころづかいに感謝します。私も戦場に生きる女として、欲望に素直に向き合う所存しょぞんです」


 これだけ文脈の主語と述語と目的語が抜け落ちていて、どうやら意思の疎通そつうに問題がないのだから、人間の論理推定能力ろんりすいていのうりょくというのは驚くべきものだ。


 将来的に独立行動が期待されているのだから、習熟に努力しなければならない。考えてみればユッティからも、よっぽどの努力が必要、と言われていた。


 四人の船員と共にヤハクィーネが退出し、格納庫にはジゼルと二人になる。


 正確にはメルデキントも待機しているが、積極的に発信するでもない。ジゼルが、可笑おかしそうに首をかしげた。


「こうして人間として向き合うと、名前を呼びたくなりますね。リントとは区別しましょう。希望があれば言ってください」


「では、ベルグと名乗ろう」


「立派な名前ですね」


「リベルギントからリントを差し引いた残りだ」


「なるほど」


 ジゼルが笑って、手を握ってきた。人間の皮膚で感じる触覚しょっかくは、猫で言えば肉球に近い。体毛が薄いのは新鮮だ。


「それでは部屋に参りましょう、ベルグ。私も一日活動しましたので、まずは汗を流したいですね」


「同意しよう。フェルネラント帝国人の風習として、入浴の重要性は理解している」


「本来男女は別ですが、この際、一緒に済ませましょう。身体を洗って差し上げますよ」


「必要ないが」


「そう遠慮なさらず。正直に言って、いろいろと確認してみたいのです」


「了解した」


 文脈の理解は、もう放棄ほうきした。大きな問題はないだろう。何より、ジゼルが満ち足りた表情をしているのは良いことだ。


 メルデキントの方から、ため息のようなものを感知した。恐らく背景誤差だろう。



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前作の第二章:番外編からの遠大な伏線回収、ハーレム爆誕です。

少しの照れもなく、ほくほくしているジゼルに、ヒロインとしてそれもどうなのか、と思わないでもないですが……。

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