16.この感情はなんだろう

 脚部装甲きゃくぶそうこうを展開し、一気に加速する。


 熱砂ねっさを焼く陽光ようこうびた時、背面の積層装甲せきそうそうこう燐光りんこうびて、全身が深紅しんくの輝きを放っていた。


 それを同化した自身の感覚として感じる。認識が広がり、身体の、たましいの奥が開いて、生命せいめいの熱が交感こうかんする。


 気持ちがどこまでもたかぶぶりながら、冷静なしんが無数の情報を処理し、知覚して、素裸すはだかで遊ぶような恥ずかしさを少しだけ楽しむ。


 戦車の、金属の無限軌道むげんきどうに比べて、リベルギントの陸戦機動換装りくせんきどうかんそう樹脂じゅし外縁がいえんを持つ装輪そうりんだ。


 動力も、シュトレムキントの暗車あんしゃと同じく、電気式発動機に変えている。神霊核しんれいかくからの膨大ぼうだいな電力供給に従い、速度をすさまじい勢いで上げていく。


 戦車大隊の最後衛さいこうえいに追いついた。朱柄あかえ大槍おおやりを振るい、旋回砲塔せんかいほうとう穂先ほさきで斬り払った。そのまま回転し、隊列に突っ込む。


 石突いしづきで、後ろ側の戦車の機銃をつぶす。返す槍で前方の戦車の機関部を、鎧通よろいどおしにつらぬいた。さらに加速して、隊列に並走する。


 何台かの砲塔が横旋回して、リベルギントにねらいを定める。


 側面視界の悪い戦車で走行射撃をやろうとすれば、必然、旋回砲塔せんかいほうとうの上部から指揮者が顔をのぞかせる。目が合った、と、こちらは感じたが、向こうはどうだっただろう。


 頭部装甲の奥、牙を持つ白骨はっこつのような面貌めんぼうでは仕様もないが、せめて意識だけでも、死出しで手向たむけに微笑ほほえんでみる。


 腕の傾斜装甲けいしゃそうこうで機銃弾をはじきながら、そのまま叩きつぶした。


 隊列に飛び込み、飛び出し、交差して、都度つどに手近な車両を破壊する。通信信号は大混乱だったが、お互いに高速で並走しながらの機動戦となり、迂闊うかつに停車や、陣形を変える判断が下せなかったのだろう。


 皇都エルナクラーム郊外の、開けた平野部が見えてきた。


 すきをついて、大槍を高くかかげる。穂先ほさきの輝きをとらえて、戦車大隊の最後衛さいこうえいのさらに後方、追走ついそうしていたメルデキントが速度を上げて大隊を抜き去った。


 リベルギントより大型の、並列六基の局地戦機動換装きょくちせんきどうかんそう脚部きゃくぶに、砲身を二つ折りにした長距離支援砲を右腰に、左腕は傾斜装甲けいしゃそうこうと一体化した自動機銃を装備して、戦車大隊には目もくれず北東に直進する。


 マリリが単騎で、こちらに先行している。


 ラークジャート将軍とニジュカの統一ペルジャハル解放軍は、徒歩銃兵とほじゅうへいも多い。クジロイ様は放っといても大丈夫として、先生とネクシャラ様の一座もその後方にいる。


 皇都エルナクラームを背負せおい、ようやく平野部の東側に陣形を展開し始めた戦車大隊と対峙たいじする。


 どうやら主敵しゅてきを、到着まで時間のあるラークジャート将軍ではなく、こちらと認めてくれたらしい。


 多少数を減らしたとは言え、まだまだ四十りょうを下らない大部隊だ。ラークジャート将軍達が到着するより前、マリリが合流してくれるまで持ちこたえれば、勝ちだ。


 ふと、私を案じる感情が意識に触れる。


 同化した状態では、会話の必要はない。強がりも見栄も意味がなく、ただ素直な想いだけを交感こうかんする。多分、抱擁ほうようした。


 上半身を折りたたむように前傾ぜんけいさせ、動車輪どうしゃりんを最大出力で駆動くどうする。


 深紅しんく燐光りんこうで、真昼の地上を横薙よこなぎに切り裂き、戦車大隊の陣形へ車懸くるまがかりに突撃する。


 ほぼすべての地上と海洋を支配した環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐん、圧倒的な科学力と先進兵器で有色民族国家を蹂躙じゅうりんした白色人種、植民地への一方的な弾圧と虐殺を可能にした無敵の軍隊の唯一の弱点は、同じ機械化兵器への実戦経験がないことだ。


 自らの優越ゆうえつを疑わず、戦局の想定が甘いことだ。せめて、対戦車戦までを考えた大口径砲を戦車に搭載とうさいできていれば、結果は違ってきただろう。


 神霊核しんれいかくが実現した高速情報処理、無限に近い大電力供給、搭乗者と一体化した認識拡大と状況判断、そして遠距離の並列情報共有による有機的な戦術選択、人の倫理りんりを超えた生命科学と秘術の融合が、帝国主義と人種差別の世界支配に一矢いっしむくいつつあった。


 エスペランダ帝国軍ペルジャハル帝国駐留軍、派遣戦車大隊はけんせんしゃだいたいは、自身が想定しおごっていた結果とは恐らく裏腹に、蹂躙じゅうりんされた。


 容赦がない、という言い方は先方にも失礼だろう。こちらとしては女一人機体一機、全力を尽くすのが武門の礼儀だ。


 平坦な戦場を縦横に走り、射線をくぐり、回転を重ねて大槍を、大太刀を振るう。重心を移動し、動きをつなげ、刃筋はすじを通して、力を常に一点に集中させる。


 わざわざ厚い装甲の車体をねらう必要はなく、機銃の銃身か、旋回砲塔せんかいほうとう基部きぶまでを破壊すれば、戦闘力を奪うことができる。


 愛を語るには血と肉片と、鉄塊てっかいと炎、狂乱と死が多すぎるが、では、この感情はなんだろう。


 心を重ねた二人きり、幸福と言ってしまえば、人ではない。だから私は、もう人ではないのだろう。


 忘我ぼうがの中、半数ほどを破壊し尽くした頃、メルデキントの長距離砲が一台の戦車をつらぬいた。


 すぐに流星のような弾幕が、右往左往していた他の戦車を、次々と撃破する。皇都エルナクラームの後方、運河からも、黒煙と炎がき上がっている。


 状況は終了した。遠く地平の向こう、砂塵さじんまとって、ペルジャハルの未来が凱旋がいせんした。

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