15.出し惜しみはしませんよ

 シュトレムキントの甲板かんぱんから見下ろす港町カールハプルは、騒然そうぜんとしていた。


 エスペランダ帝国軍の輸送艦が、大きく開けた横腹よこはらから次々と戦車をき出している。旋回砲塔せんかいほうとうに大口径の機銃をせた、なかなか立派な代物しろものだ。


 まったく、燃料と資材の豊富な軍隊はうらやましい。


 今、この場で叩いてしまうというのは、どうだろう。一瞬、考えてはみたが、それでは港町が民間人ごと壊滅する。


 ラークジャート将軍達の仕事に見せかけるのも不可能だ。


上手うまくやったみたいだなあ。イスハバートでもマリネシアでもそうだったけど、本当にジルの部隊はすごいよ」


「もっとめて頂いて結構ですよ」


 あきれたことに、すぐ隣の船の後部甲板こうぶかんぱんに、バララエフ中尉がいた。


 その船がいつからここにあったのか、記憶にさだかではない。自分達をたなに上げるが、なんの変哲へんてつもない古びた貨物船だった。


「ここでやっちゃわないのかい? その方が、面倒少ないと思うけど」


「白色人種ならそうも言えるでしょうが、私達には、私達の建前たてまえがあります。正義の味方というのは、制約が多いものなのですよ」


 同じ発想をしたことを反省する。文明人として、白色人種の傍若無人ぼうじゃくぶじんさに感化されてはいけない。


 見ている間に、五十りょうほどの大部隊が一列になって、街道から北上を始めた。輸送艦を護衛して来た二隻の軽巡洋艦けいじゅんようかんも、運河を遡上そじょうし始める。


 艦砲射撃では郊外まで正確にねらえないが、恐らく皇都こうとエルナクラームか、皇宮こうぐうを射程に収めるだけで充分だろう。


「あっちは良いよな? いとしのジルのために、俺にも、もう少し手伝わせてくれよ」


「愛はりませんが、感謝は致しましょう」


「パルサヴァールだ」


 バララエフ中尉が、波打つ金髪を後頭部でまとめた。その背後で甲板上面かんぱんじょうめんが展開し、昇降機しょうこうきが巨大な機体を持ち上げ、陽光下ようこうかさらす。


 漆黒しっこく曲面装甲きょくめんそうこう、腰に大きく広がる翼のような積層放熱板せきそうほうねつばん無貌むぼうの仮面に四本腕の、異形いぎょうの機体だ。


唯一神教ゆいいつしんきょう旧訳教典きゅうやくきょうてんに出てくる天使だよ。そっちは羽根も四枚だけど、まあ、細かいことは言いっこなしさ」


 どこか女性的な、複雑な面構成めんこうせいの胸部装甲を展開し、バララエフ中尉が乗り込んだ。


 機体名の由来ゆらいになった四本腕は、それぞれ左右で一本ずつの、これもまた巨大な斧槍ふそうを振りかざす。目鼻めはなの造形のない頭部が、こちらをにらむように一瞥いちべつして、轟音と共に跳躍ちょうやくした。


「あなた方と決着をつけるお約束、いつになるか、わからなくなってきましたが……それでも、楽しみにしておりますよ」


 突然現れた神話や伝説の怪物じみた影に、軍人も民間人も悲鳴を上げて逃げまどう。


 輸送艦を一蹴ひとけりして、運河の岸の、倉庫らしい建物を踏みつぶしながら、また跳躍ちょうやくする。機体の大きさに見合わない、驚嘆きょうたんするべき機動性だ。


 あれだけ派手に暴れ出せば、とばっちりとは言いがたいが、こちらも急ぐ必要がある。ここから皇都エルナクラーム郊外まで、戦車大隊の速度なら昼までもかからない。


 途中で運河方面に転進されたりしたら面倒なので、追撃しつつ、本来の戦闘予定地まで誘導しなければならない。


 格納庫に降りて、最終調整を済ませてくれたヤハクィーネ様に一礼し、深紅しんくの機体を見上げる。


 生命いのちをつないだ半身はんしん、今や婚約者でもある無機質な人間外の存在は、陸戦用の左右三基ずつの動車輪どうしゃりん膝下ひざした脚部装甲きゃくぶそうこう換装かんそうし、両腰に四振りの大太刀おおだち、左腕に対弾傾斜装甲たいだんけいしゃそうこうを増設して、右腕に騎馬武者よろしく総身鋼拵そうしんはがねこしらえの朱柄あかえ大槍おおやりを抱えている。


 後頭部から背面に伸びる積層装甲せきそうそうこうは、すでに戦闘稼働せんとうかどうの放熱を始めていた。


「バララエフ中尉の四本腕、パルサヴァールという名前だそうですよ」


「唯一神教に登場する固有名詞だ。共産主義者は無神論という情報だが」


「まあ、いいかげんな御仁ごじんですから」


 操縦槽そうじゅうそうに身体を納めて固定する。心地良い高揚感は、逢瀬おうせの期待に似ている。鼓動こどうたかぶりに身を任せて、呼吸を深く繰り返す。


「完全な機械化部隊、総数も五十を数えます。出し惜しみはしませんよ」


「積極的な賛同はしかねるが」


「聞きません」


 目を閉じて、ほくそ笑む。


「私はすでに、あなたと一つにけ合う最期さいごを心待ちにしているのです」


 半分は冗談だが、つまり、半分は本気ということだ。


 神霊核しんれいかくと深く同調することはたましいまじわりであり、ついには同化して自我じがを消失するという。


 生命の死が、たましい神霊しんれいかえることなのだから、同化による自我じがの消失は個体生命の死と同義だ。他のなにより大切に思う存在とけ合うことが死であれば、死も喜びだ。


 自我じがくしても、なんらかの存在として部隊を指揮できるなら、無責任をそしられることもないだろう。


 生命いのちり方は唯一ゆいいつではなく、消滅と同義の死は存在せず、それを正しく認識すればたましいは自由だ。恐れるものはなにもない。


「まあ、愛と言うには、独占欲が過ぎるかも知れませんね」


「問題ない。こたえよう」


 格納庫の壁、シュトレムキントの横腹よこはらが開く。光が満ちる。不謹慎ふきんしんだが、嬉しかった。


「では、参りましょうか」


 声がはずんだ。

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