14.どうなっても知らねえぞ

 ラークジャートが駱駝らくだを降りた。近習きんじゅうの兵士が止めるのを、はっきりと押しける。


「小銃をささげ持て。私の命令があるまで、一歩も動くな。部隊全員に徹底てっていさせろ」


 クジロイも駱駝らくだを降りる。足下に、リントが駆けて来た。


 ラークジャートはクジロイに笑いかけて、銃列から一人、対峙たいじする塹壕ざんごうに向かって歩き出た。


 戦場の真ん中で、二十歩ほどの距離を置いて、ラークジャートとニジュカが向かい合った。


 銃列の前にクジロイが、リントが、塹壕ざんごうはしにユッティとマリリが、メルルとヴィルシャが、そして両部隊全員の兵士が向かい合う。


 誰も、微動びどうだにできなかった。


「少しせっちまったな、ラージャ! 駄目だぜ、ちゃんと肉も食わねえと!」


「君もだ、ニジュカ! 深酒ふかざけひかえろ、肌が荒れているぞ!」


 同じ、砂色の野戦服で笑い合う。ペルジャハル帝国軍同士なのだから、当然だ。ニジュカがラークジャートの目の奥を、なつかしそうに見た。


「セラフィアナは元気か? ますます綺麗きれいになっただろうなあ。もう一度くらい会いたかったが、まあ、そいつを言い出したらきりがねえか」


「ニジュカ……」


「ラージャ。おまえが、セラフィアナと皇帝のためだけに戦ってるってのは、わかってる。頭が良いくせに頑固がんこで、思い込んだらどうしようもねえ。変わってねえな、まったく」


「人のことを言えた義理か。なにも考えていないくせにまっすぐで、気がつけば周囲をまとめ上げている。手にえない奴だよ、本当に」


「そう思ってくれているんなら、話がはええ……無理を承知で、頼みがある」


 ニジュカが一度、つらそうに空をあおいだ。


「セラフィアナと皇帝を捨ててくれ。エスペランダと戦ってくれ、ラージャ!」


 ニジュカの声が、風さえんだ戦場に響き渡った。


「おまえじゃなきゃ駄目なんだ! おまえになら、みんなついて行く! 皇帝じゃなく、おまえになら……」


「言うな、ニジュカ!」


 ラークジャートが、振りしぼるように叫んだ。 


「私の生命いのちは、皇帝陛下と共にる! そしてペルジャハル帝国は、エスペランダ帝国と共にる! それをいなと言うのなら、遠慮はらない! この私を……」


うそっぱちだ、ラージャ! おまえだって、そんなことは思っちゃいない! 金持ちは威張いばりくさってる、奴隷は奴隷、砂漠は暑くてうんざりする……ろくでもねえところばっかりの国だが、それでも俺達の国だ! 白人の好き勝手にされるのだけは、我慢がまんならねえ! 違うか? ラージャ!」


 ニジュカのまっすぐな目に、ラークジャートが絶句ぜっくする。その手が、恐らく無意識に、腰の指揮刀しきとうに触れた。


 ニジュカが笑って、胡座あぐらをかいた。


「おまえだけに捨てろとは言わねえさ。今ここで、俺の首を持って行け」


「ニジュカ……おまえ……」


「それで俺の部隊も全員、おまえのものだ。おまえの命令で戦って、おまえの命令で死ぬ。おまえが……俺達の王だ」


 胡座あぐらのまま、ニジュカが頭を下げた。


「俺達のために、セラフィアナと皇帝を殺してくれ。二人には、俺が向こうであやまっといてやるから……なあ、これで勘弁かんべんしてくれよ、ラージャ」


 ラークジャートが、こおりついたように動きを止めた。


 ニジュカも動かない。兵士達も誰一人、動けなかった。


 張りつめた静寂せいじゃくを、空気の中を、二人だけが動いた。銃列の前から、塹壕ざんごうはしから、大股おおまたに歩み寄る。


 ラークジャートの横面よこつらをクジロイが、ニジュカの後頭部をユッティが、力の限り殴り倒した。


「ちょっと! いきなりなにしてくれてんのよ、この天井知てんじょうしらず馬鹿っ! 死なないって言うからかれてやったのに、寝物語ねものがたりにしたって、もう少し責任を持ちなさいよっ!」


ってぇ……っ! ユ、ユッティか? そんなことを大声で……って、おまえ、クジロイか? なんだ、どうなってんだ?」


おせえよ。おまえこそなんだ、うちのねえさんに手ぇ出したのか。どうなっても知らねえぞ」


「うるさいっ! 危うく、最短記録を更新するところだったわよっ!」


 追加でり倒す勢いのユッティを、追いついたマリリが、慌てて背後から抑えた。リントとメルル、ヴィルシャも集まって、のんきに再会の挨拶あいさつをしていた。


 座り込むような格好で呆然とするラークジャートに、クジロイが左手を差し出した。


「ちょっとは目が覚めたかよ? この馬鹿に言い負かされてりゃ、世話ないぜ」


「……ああ……そう、だな……まったくだ……」


 ラークジャートの目に、涙が浮かんだ。


「わかっている……わかっているんだ……。それでも、私には……」


「難しく考えすぎだぜ。捨てることなんかねえさ……どれだけあるか知らねえが、おまえ達がかかえてるもん全部、守ってやる。なにもかも全部だ。どうだ、だまされてもいいって思えるだろ?」


「な……」


「おまえ、なにを……」


 今度はニジュカに、右手を差し出した。無理やりひっつかむように、クジロイが二人を立ち上がらせる。


 そして、この戦場にいる全員の、腹の底まで響き渡る大音声だいおんじょうを張り上げた。


環大洋帯共栄連邦かんたいようたいきょうえいれんぽう新設連邦軍特務部隊しんせつれんぽうぐんとくむぶたい猫魔女隊ねこまじょたいだ! この戦争、俺達が受け取った! なにも捨てさせねえ! 安心して、おまえ達の大将について来い!」


 クジロイの叫びに、リントとメルル、ヴィルシャが声を重ねて、高らかに鳴いた。


 少し小細工こざいくをする。鳴き声に乗った思いを、音声信号に変えて拡散する。


 私達もついている、任せておけ、と、いて訳せば言っていた。


 一呼吸、静寂せいじゃくが降りた。


 そして小さな笑い声が波のように広がって、またたく間に、地平をふるわせるような大笑いになった。


 誰もが笑った。小銃を放り出し、肩を叩き合って笑った。


 ラークジャートとニジュカが、クジロイが、ユッティとマリリが、リントとメルルとヴィルシャも、駆け集まって来た兵士達の真ん中で、互いの目を見合わせた。


 笑い声はいつしか、天頂てんちょうにも届くような、ときの声に変わっていった。

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