11.全力で蹴り倒しますね

 ネクシャラ一座の幌車ほろしゃは、同じタンダリー砂漠の東端を進んでいた。


 天幕や大道具の荷車も合わせて合計五台の、ちょっとした隊商たいしょうなみだ。


 今回の移動では、先頭のもっとも小さな幌車ほろしゃにネクシャラ、ヴィルシャ、ユッティとマリリがまとめて乗っている。


 ヤハクィーネの支援情報、クジロイの状況も共有済みだ。


「さて。大見得おおみえを切って出て来たは良いけど、具体的にはどうしようかしらね」


「ありのままに話すのでは駄目だめなんでしょうか? もともと、友人同士ということでしたが」


「マリリちゃん。見ず知らずの男が会っていきなり、戦争なんかやめて愛するお兄様と可愛い義妹いもうとちゃんのところで仲良く暮らせ、って言ってきたらどうする?」


「……全力でり倒しますね」


「やっぱり、訳知わけしがおの上から目線じゃ逆効果か……それとなく誘導するって言っても、昇り調子の男ほど扱いづらいもんはないしねえ」


「まず、相手のかたの人となりを知らなければ、考えようもないかと存じます。なんとなれば、一夜を共にされるのもよろしいかと」


「んー、色仕掛けでどうにかなるんなら、やってみないこともないけどさ」


「ユッティ様、そんなことを軽々けいけいに……!」


「いたたた、ちょっと、深刻に考えすぎないでよ。戦争で、命がけなんだから、下半身ならその手前くらいじゃない」


 ユッティの苦笑に、マリリが納得していない渋面じゅうめんを返す。


 この辺りの価値観は個々で異なり、以前にジゼルも、人間の女には特別の意味があると言っていた。神霊しんれい集合知しゅうごうちでも、こういう感情的なことは平均化されて、実態がつかみにくい。


 ヴィルシャが、みゃあ、と鳴いた。必要なら力を貸そう、と、いて訳せば言っていた。


 その機会は、すぐにおとずれた。


 砂漠を超え、北方遠景の、岩盤がんばん丘陵きゅうりょうが大きくなり始めた頃、開けた平地に戦塵せんじんが舞い上がっていた。


 ラークジャートが来れば面目めんぼくが立たない、とでも思ったのだろう、先走った北方駐屯ほっぽうちゅうとんのエスペランダ帝国駐留軍ていこくちゅうりゅうぐんだ。


 部隊を横にやや広く展開し、ラークジャートほど手際てぎわは良くないが、新式小銃の性能に任せた連続斉射を加えている。


 反乱軍側は、やはり土塁どるいに隠れて、手が出せないようだ。


 駱駝らくだを止め、ヴィルシャが岩陰伝いわかげづたいに先行する。情報はこちらの主体しゅたいとヤハクィーネを経由けいゆして、メルルがマリリとユッティに伝えている。


 戦闘は、すでに決着が近かった。


 駐留軍が、徐々に戦列を押し上げた。注意深く、進んでは射撃し、交代の列が前に進み出て、また射撃する。


 旧式小銃の射程に入る瞬間、銃剣じゅうけん着装ちゃくそうして一気に突撃した。


 土塁どるいを踏み越えた兵士の、足が止まる。


 驚愕きょうがくしたのだろう。土塁どるいの先にあったのは、縦横に幾重いくえにも交差して広がる、半地下掘はんちかぼりの塹壕ざんごうだった。


 土塁どるいそのものをおとりに、反乱軍の兵士達は砂礫されきに埋もれて、獲物が来るのをひたすら待っていたのだ。


 塹壕ざんごう土塁どるいの横幅を超えて、両翼にも広がっている。けものじみた咆哮ほうこうが上がった。


 黒色人種を主体とした部隊だ。塹壕ざんごうから飛び出し、一斉射撃をした後は、砂嵐のように猛然と喰らいついた。


 銃剣じゅうけん刺突しとつし、折れれば銃床じゅうしょうで殴り、砕ければ大鉈おおなたのような湾刀わんとうを振るった。


 悪夢のような近接白兵戦になった。駐留軍の前線は総崩れとなり、後方に潰走かいそうした。高らかな口笛が鳴り、反乱軍兵士が、潰走する駐留軍兵士を追い越す勢いで走った。


 駐留軍兵士達は恐怖と混乱で、正常な判断をするどころではない。血塗れの銃剣じゅうけん湾刀わんとうを振り回す反乱軍兵士達と一緒になって、後方の、指揮官の部隊に肉迫にくはくした。


 指揮官が、自軍兵士ごとの皆殺しを迷いなく決断できていれば、もう少し持ちこたえたかも知れない。


 だが、無能か、人間らしさか、わずかに遅れた。そして飲み込まれた。


 ラークジャートの部隊とは逆の結果で、勝敗が決した。


 装備と地勢、どちらも良く理解した方が勝った。結果は逆でも、ラークジャートの現状認識が証明されていた。


 反乱軍は捕虜ほりょを取らなかった。食糧も、反抗を監視するような人手にも、く余裕がないのだろう。おびただしい双方の遺体を離れた砂丘にまで運ばせた後は、水だけを持たせて放逐ほうちくした。


 死者はすぐに風と砂に埋もれ、命を拾った者達も運次第だが、まあ、即座に殺されるよりはましなはずだ。


 最後の捕虜ほりょを放り出した兵士の一人が、岩場から見ているヴィルシャに気がついた。雪白せっぱく濃茶のうちゃ模様もよう、毛並みのつやをいぶかしんで、次いで近づいてくる一座の隊列に気がついた。


 仲間を小突こづいて、歓声を上げる。旅芸人であることは、ほろの派手な色使いでわかる。戦勝せんしょううたげに、願ってもない趣向しゅこうえられた、というところだ。


 駱駝達らくだたちの足を止め、幌車ほろしゃからユッティが降りる。さすがに、いつものような無頓着むとんちゃくな薄着ではなく、幾何学模様きかがくもようり込まれた緋色ひいろの民族衣装を着ている。


 短い羽毛うもうのような金髪、白い肌、薄く色づいた眼鏡めがねに、黙っていれば上品に整った顔立ちと、ペルジャハル民族の一般的な女性像とは異なる美貌びぼうに、最初にヴィルシャに気がついた兵士が口笛を吹いた。


 戦場で聞いた、あの口笛だ。背の高い黒色人種の男で、しなやかに引き締まった筋肉が、返り血で汚れた砂色の野戦服からのぞいている。


 陽光をびると金に近く見える茶褐色ちゃかっしょくの髪を、たてがみのように放埒ほうらつになびかせていた。


「良いね、芸人も美人も大歓迎だ! 酒も、エスペランダの連中からかっぱらった葡萄酒ぶどうしゅがある。今夜は、一緒に楽しもうぜ!」


「ありがと。一応、上の人に取り次いでもらえるかしら? ここら辺は、ニジュカ=シンガって人の仕切りに聞いてるけど」


「いいぜ、目の前にいる。俺さ」


 あまりに簡潔な答えに、ユッティがまじまじと相手を見る。


「あんたの名前も聞かせてくれよ。口説くどくつもりだから先に言うけど、良い名前だな!」


「……ユーディット=ノンナートン、ユッティよ。まあ、よろしくね」


 なれなれしく肩を抱く手に、ユッティが慌てて後ろに、制止の目線を飛ばす。護衛のマリリが、飛びかかる寸前の姿勢だった。

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