10.おまえは勝ちっぱなしだろ

 集合知しゅうごうちの情報を整理する。


 タンダリー砂漠は、ペルジャハル帝国領の中央やや北よりに広がる荒涼こうりょうの地だ。


 総面積の約七割が礫砂漠れきさばく、三割が砂砂漠すなさばくで、オルレア大陸の東西を結ぶ大交易公路だいこうえきこうろも、その南端に沿って迂回うかいしている。


 点在する水源地には小規模な都市があり、北辺ほくへん丘陵地帯きゅうりょうちたいには岩盤がんばんあみの目のようにった洞窟都市どうくつとしがある。


 近隣きんりんを合わせて十九を数える藩王国はんおうこくは、中央の統制とうせいが届きにくいこともあり、各地方の反乱勢力に同情的だった。


 ラークジャート=パルシーによって西方、南方の反乱勢力が一掃いっそうされるに至って、ついにタンダリー砂漠をはさんで決戦という構図になった。


 ヤハクィーネの支援情報しえんじょうほうによれば、すでに北方駐屯ほっぽうちゅうとんのエスペランダ帝国駐留軍ていこくちゅうりゅうぐん先走さきばしり、洞窟都市どうくつとし近郊きんこうでニジュカ=シンガの反乱軍と交戦に入ったようだ。


 ラークジャートの部隊は砂漠を西回りの経路けいろで渡り、あえて時間をかけて、途中にある水源都市すいげんとしを順に押さえていった。


 反乱軍の人間がいれば降伏こうふく勧告かんこくし、極力きょくりょく、戦闘をけて、志願者がいれば部隊に加えた。


 斥候せっこうが潜り込むのも承知の上で、規律を引き締め、練度れんどを示した。


 まるで行動そのもので、最後の説得をこころみているようだ。クジロイも志願兵として、簡単に潜り込むことができた。


 リントはリントで、輜重隊しちょうたい糧食りょうしょくに近づくねずみを何匹か退治して見せて、一部の兵士達にすっかり気に入られていた。


 野営やえいまぎれて、ほとんどの駱駝らくだに同調を済ませたので、今は糧食運搬車りょうしょくうんぱんしゃほろの中で休んでいる。


 最後の水源都市すいげんとしった直後、クジロイがラークジャートに近寄った。近習きんじゅうの兵士が気づいて制止に動くより早く、ラークジャート本人が笑った。


「予備の駱駝らくだを貸そう。このままじゃ話しにくい。良いんだ、友人だよ」


「反乱軍の手先かも知れねえぞ?」


「ニジュカがそこまで気を回せるようになったのなら、おとなしく殺されても良いよ。それに、君の腕なら、もっと遠くからでもねらえただろう」


 引かれて来た駱駝らくだに軽くまたがり、クジロイが鼻を鳴らす。ラークジャートが肩を並べた。


「部隊を見ただろう。どう思う?」


駱駝騎兵らくだきへい徒歩銃兵とほじゅうへいが半々、砲や重火器も充分じゃねえ。古めかしいな。今時、陣形突撃じんけいとつげきもねえだろう」


「砂漠で重い物を運搬うんぱんしたり、精密な機械を運用したりは、まだまだ難しいよ。こちらは機械の素人しろうとで、駐留軍は砂漠の素人しろうとだ。局地戦きょくちせんで勝った負けたを繰り返している理由だよ」


「おまえは勝ちっぱなしだろ」


「今だけさ」


 ラークジャートが、肩に吊るしていた小銃の、銃口を指で叩いて見せる。同じ物がクジロイを含めて、部隊のほとんど全員に支給されていた。


「銃身の内側に、旋条せんじょうみぞがある。尖頭形せんとうけい弾頭だんとうを、回転させながら撃ち出すんだ。従来の滑腔式小銃かっくうしきしょうじゅうに比べると、有効射程距離が五倍ほどになる」


「それで銃身が重いのか」


「フェルネラント軍にもあるだろう?」


「俺達はあちこち出歩く便利屋でな。大体、現地調達さ」


「そうか。なら、もう少し自慢してやろう」


 ラークジャートが、薬莢やっきょう装填そうてんする真似まねをした。


「手元で装填そうてんできる機構だから、再装填さいそうてんに時間も手間もかからない。開けた平地なら、二段も並べれば間断のない連射が可能になるし、この程度の機械なら、注意すれば砂漠でも運用できることを証明した。私達は実験部隊なのさ。旧式の小銃しか持たない藩王国はんおうこくや、小銃自体を充分に配備できない小規模な反乱軍では、いずれ駐留軍ちゅうりゅうぐんの新装備に、歯が立たなくなるだろう」


「だらしねえな。最後にものを言うのは気合いだぜ」


「君に言われると、信じてしまいそうになるよ」


 苦笑には、だが力がなかった。


「エスペランダ軍が砂漠に慣れることはあっても、ペルジャハル軍が自力で新装備を開発することは、あり得ない。力の差が完全になるまで殺し合いを続けてからでは、遅いんだ」


「だから早い内から、勝負を捨てちまおうってわけか? 頭が良いのも、考えもんだな」


「これから、君にも見せられるよ。私は特別の戦上手いくさじょうずじゃない。装備が優越ゆうえつすれば、少し考えるだけで、誰でも私ぐらいのことはできるのさ」


 ラークジャートの予言は、すぐ後の戦闘で明らかになった。


 タンダリー砂漠を越えたペルジャハル帝国領の北端近く、西方からの補給路の要衝ようしょうとなる街で、反乱軍の一部隊が待ち構えていた。


 郊外こうがいの平野に長い土塁どるいを築き、その後方で横列陣形を取っている。


 ラークジャートの部隊は、まだはるかに遠く見える土塁どるいに向けて、砲撃を始めた。砲門数は少ないが、砲兵は誰もが充分に熟練じゅくれんしていた。


 土塁どるいまたたく間に形をくずしていく。一方的な攻撃に圧迫あっぱくされたのだろう、応射おうしゃの銃声が聞こえた。


 両軍の、中間ちゅうかんにも満たない地点に砂埃すなぼこりが舞う。ラークジャートがうなずき、徒歩銃兵とほじゅうへいが敵陣に応対する、二段の横列陣形をいた。


 志願兵は、後衛こうえいの予備兵力に散編さんへんしている。主力の銃兵達もまた、砲兵と同様、素晴らしい練度だった。


 ラークジャートの言葉通り、間断かんだんのない射撃を、一糸乱いっしみだれず継続する。


 新式小銃が射出した弾頭は、旧式小銃が中間ちゅうかんにも届かなかった距離で、くずれかけた土塁どるいつらぬき、後方におびただしい血煙ちけむりを上げさせた。


 反撃のしようもない。反乱軍兵士は応射おうしゃの体勢を取る間もなく、動いたその場から撃ち倒された。


 銃兵の横列陣形が斉射せいしゃを加える中、両翼に駱駝騎兵らくだきへいが展開した。


 同じ新式小銃に銃剣じゅうけん着装ちゃくそうし、火線かせんはなちながら、地響じひびきを上げて突撃する。斉射せいしゃが止まった刹那せつな、敵陣を踏み破る。


 呼応して、銃兵も銃剣じゅうけん着装ちゃくそうし、突撃に入った。


 勝敗は決した。


 確かにラークジャートは、特別なことはしていない。相手の手が届かない間合まあいで殴り続け、反撃の力をなくしてから蹂躙じゅうりんする。


 将兵ともに歴戦できたえ抜かれた地力じりきと、圧倒的な装備の性能差、それをたくみに運用するラークジャートの指揮官としての能力が、戦術に結実けつじつしていた。


 志願兵の一部が、反乱軍の斥候せっこうだろう、色をなくしていた。クジロイも、忘れていたように大きく息をいた。


「見事なもんだ。おいそれと真似まねできるようにも、思えねえけどな」


「ありがとう。その言葉を、せめてもの誇りにするよ」


 ラークジャートが、自分のてのひらに目を落として、そのまま握りしめた。同胞どうほうの血の赤さを見たのだろう。戦場の砂塵さじんを受ける顔は、深い悲しみに沈んでいた。

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