9.舞いを踊って欲しいのです

 素性すじょうの知れない人間を、武器を携帯けいたいしたまま皇帝に接近させたのだから、叱責しっせきは、まあ、やむを得ない。セラフィアナ嬢は卒倒そっとうしそうな顔色になっていた。


おどと言ったな、女。なにができる?」


いであれば剣舞けんぶ軽業かるわざ遠国えんごく舞踊ぶようも、あでやかに踊って御覧ごらんに入れます」


 ひざまずいたまま、二太刀にたちを抜いて見せる。


 ぎらりと光が反射する。つかから生えているのは、木の板に銀色の紙をりつけた作り物だ。


「仕掛け手品てじなと、的当まとあても行います。竪琴たてごとと、琵琶びわきます。詩歌しかを歌い、物語をろうじます。枕辺まくらべとぎも、小鳥のようにさえずり……」


「もう良い」


 ゴードウィン頭取とうどりが、腹立たしげに片手を振った。作り物を納刀のうとうして、頭を下げる。ハシュトル皇帝とセラフィアナ嬢が、そろって目を丸くしていた。


「一座の評判は、私の耳にも届いている。次の興行こうぎょうは、貿易商会が後援こうえんしよう。で構わん。趣向しゅこうらせと、伝えておけ」


「ありがたいお言葉、感謝のしようもございません」


 目線を上げると、もうなんの興味もない、とばかりの広い背中が見えた。


「お待ち下さい。せめてもの礼に、舞いの一つ二つ、献上致けんじょういたしたく存じます」


「私は無用だ。皇帝陛下に御上覧ごじょうらんして差し上げよ。ただし、節度せつどはわきまえておけ」


 廊下の先に消える背を、平伏して見送った。やがて、大きなため息が聞こえた。


「いやあ、きもを冷やしたよ。本物は、外であずけた荷物の中かい?」


「ええ。昨夜の内に、一座の小道具を拝借はいしゃくしておりました。良い出来できです」


芸達者げいたっしゃにも驚いたなあ。あれ、どこまでが本当の話?」


「全部、うそです」


「大した度胸だね、まったく」


 ハシュトル皇帝とセラフィアナ嬢に向き直ると、二人はまだ呆然としていた。


「ハシュトル陛下、先ほどの御助勢ごじょせい、ありがとうございました。お見事な判断にございます」


「あ、ああ。いや、その……無我夢中でした」


 聡明そうめいな瞳だった。平和な時代に、充分な教育をれば立派な君主となれただろうが、それを言ってもせんないことだ。


 金銀拵きんぎんこしらえの立派な小道具を腰から外し、二太刀にたちを並べて、両手にかかげて見せる。


「陛下。御覧ごらんの通り、これらはおよそ武器と呼べる代物しろものではございません。ですが、まことに申し訳ない次第ながら、先ほどセラフィアナ嬢は父君ちちぎみから、警備の不行ふゆとどきを言外げんがい叱責しっせきされました」


 セラフィアナ嬢が、ようやく顔を赤くして、うつむいた。


 純真じゅんしんで、可愛かわいらしい女性だ。恋人を捨てて皇妃こうひとなり、権勢けんせいを振るうような、精力みなぎる女傑じょけつではない。ましてペルジャハル帝国は衰亡すいぼうきわで、振るうような権勢けんせいもない。


 政略的な婚姻こんいんは、帝国にゆるやかな死をもたらすための注射針だ。


 ラークジャート将軍は、恐らくゴードウィン頭取とうどりねらいなど承知の上で、私心ししんを殺し、帝国と皇帝に、愛する女性に、未来とも呼べない時間を少しでも長く残すため、みずか死地しちおもむいているのだ。


 骨董品こっとうひんの騎士道だ。今の時代に、周回遅しゅうかいおくれもはなはだしい。まるで、どこかの強情ごうじょうっぱりの親不孝娘おやふこうむすめを見ているようだ。


「外見の体裁ていさいが整っていれば、中身の真偽しんぎによらず、人は判断するものです。逆もまたしんなりと申しまして、立派なこしらえなどなくとも、やいば真正しんせいのものであれば、充分に武器として役割を果たします」


 淡々と続ける言葉に、ハシュトル皇帝が表情を改めた。


「それは……私の頼みに対する答えに、関係することでしょうか。あなたは私に、なにかを、教えようとなさっておられますか?」


「恐れながら皇帝陛下には、すでに命を捨てる御覚悟ごかくごありと、お見受けします。その気概きがいがおありなら、さほど難しいことではございません。私達と一緒に、いをおどって欲しいのです」


い……ですか?」


「これから話すことを、良く覚えておいて下さい。舞台は私達が整えます。それから、セラフィアナ嬢」


「は、はい……っ?」


「こんなことを申し上げるのは差し出がましく、どうにも恐縮きょうしゅくではあるのですが」


「はい……?」


「親への反抗は、親が強く、壮健そうけんな内に済ませてしまう方が良い、と思う次第でございます」


「は……?」


 セラフィアナ嬢が、ぽかんと、小さな口を開ける。心からの忠告だったが、まあ、唐突とうとつに聞こえるのも仕方がない。余計な世話と言えば、それまでだ。


 バララエフ中尉も隣で、同じような顔をしていた。私も他人事ひとごとなら、そういう顔をするだろう。


 どうにも他人事ひとごとに思い切れない、あちこちに自分の部品がころがっているような、奇妙に落ち着かない感じがしていた。

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