7.戦術目標を修正します

 バララエフも大きく息をいて、また軽薄けいはくな表情を取り戻した。


「まず、藩王国はんおうこくが余計な邪魔をしないよう傍観ぼうかんさせる。この工作はもうすぐ仕上げだ、カザロフスキーが上手うまくやってる。欲が深い臆病者同士おくびょうものどうし、通じるところがあるみたいだな」


「あら、くさっても元少佐ねえ。ちょっと見直しとくわ」


「次に、選択肢を増やす情報が必要だ。貿易商会ぼうえきしょうかいの中にも、コミンテルンの信望者しんぼうしゃがいる。そいつを使って、ハシュトル皇帝と接触する機会を作る。皇帝の婚約者が、貿易商会の頭取とうどりの娘なのさ」


「なんだと? おい、そいつは確かな話なのか?」


「クジロイ……?」


「ああ。ついでに、最後の情報だ。貿易商会がエスペランダ帝国本国に要請ようせいした戦車大隊せんしゃだいたいの増援が、もうすぐカールハプルの港に到着する。連中は、反乱軍の鎮圧ちんあつを終えたラークジャート将軍を皇都こうとの外でむかって、植民地化の仕上げをするつもりさ」


「ラークジャート将軍が敗れても、その足でニジュカ=シンガをつ、と」


「どっちにしても駱駝騎兵らくだきへい徒歩銃兵とほじゅうへいじゃ、戦車大隊の敵にならないよ。ただ一つ、ジル達がここにいることをのぞけば、計画は完璧に近い。そうだろう?」


 バララエフが片目をつぶる。うんざりした顔で、ジゼルが無視した。


「戦術目標を修正します。達成たっせいは困難をきわめますが、ハシュトル皇帝、ラークジャート=パルシー将軍、ニジュカ=シンガを和解させてペルジャハル帝国の勢力を統合とうごう、その上で彼らと歩調を合わせ、私達でエスペランダ帝国戦車大隊を撃滅げきめつします」


 ジゼルの宣言に、クジロイが片膝かたひざ両拳りょうこぶしを地につけた。


「黙っていてすまねえ、大将。ラージャ……ラークジャート=パルシーとニジュカ=シンガ、貿易商会の頭取とうどりの娘セラフィアナ=ゴードウィンは、昔馴染むかしなじみだ。ラージャとセラフィアナは、俺達の前で将来を誓っていたんだ……連中の説得は、俺にやらせてくれ!」


奇縁きえん、ですね。お気持ちはわかりますが、猶予ゆうよもありません。三方さんぽう並行へいこうします。クジロイ様には、もっとも困難だとは思いますが、ラークジャート将軍の説得をお願いします」


おんに着るぜ……っ!」


「ニジュカ=シンガの方は、あたしが行くわ。マリリちゃん、護衛ごえいして。最悪の場合、力づくでも言うこと聞かせるわよ」


「了解です!」


「私はハシュトル皇帝とセラフィアナ嬢に折衝せっしょうの後、カールハプルに戻って戦車大隊との戦闘にそなえます。このような流動的りゅうどうてきな状況で、個々人ここじんはたらきにたよるしかないのは、作戦指揮者として不甲斐ふがいない限りですが……どうか、よろしくお願いします」


「なんの問題もねえさ。そこの糞野郎くそやろうと同じだ。たかが命くらい、いくらでもけてやる」


 クジロイがき捨てて、バララエフが肩をすくめた。


 ジゼルがこちらに目配めくばせする。言われるまでもない。目は、多ければ多いほど良い。


 リントとメルルも、神妙しんみょう尻尾しっぽを振っていた。



********************



 翌朝よくあさ、ジゼルは、これ以上ないくらいの渋面じゅうめんだった。


 早々そうそう再訪さいほうしてきたバララエフが、ペルジャハル帝国独特の幾何学模様きかがくもようり込んだ、琥珀色こはくいろの民族衣装を差し出してきたからだ。


 自身はついになるような、同じ民族衣装の群青色ぐんじょういろを着ている。


「だって、夫婦ってことにでもしなきゃ、街を歩けないよ。本当は色までおそろいにしたかったんだけど、男女が同じ色じゃおかしいって服屋ふくやに言われたからさ、俺だって我慢がまんしたんだよ」


 もう、そらに浮かんで飛んでいきそうな満面の笑みで、バララエフの舌がなめらかに回る。ユッティとマリリが、ジゼルに同情の視線を向けているところへ、クジロイとネクシャラが並んで顔をのぞかせた。


「なんだ? もう来てるのか、糞野郎くそやろう


「なんとでも言ってくれよ。俺は今、幸せで幸せで、たまらないんだよ」


「皆さま、お待たせ致しました。もうすぐ出立しゅったつの準備が整います。この天幕てんまくもたたみますので、申し訳ありませんが、先に幌車ほろしゃに移動なさって下さいませ」


 ネクシャラと、ついでにクジロイも、もう土地の人間にしか見えない旅装りょそうだった。


「ラージャの奴も今日か明日には出るだろう。先行して、どこかで部隊のはしに潜り込む。悪いが、ニジュカの方は頼んだぜ、ねえさん」


「はいはい。クロっちこそ、しっかり頼むわよ」


 軽く手を振るクジロイの肩に、リントが駆け登った。


「そう言や、おまえ、俺達のことも見てたろうに、俺が話すまでなにも言わなかったな。良いところあるじゃねえか、ありがとな」


「礼には及ばない。適切に判断したと考えている」


 直接の会話にはならないが、クジロイも、そんなものを必要とはしていない。リントが同行するのは、他の行動単位こうどうたんいへの情報共有のためだ。


 ジゼルが言ったように、ラークジャートの動向どうこうを変えることがもっとも困難な作戦のかなめであり、機体とヤハクィーネを経由けいゆした全体への情報共有が不可欠だった。


 ネクシャラの足元で、ヴィルシャが、みゃあ、と鳴いた。リントほどではないが、視覚情報しかくじょうほう聴覚情報ちょうかくじょうほうを共有できる程度の同調を済ませている。メルルと協力すれば、こちらも臨機応変の対応が可能だろう。


 ネクシャラは早朝、作戦行動を説明すると、ユッティ達への同行をみずから申し出てくれた。


 下手へたをすれば戦場に突っ込むことになりかねないが、生まれてこの方そんなものだと、けろりと笑った。


砂漠越さばくごえの旅路たびじです。僭越せんえつながら、お役に立てることと存じます」


「いや、まあ、すごくありがたいんだけどさ……昨日の今日だし、カザフーとか、放っといちゃって良いの?」


「今しがた、また何処いずこかの藩王国はんおうこくたれましたよ。私どもの朝は常に今生こんじょうの別れ、お気遣きづかいには及びません」


 ネクシャラの言葉に、マリリが恥じ入るような表情を見せた。


 娼婦しょうふはどこの国でも珍しくないが、おおむね蔑視べっしの対象だ。一座やネクシャラ本人の、一種恬然いっしゅてんぜんとしたりように、自分の不明ふめい痛感つうかんしているのがわかる。


 ジゼルが民族衣装に着替え終わり、余計なことを言えば斬る、と言わんばかりの形相ぎょうそうでバララエフをにらみながら、連段佩れんだんばきの腰帯こしおびを着ける。


 さやを立たせて固定すれば外套がいとうに隠れるし、まあ、なんとかなるだろう。


 港町カールハプルは半日の距離だ。シュトレムキントに戻れば、ジゼルも、機体から各行動単位の状況を把握はあくして指示が出せる。


 それぞれが、軽く目を合わせた。そしてそれぞれの行く先に向かって、天幕てんまくを出た。


 猫魔女隊ねこまじょたい、最大の作戦の始まりだった。

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