6.刺激的すぎる格好だね

 独立した国体こくたいを増やす、というフェルネラント帝国の戦略目標を考えれば、現実的にはニジュカ=シンガの反乱軍を勝たせるしかないが、その後処理あとしょりを間違えれば正反対の結果になる。


 結論の出し切れない議論が、ジゼル達に、外の硝子灯がらすとうが深い赤紫色あかむらさきいろだけに変わっていることを気づかせなかった。


「ネクシャラ、ここにいるのか?」


 天幕の入口を開けて、男が入って来た。短い金髪に少しせたほお、小さな青い目に、くたびれた上下が砂ぼこりで汚れていた。


 中を見て、動きも呼吸も止めた。ジゼルが、ため息をついた。


 一瞬にたず、風切かざきばねの抜き打ちがくうを斬る。入口から飛び込んできた太い足が、すんでの差で男を蹴倒けたおしていた。


「いつになったら、この子にうらみを晴らさせてやれるのでしょう」


「いやあ、今夜はまた、刺激的しげきてきすぎる格好だね、ジル! ちょっとくらくらするよ」


 おっかなびっくり足を降ろしながら、バララエフが軽薄けいはくそうな笑顔を見せた。


 ネクシャラともつれ合ってころがったカザロフスキーが、ようやく抗議のうめきを上げた。


「き、きさま……物騒ぶっそう挨拶あいさつはやめろ!」


「あなたのことは、心の中の必ず殺すちょうにしっかりと記録しています。ゆめゆめ、お忘れなきよう」


「あら、まあ、ドミトリー様とお知り合いでございましたか」


 ネクシャラのつやっぽい声に、全員の白い目がカザロフスキーを刺した。


「申し訳ありません。私としましたことが、夜の営業に入る時間を失念しておりました。食事は後で、こちらに運ばせます。なにか御用がありましたら、硝子灯がらすとうかかげていない天幕にお申しつけ下さいませ」


 カザロフスキーの手を引いて立ち上がりながら、くすりと笑う。


「こちらの天幕には、硝子灯がらすとうがなかったはずですが……もしかして、私を探して来られたのですか? 嬉しいことを、なさって下さいますね」


「あー。カザフーってば、ネクシャラさん馴染なじみにしてるんだ。いい御身分ごみぶんよねえ」


「う、うるさい! 誰の名前だ、それはっ!」


「ここのところは、方々ほうぼう藩王国はんおうこく巡業じゅんぎょうしておりまして、ドミトリー様には御贔屓ごひいきにしてもらっています」


 マリリが心底不快しんそこふかいそうにカザロフスキーを一瞥いちべつしたが、さすがにジゼルとユッティは、鋭い目を見合わせた。


 腕をからめた二人とヴィルシャを見送って、バララエフが図太ずぶとくジゼルの隣に座る。


「そろそろ会える頃だと思っていたよ。お察しの通り、一足先に俺達も、藩王国はんおうこくの取り込み工作中なんだ」


「偶然では、あり得ませんね」


「もちろん。ひげの皇子様も知ってるよ」


 マリネシアの一件でもそうだったが、バララエフがもたらした情報は、またしても驚くべきものだった。


 ロセリア帝国はオルレア大陸の北方領域ほっぽうりょういきに広大な勢力圏せいりょくけんを持つ大国で、アルメキア共和国と同様に海外版図かいがいはんと、植民地をほとんど持たない。


 奴隷どれいとして差別するほどの有色人種がおらず、権力者以外が等しく奴隷のようなさまだったが、冬季とうきには国土と領海のほとんどが雪と氷に閉ざされるため、反抗と孤立は死に直結する。


 また、中央集権の執行しっこうも行き渡り切らないことから、適度に従順で適度にしたたかな国民性が、結果として強靭きょうじんな帝国を作り上げた。


 有色人種を差別する必然性を持たず、勢力圏内に多くの保護国を抱き込んでおり、干渉かんしょうの強弱は違っても枠組わくぐみはフェルネラント帝国がかかげた連邦構想れんぽうこうそう近似きんじしている。


 不凍港ふとうこうを求めて南下なんかし、フェルネラントと争いを続けてきた歴史的経緯はあるが、それさえ置けば、実はフェルネラント帝国と戦争をする喫緊きっきんの理由がない。


 シャハナ国などは、近年の流行に乗って侵略してはみたものの、極端きょくたんな話、放棄ほうきしても本国は痛くもかゆくもないということだった。


「俺達の目的は世界革命せかいかくめいだ。もちろん、簡単に実現できるなんて思っちゃいない。そこでフェルネラントの世界大戦せかいたいせんさ。こだわりを捨てて冷静に考えてみれば、他の環極北地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐん、帝国主義を平等に弱らせてやろうって点で、利害はほとんど一致してる」


「同盟……いえ、密約というわけですか」


「さすがジル! そう、表向おもてむきシャハナとカラヴィナの国境で小競こぜいは続けて見せるけど、植民地解放と人種平等の素晴すばらしい正義に、これからは俺達もかげながら協力しようって、こういうわけさ! おえらいさん同士の話は、もうついてる。もちろん、最後の最後は裏切るだろうけどな」


「なんとまあ……ちょっと、想像を絶するほどの図々しさね」


 ユッティがあきれ返り、マリリの目が焼けつくような怒りを放つ。


 当然だろう。イスハバートを悪意のままに凌辱りょうじょくしておいて、今さら、こだわりを捨てて冷静に考えてみれば、とはよく言ったものだ。


 マリリの肩に、クジロイが左手を置いた。抑えるためではなく、一緒に飛びかかるためだ。すでに短刀に右手がかかっている。


 そのことが、かえってマリリを踏み止まらせたのだろう。くちびるみ破りながら、ジゼルの言葉を待った。


「先ほども言いましたが……私はいつでも、あなた方を殺す気でいますよ」


「好きに殺してくれて良いさ。うらまれてるのは、わかるしな。それぐらいで密約はゆるがない。すぐにまた、替わりの奴が協力しに現れるよ」


 バララエフが、真摯しんしな顔をマリリに向けた。それはバララエフの誠意だったかも知れないが、ジゼルは本物の殺意で空気をゆらした。


「良いでしょう。私の意志で、私の思う時に、あなた方を殺します」


 水薙みずなどりに手をえる。


「マリリ。あなたに、こんな無意味な決断を背負わせる気はありません。それでも耐えられそうにない時は……私の腕を二度、叩きなさい」


 マリリが、こらえ切れずふるえて、頭を下げた。クジロイの手をそっと外す。


「取り乱して、申し訳ありませんでした。すべてジゼル様に従います」


「ありがとう、マリリ……。では、改めまして、バララエフ中尉。協力者としての、具体的な計画をうかがいましょう」


 ジゼルがマリリに微笑ほほえんで、それからバララエフに向き直った。

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