5.いかがでしょう

 ネクシャラ一座いちざ天幕てんまくに戻ると、夜の興行こうぎょうが盛り上がっていた。


 苦しい生活の中でも、だからこそ一時いっとき娯楽ごらくに引き寄せられるのか、天幕の外に並ぶ色とりどりの硝子灯がらすとうに照らされた大道芸に子供達がはしゃぎ、音曲おんぎょくに合わせて美男の奏者そうしゃが歌い上げるに女達が聞きれ、天幕の中で香木こうぼくかおりにけむる踊り手達のあらわな肌に男達が歓声を上げる。


 あきれたことに、ジゼル達も文字通り一肌脱いでいた。


 踊り手達と同じ、真鍮しんちゅう硝子玉がらすだまで飾った小さな胸当てと腰当てに、真紅しんくに透けるしゃそですそが手足の動きを大きく見せる。


 ジゼルが風切かざきばね水薙みずなどり軽々かるがると振り回し、ユッティのほお果物くだものを空中で寸断すんだんする。


 マリリだけは、腹部のみ露出している長袖長裾ながそでながすその大人しい小間使こまづかい風で、頭に乗せたメルルに指図されながら斬られた果物を追いかけ、一つも落とさず手桶ておけで受け止めていた。


 段々と距離が近くなり、遂にはユッティのてのひら、頭、乳房にゅうぼうの上に乗せた果物もすかさず両断する。


 足元をつんいで転げ回るマリリが、それでもすべての果物を手桶ておけに納める。


 老若男女ろうにゃくなんにょが驚き、笑い、拍手喝はくしゅかっさいだった。


「いかがでしょう」


 ひかえの天幕で、丹念たんねんに手入れした二太刀にたち納刀のうとうして、ジゼルが誇らしげに胸を張った。


 ほぼ露出している乳房が、ほのかに汗で濡れている。


「見事な歓楽芸かんらくげいに落とし込んでいた。賞賛しょうさんする」


「それだけですか」


「衣装の必然性は理解が難しいが、美しい」


「そこはうそでも、こみ上げるものがあると言って欲しいのです」


「努力しよう」


 ひかえに戻るなりしゃそですそも脱ぎ捨てて、香木こうぼく扇子せんすで肌をあおぎながら、ユッティが苦笑した。


「こういうのも朴念仁ぼくねんじんって言うのかしら。まあ、あたし達は別に、いつもの格好と大差ないけどね」


「……今日ばっかりは、自分の体形に感謝してますよ」


 マリリが、小間使い風の衣装の胸をなでおろす。ユッティの言葉に補足して、マリネシアで着た水着と比較しても、布面積は大きい。


 だがマリリは、なぜかこの状況では、へそが見えているのさえ落ち着かない様子だった。


 ヴィルシャが入ってきて、すずしげな青い目で、みゃあ、と鳴いた。メルルが、にゃ、と鳴いて、物怖ものおじせずにじゃれついて、リントはあくび混じりに、にゃあ、とだけこたえた。


 どうやらおすのようだ。


 後に続いてネクシャラと、そ知らぬ顔でクジロイも現れた。思い思いに腰掛こしかける。


「皆さまのおかげを持ちまして、大変な御好評を頂いております。なんとも、申し訳ないくらいでございます」


「いいのいいの。あたし達も楽しんでたし、気持ちってことでさ。あ、もちろん謝礼しゃれいは別だから、クロっちに好きなだけふっかけておいてよ」


「出どころは同じ、ひげの皇子さんだぜ。そんなこと勝手に言って良いのかよ?」


「だからこそよ。現場の苦労は、経費でわからせてやんなきゃね」


「同意します。そのためにも、まずは苦労の方針を定めましょう」


 ジゼルの言葉に、ネクシャラ以外が表情を引き締めた。


 皇宮こうぐうで見たラークジャートの人となり、近くニジュカ=シンガ討伐とうばつ遠征えんせい出立しゅったつすること、ハシュトル皇帝との会話と、少年皇帝に寄りう女の存在、三者に共通する悲痛の表情、その後に追跡ついせきした厩舎きゅうしゃでラークジャートが騎乗する駱駝らくだの生体情報を確認したこと、それぞれを整理して報告した。


 相変わらず、クジロイにはマリリから口述こうじゅつしてもらう手間てまがあるが、情報量はそれほど多くない。


 むしろクジロイだけが握っている情報の方が多いくらいだが、クジロイ自身が語るまでは、余計な詮索せんさくをはさむべきではないように思われた。


「皆さまは不思議な能力をお持ちなのですね。私もこの子と、会話できれば嬉しいのですが」


 ネクシャラはヴィルシャをひざに抱きながら、状況をおおらかに受け入れていた。二言三言、不明点を再確認すると、ジゼルが口元に手を置いた。


「当然と言えば当然ですが、難しいものですね。最高為政者さいこういせいしゃ国体こくたい衰亡すいぼう諦観ていかんし、親愛しんあいを寄せる将軍がそこまで覚悟を決めているとなれば、単にニジュカ=シンガを勝たせたところで、ペルジャハル帝国の解放と自主独立につながるかどうか」


下手へたしたら将軍のかたきで、反乱軍の方をうらむわよ。逆に、将軍の方を勝たせるっていうのはどうかしら?」


「皇帝と将軍本人に、貿易商会とはっきり敵対する意志がなければ、植民地化を推進すいしんしてしまう危険があります。現状、その意志を示しているのは、反乱軍だけです」


「国民の方はどうでしょう、ジゼル様? 税が重いのは事実ですし、貿易商会さえ追い出せば、国民はそれを実現した反乱軍を歓迎し、皇帝も融和ゆうわせざるを得なくなるのでは?」


「どうだかな。白人の科学知識と軍事力は、まだまだ絶対に近いもんだ。力のない人間は、どうしたって逆らえない相手に、不満を持ち続けられねえ」


「……わからん。どういう意味だ?」


「今、現実的に国民の不満が向いているのは、力のない皇帝の方である可能性が高い、ということですね」


「そうだ。反乱軍が勝って貿易商会も追い出した、皇帝は役立たず、がんばってきた将軍様も死んだとなりゃ、一気に国がひっくり返って、ばらばらになるかも知れねえ」


藩王国はんおうこくだっけ? 今でも五十以上に力を分散させてて、帝国のくくりもなくなっちゃったら、後からいくらでもつまみ食いし直されちゃうわね」


 議論が堂々巡どうどうめぐりになった。

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