2.状況の説明を致しますわ

 三人と二匹が乗り込むと、船は静かにきしを離れた。


 内燃機関のようなとどろきも、けむりもない。電気式発動機が、神霊核しんれいかくからの膨大ぼうだいな電力で船尾せんび双暗車そうあんしゃを回し、大型の船体をすべるように加速させた。


 カラヴィナの沿岸部にも、海猫うみねこは生息している。シュトレムキントが契約したのだろう。舳先へさきの小部屋から数羽が飛び立ち、水先案内を務めていた。


 リベルギントとメルデキントは、船体内部の格納庫で整備を受けている。整備兵達は軍隊経験が長い者も多く、船のゆれも問題にしていなかった。


 一様いちように無表情で会話もしない船員には、さすがに不気味さを感じているようだが、こればかりは慣れてもらうしかない。


 船内は下層の機関部以外、隔壁かくへきは開けられ、リントとメルルの散歩に不都合はなかった。


 ジゼル達には小さいが個室が用意されて、隣接した共用の居間いま浴室よくしつもある。船酔ふなよいも一段落した夕食後、ヤハクィーネとシュトレムキントも居間に集まった。


「名前、シュシュにしよう! 後で髪をといて、お化粧けしょうも教えてあげるね!」


 シュトレムキント改め、シュシュが表情のない目をユッティに向ける。ヤハクィーネは苦笑して、何も言わなかった。


 外部端末が人間としての機能を拡充かくじゅうすることで、たましいの一層の安定化を期待する面もあるのだろう。


「それでは、状況の説明を致しますわ。当面の目的地はメジェール朝ペルジャハル帝国の港町カールハプル、作戦目標は同国北部で武装蜂起ぶそうほうきした反乱軍を秘密裡ひみつりに支援し、同地を植民地支配しているエスペランダ帝国貿易商会ていこくぼうえきしょうかいを壊滅させることでございます」


「人知れず戦う正義の味方、ですね。環大洋帯共栄連邦かんたいようたいきょうえいれんぽう新設連邦軍しんせつれんぽうぐんの特務部隊としましては」


「望むところ、ですよね!」


 ジゼルとマリリが、威勢いせいよく呼応する。


 ヤハクィーネのげたメジェール朝ペルジャハル帝国は、広大なオルレア大陸の中南部に位置し、人類発祥じんるいはっしょうの地の一つとされる古代文明を継承する多民族、多宗教の集合国家だった。


「あれ? ペルジャハルって、まだあったんだ?」


「先生」


「独立の近代国家とは言いがたい。ヤハクィーネが説明した通り、現在では、ほとんど植民地と化している」


 集合知の情報から、補足する。


 ペルジャハル帝国は歴史的に、何度も環極地方国家群かんきょくほくちほうこっかぐんと戦争を繰り返していたが、近年の科学技術の発展とそれにともなう軍事力格差の決定的な広がりによって、遂に衰亡すいぼうに立たされていた。


 支配者として君臨くんりんするエスペランダ帝国は、環極地方国家群でも最大の海外版図かいがいはんと、植民地規模を誇る海洋大国だ。


 ペルジャハル帝国のほぼ全域を貿易管理の名目めいもく間接統治かんせつとうちするエスペランダ帝国貿易商会は、本国陸海軍の駐留兵力を麾下きかに納め、租税そぜい立法りっぽうの機能も持った、一国の政府機関に匹敵する巨大組織だ。


 貿易商会は集合国家を構成する諸王国を、属国として五十を超える藩王国はんおうこくに分割し、各地で容赦ようしゃのない収奪と圧政をいた。


 当然、頻発ひんぱつする地方反乱を、エスペランダ帝国駐留軍とその尖兵せんぺいとして使われるペルジャハル帝国中央軍が鎮圧ちんあつする、泥沼どろぬまの内戦が続いていた。


「その構図に、ここ数年で変化が見え始めました。先のムルディーン皇帝の死後、ハシュトル新皇帝を補佐するラークジャート=パルシー将軍が各地の反乱軍を相次いで撃破し、貿易商会の傀儡政権かいらいせいけんとしてペルジャハル帝国の地盤じばんを整えつつあります。反乱軍もまた、各地で潰走かいそうした残存兵力が北部の丘陵地帯に集結、黒色人種の解放奴隷から頭角とうかくを現したニジュカ=シンガなる人物の下で、一大勢力に再編されつつある状況ですわ」


「単純になったのは、まあ、良いことよね」


「現時点で想定される大きな問題は二つ、一つはシュトレムキントが試験運用段階しけんうんようだんかいであり、私も彼女も本体を離れられないこと、もう一つはそれに付随ふずいし、反乱軍の拠点きょてんが内陸部の丘陵地帯であるため、機動兵装の戦線投入に時間差が発生することですわ」


 どこで両軍が激突するにしても、港町からは距離がある。まして機械仕掛けの巨人が武器を持って飛び出せば、その瞬間に偽装ぎそうは無意味となる。


 どちらにとっても、時間との闘いになるだろう。


「了解しました。まずは上陸して現地情報を集め、その上で具体的な作戦行動を考えます。こちらとの意思疎通いしそつうは、機体を通して可能ですね」


「はい。イスハリの作戦同様、必要に応じて情報支援を致しますわ。御武運ごぶうんを祈ります、ジゼリエル様、ユーディット、ラスマリリ様」


 ヤハクィーネが一礼し、シュシュが恐らく、真似まねをした。外見的には父親と娘に見えなくもない。ユッティは早速、姉または保護者の役割を自任じにんしたようだ。


 厨房ちゅうぼうから発酵茶はっこうちゃが運ばれ、一息入れる。


 ペルジャハル帝国の港町カールハプルまで、数日といったところだろう。


 遭遇戦そうぐうせん突発的とっぱつてき臨検りんけんの危険もないわけではないが、この季節、外洋航行は緊迫きんぱくした国際情勢とは裏腹に、穏やかなものだった。


 カラヴィナ北部の騒乱に始まった戦火は、イスハリ山脈とマリエラ群島に広がり、今や世界の各地に飛び火していた。


 それまで神のような力を見せつけていた白色人種が、イスハリでロセリア帝国の占領軍が、マリエラでアルメキア共和国の艦隊が有色人種に敗退して、人種の差が絶対のものではないことが満天下まんてんかに証明された。


 アルメキア共和国内部で奴隷解放どれいかいほうを求める武装蜂起ぶそうほうきが発生し、同じアルティカ大陸の南方で赤色民族が、大海たいかいをはさんだ東向かいのフラガナ大陸では黒色民族が、それぞれの民族独立を叫んで、ぬのぎはぎのように植民地を分割していた環極北地方国家群に反乱した。


 その環極北地方国家群、世界の中心であるオルレア大陸北部も、ロセリア帝国陸軍情報部から勢力を拡大した政治結社コミンテルンの主導する世界革命思想が内部侵食ないぶしんしょくし、持たざる民衆の大規模な反政権活動はんせいけんかつどうが、帝国主義の基盤きばんをゆさぶり始めていた。


 白色人種の植民地支配と人種階層構造じんしゅかいそうこうぞう国際秩序こくさいちつじょに、ただ一国、東洋の混血人種国家がかかげた民族自主独立と人種平等の新しい正義は、未曾有みぞうの世界大戦となって全人類を飲み込み、荒れ狂っていた。

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