第四章 ペルジャハル灼熱編

1.寡兵は奇襲を常道とすべきです

 カラヴィナ東部の軍事港、指定された波止場はとばに着くと、朝もやの中に、古びた大型船が停泊ていはくしていた。


 外装のあちこちにさびが浮き、艦橋回かんきょうまわりもくたびれている。一見して、何の変哲へんてつもない老朽ろうきゅう民間貨物輸送船みんかんかもつゆそうせんだ。


「良い船ですね」


「どこいら辺が、よ?」


「目立ちません。寡兵かへいは奇襲を常道じょうどうとすべきです」


「さ、さすがジゼル様」


 素直に感心するマリリに、ユッティがため息をもらす。


 ジゼル、ユッティ、マリリ、リントとメルルが順に軍用車から降りると、後ろの専用車からエトヴァルトも降りてきた。


 大型船の甲板上かんぱんじょうに人影が現れて、軽く頭を下げる。


「お待ちしておりましたわ、皆さま。エトヴァルト殿下までいらっしゃるのは、いささか頂けませんが、まあ良しとしましょうか」


 銀灰色ぎんかいしょくの髪といかつい顔のヤハクィーネが、穏やかな女性らしい口調で、ちくりと刺す。


 エトヴァルトが、形ばかり立派な黒い陸軍大将の軍服姿で、恐々と首をすくめた。


「ほら、言われたじゃない。直轄ちょっかつだからって一部隊の出発に、いちいち殿下が立ち会ってたらおかしいでしょうよ」


「つれないですよ、ユッティさん! 僕もこれからは本国の仕事が多くなって、カラヴィナに来るのが難しくなります。もしかしたら今生こんじょうの別れになるかも知れないんですから、せめてその笑顔を、目に焼きつけておきたいんです!」


「いきなり不吉ふきつすぎますよ、エトヴァルト様……」


「可能性として低くないのが、切ないところですね」


「生死はつねに半々だ。戦時中であることを考慮こうりょすれば、特段に高いということもない」


 ジゼル、ユッティ、マリリは、思い思いの私服姿だ。


 ユッティは、さすが相応に洒落しゃれ紺色こんいろ一揃ひとそろいで、船主企業せんしゅきぎょうの重役に見えなくもない。


 マリリは灰褐色はいかっしょくの作業着で、腰に小刀しょうとうと、道具袋に偽装した拳銃入れをびているのも、まあ船員として言い訳のきく範囲だ。


 ジゼルは、服装こそ地味な暗灰色あんかいしょくの上下だが、連段佩れんだんばきの風切かざきばね水薙みずなどりがすべてを台無しにしていた。


 ヤハクィーネは、いつもの白衣はくいのような外套がいとう艦長帽子かんちょうぼうしかぶって、隣に水兵姿すいへいすがたの女性を従えていた。


 もっさりとした黒髪を一本の三つ編みに束ねて、それでも前髪で目がほとんど隠れている。ユッティよりやや若い程度に見えるが、無表情で、つかみどころのない印象だった。


「紹介しますわ。特殊術式機動兵装とくしゅじゅつしききどうへいそう、試作3番機シュトレムキントの神霊様しんれいさまです。リベルギントとメルデキントの神霊様方しんれいさまがたが、猫を外部端末がいぶたんまつとして活用されていることに着想を得て、私の一人を外部端末にして頂きました」


「へえ、ネーさんも働きますねえ」


「3番機……あの、どのような仕様なのでしょうか?」


「すでに御覧頂ごらんいただいております、この船が本体ですわ。外部端末に人体を使用し、神霊様しんれいさまたましいの安定化をそちらでになうことで、本体仕様の自由度を上げようという実験機でございます」


 ユッティとマリリが、軽く目を見開いた。相変わらず、人権などと真逆まぎゃくの方向で技術を発展させているようだ。


「派生情報ですが、この実験が上首尾じょうしゅびを納めれば、試作4番機として現役戦艦を改造、マリネシア海軍に貸与たいよされる計画ですわ」


「そりゃ良いわね。デンさん、この前のは完全な風評被害ふうひょうひがいだってぼやいてたから」


「実現すれば心置きなく、また皆殺しができるというものですね」


 ジゼルの勝手な感想は置いておくとして、搭乗員の過度かどな同調を必要とせず、広範囲の哨戒機能しょうかいきのう情報管制じょうほうかんせいを備えた戦闘艦艇せんとうかんていが配備されれば、南海方面の防衛力のかなめとなり得るだろう。


 エトヴァルトの戦略眼せんりゃくがんは、大戦の最終局面を見越みこしているようだ。


 そうとも見えず、最大限好意的さいだいげんこういてきに評して、気さくな笑顔でユッティの手を握る。


「ユッティさん、ジゼルさんにマリリも、安心して下さい。外観はこんな感じですが、3番機の内部構造も、すでに最新の巡洋艦じゅんようかん相当そうとうしています。主軸しゅじく推進機関すいしんきかん電気式発動機でんきしきはつどうきを採用して、神霊核しんれいかくの出力により、理論上は無補給むほきゅうの稼動が可能です」


「最悪、無補給で働かそうってわけね」


「その場合でも、快適な船旅ふなたびをお約束できますよ。お二人の機体の整備兵と、厨房ちゅうぼうの料理人以外、すべての船員をヤハクィーネに担当させていますので、神霊核しんれいかくと同調した有機的ゆうきてき支援行動しえんこうどうも可能です」


「いや、まあ……快適じゃなくても、下っぱなんだから、やれと言われたらやるけどさ」


 切々せつせつと語るエトヴァルトに、ユッティが渋面じゅうめんになる。ジゼルとマリリが苦笑して、ヤハクィーネが咳払せきばらいをした。


詳細しょうさい航海こうかいみちすがら、追って説明致しましょう。エトヴァルト殿下、出航致します。よろしいですわね」


「ええ。お願いします」


 エトヴァルトが先に敬礼をして、全員が慌てて答礼した。


 本来は逆で、これはフェルネラント帝国軍と皇室が、最大限の礼を尽くした格好となる。


 亜麻色あまいろのくせ毛と童顔に似合わないあごひげ、ひょろりと背丈せたけばかり高いせた身体に、穏やかな微笑みを浮かべたエトヴァルトへ、ジゼルとマリリは当然として、ユッティも神妙しんみょうな顔でこたえた。

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