第475話 謎の彫像

教会堂祭壇右横から続く地下室への階段を、慎重に下りていくレオニス達。

【賢者】のジョブを持つオラシオンが先頭を歩き、光魔法で明るく光る玉を出現させ宙に浮かべて通路内を照らす。


しばらく階段を下りていくと、数歩分の平らな道がありその先に出口のようなものが見える。

狭い階段や通路はオラシオンの灯す明かりで壁が照らされているが、出口の奥の空間は闇のままで何も見えない。

出口の先には広い空間があるのだろうか。


ここでレオニスがオラシオンと入れ替わり、先陣を切るように出口に向かって進んでいく。

地下室へと続く通路の先には、部屋と呼ぶには少々大き過ぎるドーム型の大きな空間が広がっていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「何だ、これは……」


思わず息を呑むレオニス。

後ろに続いて入ってきたオラシオンやエンディも、言葉を失ったまま呆然と立ち尽くしている。

三人が三人とも入口で立ち竦むのも無理はない。

何故ならその空間のほぼ中央には、何者なのかも全く分からない、得体の知れない彫像が聳え立っていたからだ。


まず真っ先に目につくのは、天に向かって何本も伸びる数多の手。その土台となる中央部分には大きな渦巻きがあり、その渦の中心は眼のように見える。

本体と思われる眼と渦巻きの左右には一際目立つ刺々しい腕が生えており、尖った爪で包み込むように錫杖のような杖を高く掲げている。

これがどういった像なのかは全く分からないが、見た目だけで判断していいならさながら邪神像そのものである。


そしてこの巨大な邪神像の周囲に、四つの別の像が置かれていた。

それはまるで邪神に付き従い護るかのように、四方を均一の間隔で配置されている。


四つの像はどれも同じ冠を被り、ローブを身に纏っている。

中央の邪神像とは違い、一応は人の形を模しているようだ。

だが、その出で立ちは四つとも全部違う。

ローブは絹のように美しく滑らかな造形もあれば、裾が襤褸切れのように擦り切れた荒々しい造形、風に舞う優雅な流線型、全く何の動きもないストンとした形もある。

それぞれに全く違っていて、各人物の性格をも表わしているかのようだ。


そしてそれ以上に異なるのが、その手に持つ武具だ。

大剣、杖、鉤爪、そして大鎌。四つの像はそれぞれ異なる武具を手に持ち構えている。

邪神像の周りを一周しながら、この四つの像を確認したレオニス。呻くような小声で呟いた。


「これは……廃都の魔城の四帝じゃねぇか……」


邪神像を取り囲むように配置された四つの像。

それは紛れもなく廃都の魔城の四帝の彫像だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



レオニスはかつて廃都の魔城の反乱時に、四帝と直接対決し討ち滅ぼしたことがある。それ故、四帝がどのような姿形をしているかをレオニスは知っている。

今目の前にある彫像は、まさにその時に見た四帝と特徴が完全に一致しているのだ。


そして各彫像がその手に持つ武器も一致している。

杖は賢帝、大剣は武帝、大鎌は女帝、鉤爪は愚帝。

それらの武具は四帝を象徴する武器なのだ。


地下室の空間に聳え立つ、巨大な邪神像と四帝の彫像。

未だかつて誰も見たことのない衝撃的な空間で、レオニスはしばし立ち尽くす。


ここはラグナ教エンデアン支部。悪魔が密かに潜入していただけに、奴等の首領たる四帝を祀り崇め奉るのは分かる。

だがそうすると、この中央の邪神のような像は一体何なんだ?

廃都の魔城の四帝が傅くかのように、その周囲を取り囲んで護る存在とは―――一体何者だ?


レオニスが懸命に脳内で考えていると、突如ドーム型空間の空気が変わる。

ちょうどレオニスが立っていた目の前にある彫像から、何と声が聞こえてきた。


『ンー? 誰だぁ? この俺様の領域に近寄るとは、いい度胸じゃねぇか』


四つの彫像のうち、鉤爪を持った像の後ろから現れた物体。

レオニスの目の前で、ゆらゆらと揺らめき宙に浮くその物体は二つの鉤爪。

その彫像の人物が手に持つ武具そのもの、全く同じ代物であった。

レオニスは思わず叫ぶ。


「貴様、何者だ!……いや、聞かずとも分かる。【愚帝】か!」

『お? 俺のこと分かるの? 嬉しいねぇ、俺もちょっとした有名人か?』


レオニスの問いに、鉤爪がくつくつと笑い声を上げる。

自らが名乗りを上げずとも、レオニスがその正体を当てたことに機嫌を良くしたようだ。

一頻り笑った後、鉤爪は改めて己の正体を明かす。



『如何にも。俺は【愚帝】―――廃都の魔城の最奥にて、常闇を統べし四帝の一角なり



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



いつの間にかモノクロと化した空間で、レオニスと鉤爪がしばし対峙する。

鉤爪は両手武器なので、二本で一対。二つの鉤爪がレオニスの目の前に浮いている。

他の全てが白と黒だけになり、ぼんやりと停止した世界にあってその鉤爪だけがやけにくっきりと色付いていた。


四本の鉤爪は黒光りしていて、レオニスの肘から指先くらいまでありそうな長さだ。

その爪の先端は少しだけ内側に曲がっていて、爪の内側は全体が刀の刃のようにギラリと鋭く光る。峰側が黒いのに対し、内側の刃の鋭利な白い輝きがより一層不気味さを際立たせる。

篭手は数多の血を吸ったような、鈍い赤黒さを放つ。


レオニスもこれまでに数々の鉤爪武器を見てきたが、ここまで異様な形をした鉤爪は初めて見た。

そして異様なのは見た目の形だけではない。鉤爪から発せられる強者独特の圧が半端ないのだ。


『お前、【賢帝】や【女帝】が話してたヤツだろ?』

「……多分な」

『そうかそうか、やっぱりな。俺らの領域に入って無事生き残れるヤツなんて、そうはいねぇからな』


鉤爪に宿る【愚帝】が、どことなく愉快そうな声でレオニスに話しかけてくる。

だが【愚帝】は楽しげでも、レオニスはそれどころではない。

宿敵を目の前にして、いやが上にも緊張が高まる。


『俺さぁ、【愚帝】って名乗ってんじゃん? でもよぅ、俺そこまで頭悪い訳じゃねぇんだぜ? そりゃまぁ【賢帝】のやつに比べたら頭脳面では劣るけどよ』

『四帝の中で、一番賢いやつが【賢帝】、一番武技に優れたやつが【武帝】、紅一点の女が【女帝】なんだけどよ』

『で、俺はそのどれにも当て嵌まらないから【愚帝】。いわゆる『みそっかす』ってやつ? 俺だけ残り物とか、酷くね?』


まるでそこら辺の井戸端会議のような、ノリの軽い話を滔々と語る【愚帝】。

彼の話は一見悲哀に満ちたものだが、その実あまり悲壮感は含まれていない。

レオニスは相槌を打つこともなく、ただ無言のまま対峙している。


『でもさー、俺には俺の美点もちゃんとあんのよ?【賢帝】ほど賢くなくても、【武帝】ほど強くなくても、他のやつらの誰よりもこれだけは俺が一番だ!と、声を大にして言える誇りがある』

『それが何だか、お前には分かるか?』

「…………」


気軽に話しかけてくる【愚帝】の意図が見えず、鉤爪を睨んだまま無言を貫くレオニス。


『何だお前、口がきけんのか? ……いや、そんなはずねぇよなぁ、さっき俺のことを【愚帝】かって言ったもんなぁ?』

「……お前らの口車に乗る訳にはいかんのでな」

『何だよ、普通に喋れるんじゃねぇか。会話もまともにできんようじゃ、ろくな人生送れんぞ?』


悪の首領たる四帝が語る『ろくな人生』とは、一体どのようなものかはさて置き。どこまでも軽いノリの【愚帝】。

だがレオニスは決して油断はしない。険しい顔を崩さず、一対の鉤爪をじっと睨みつける。


「貴様に俺の人生を心配してもらう必要などない。そして俺は【愚帝】、貴様のことを欠片も知らんのでお前が一番だと誇れることが何なのかを知る由もない」

『ン……そりゃまぁそうだな。俺とお前は初対面、今日が初めてのご対面ってやつだしな』


ようやく話すようになったレオニスの言葉に、【愚帝】は相変わらず軽いノリで肯定する。


『じゃあ特別に教えてやろう。俺が最も一番だと思える誇りは『仲間を大事に思う心』だ!』

『俺ほど仲間を大事に思うやつはいないぜぇ? 【賢帝】の賢さは本当に尊敬するし、【武帝】の強さは心底憧れる』

『そして【女帝】、彼女ほど心優しく美しい者はいない。この世で一番最高の女神と断言してもいい』


【愚帝】が誇る己の美点、それは『仲間を思う心』だと断言する。

その後も己の仲間である他の四帝のことを褒めそやし、彼らの長所や美点を挙げていく。

誰が聞いた訳でもないのに、何とも饒舌なことだ。


だが次の瞬間、それまで軽かった【愚帝】の口調が一転する。


『……そんな俺の女神である【女帝】を―――お前は害したな?』

「害したとは心外だな。俺の方こそ奴に殺されかけたんだが。それとも何か、お前は俺に黙って【女帝】に殺されろ、とでも言うのか?」


【愚帝】の理不尽な言いがかりに、レオニスは冷静に返す。


『その通りだ。愛しい女の願いは叶えてやるのが男ってもんだ。お前は素直に【女帝】に殺されてやるべきだったんだ』

「そんな願いを叶えてやる義理はないな。俺と【女帝】は敵同士、お前にとっては愛しい女でも俺にとってはただの敵だ」

『……お前、レディーファーストって言葉を知らんのか? そんなんじゃお前、モテんだろ?』

「ッ……うるせー!」


ここで何故か【愚帝】に非モテ認定されてしまうレオニス。

よもや【愚帝】にレディーファーストを説かれるとは、夢にも思わなんだ。

あまりにも突然の説教に、一瞬だけ『うぐッ』と声を詰まらせるも何とか一言だけ反論する。


『いいか? 女ってのはこの世の全てだ。子を生み育て、慈しむ。全ての生命は女から生まれる。それだけで世の全ての女は尊敬されて然るべき存在だ』

『その女を泣かす男なんざ、この世に生きる価値もねぇ』

『ましてやこの俺の女神【女帝】に怪我を負わせ、その血を流させ、癒えぬ痛みを与えたこと―――万死に値する』


先程から理不尽だった【愚帝】の言い分は、さらに理不尽さを増していく。【愚帝】という名に相応しい、実に自己中心的な物の考え方だ。

そしてその理不尽さに比例していくように【愚帝】の声音もどんどん低くなっていく。


『俺の女神を傷つけたことを―――あの世で後悔するがいい』


言葉を言い終わるや否や、二本の鉤爪がレオニス目がけて襲いかかってきた。





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 廃都の魔城の第三の敵【愚帝】の登場です。

 四帝の登場時には非常にシリアスな空気に満ちるので、おちゃらけたネタなど盛り込めないのが常なのですが。

 この【愚帝】、何でかノリが軽いのでちょっとだけ他の四帝よりも空気が軽いんですよね。でも結局は理不尽の塊で、悪の根源なんですけど。

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