第476話 似た者同士

 二本の鋭い鉤爪が容赦なくレオニスを襲う。

 剣帯を手前に引き、素早く背中の大剣を抜き鉤爪を薙ぎ払うレオニス。

 だが、剣や鎌のように一本ではなく二本で一対の鉤爪相手では少々分が悪い。死角や背後から挟撃されないよう、いつも以上に神経を尖らせねばならないからだ。


 しかもこの鉤爪は人間が装備しているものではない。腕の長さや間合いなど動きの読める動作が一切なく、前後左右上下どこからでも攻撃してくるのだ。

 それ故レオニスはずっと全方位を警戒せねばならず、戦闘中に使う神経はかつてないほどに過大な負荷がかかっていた。


 キィン、キン、キィン!という、大剣と鉤爪がぶつかり会合う金属音が連続して響く。

 レオニスと【愚帝】の激しい丁々発止が繰り広げられる。

 そうしてどれほどの応酬が続いたか。敵である【愚帝】の鉤爪以外はモノクロの世界に閉じ込められた格好のレオニス、またも時間の感覚がなくなっていく。


 戦闘の間にレオニスは何度か魔法を試してみたものの、【女帝】の時と同様に発動する気配はない。やはりここは一切の魔法が効かない亜空間らしい。

 だが回復に関しては、今回は少しばかり対策を事前に打ってきた。


 鉤爪と少し距離を取った後、レオニスはジャケットの内ポケットに入れておいたエクスポーションの瓶を取り出し一気に飲み干した。

 その結果、長い時間鉤爪と打ち合い疲弊したレオニスの体力が回復した。

 大剣や服装同様、レオニスが物理的に身に着けているものならば亜空間にも持ち込めるだろう、という目論見は見事成功したようである。


 そんなレオニスを見た鉤爪が、何故か怒り出した。


『あッ!何だよお前、戦闘中に回復剤なんぞ飲みやがって!ずりぃぞ!』

「何だとッ!? 貴様にずるいなんて言われる筋合いはない!そもそも貴様らの方が余程ずるいじゃないか、貴様の本体はここにはないくせに!」

『なッ……そ、それとこれとは話が別……』

「うるせー、言い訳すんな!ふざけたこと吐かしてんじゃねぇぞ、この野郎!」


 戦いの最中にエクスポーションを飲んで体力回復したことを詰る【愚帝】。

 その言われ様にレオニスもカッチーン!と頭に来て、思わず本気で切れまくりながらガーッ!と言い返す。

 言葉の応酬だけ見ていたら、何だか子供の喧嘩のようだ。


「だいたいだな、貴様らの展開するこの亜空間自体がそもそも反則だろう!こちとら回復魔法も空間魔法陣も封じられてんだぞ!」

「ここでは魔法の類いが一切使えないって最初っから分かってんだ、だったらせめて回復剤の一つも持ち込もうとして何が悪い!」

「俺が貴様らの亜空間に引きずり込まれるのはこれが三回目だがな!貴様らにだけ有利な場所で、俺はこの身一つで正々堂々貴様らと戦ってんだぞ!それだけでもありがたく思いやがれ!」


 亜空間では完全アウェイのレオニス、それまで溜め込んだ不満を一気にぶちまけるかのように痛烈な文句を言い放ち逆ギレし続ける。

 食ってかからんばかりの勢いのレオニスに、鉤爪に宿る【愚帝】も『ぉ、ぉぅ……』と気圧されるばかりだ。


「それにだな、俺にとっては圧倒的不利な死地だと分かっていてもだ!俺は逃げ出す訳にはいかないんだ!」

「俺は絶対に貴様らを倒す!こんな前座紛いの亜空間如きでやられてなどやらん!」

「貴様らの本体のいる場所まで辿り着いて、今も貴様らが世界中で生み出し続けている悲劇をこの手で終わらせる―――俺はあの日、貴様らに殺されたグラン兄とレミ姉にそう誓ったんだ!」


 文句を言いついでに、自らを奮い立たせるレオニス。

 その目に宿る闘志は、いつになく燃え盛っていた。


 それまでずっとレオニスの剣幕に気圧されていた【愚帝】の鉤爪がゆらりと動き出し、二つ揃って同じ高さに並んだ。


『……いいねぇ、その熱い魂の叫び。俺ァそういう熱い奴は大好きだぜ?』

『もともと俺はこういう亜空間とか、つまらん小細工は嫌ぇなんだ。男なら拳一つありゃあいいんだからよ』

『己の力で敵を完膚なきまで蹴散らし屈服させる、それこそが強く逞しい男のあるべき姿ってもんだ。お前もそう思わんか? 思うよな? 思うだろ?』

『つーか、俺とお前、似た者同士かもなぁ? カカカッ』

「……そりゃどうも。貴様に似た者認定されたところで、俺はちっとも嬉しくねぇがな!」


 【愚帝】からの思わぬ仲間認定に、レオニスは苦虫を口に百匹含んで噛み潰したような顔で返す。

 諸悪の根源である廃都の魔城の四帝、その一角【愚帝】と似てると言われてもレオニスにしてみれば不名誉以外の何物でもない。

 だが、当の【愚帝】はそんなことを気にする様子もなく言葉を続ける。


『カカカッ!そうつれないこと言うなよ、まぁお前の気持ちも分からんでもないがな?』

『そりゃあなぁ、俺ら四帝と似てると言われて喜ぶ人間なんざいねぇよなぁ? それくらいのこと、俺だって分かるぜ?』

『でも俺はお前のことが気に入ったぞ。人類のため―――いや、己の仲間に誓い己の正義のために戦う熱い男、その意気や良し』


 くつくつと笑いながら、実に機嫌良さそうに語る【愚帝】。

 レオニスの意気を褒め称えるあたり、どうやら【愚帝】がレオニスのことを気に入ったというのは本当のことらしい。


『よし。お前のその熱く滾る心意気に免じて、ここからは一発勝負といこうじゃないか』

「……何?」

『今から俺が渾身の一撃をお前に向けて放つ。それに見事耐えられたら、俺はここから退散してやろう』

「……そんなことしていいのか? 後でお前の愛しい女に叱られるだろうに」

『男が決めた男同士の勝負に口出しはさせん。この勝負はここにいる俺とお前だけのもんだ、それ以外の奴はどこの誰であろうと邪魔は許さん。■■■だけじゃねぇ、■■■■■■や■■■■にだって文句は言わせねぇ』


 驚いたことに、【愚帝】の方から一発勝負を持ちかけてきた。

 誰にも文句は言わせないという【愚帝】、その言葉のところどころで耳障りな雑音が混じる。


 いずれにしても、これはレオニスにとっては絶好の機会だ。

 前回の【女帝】の時と同様、直接生命の危機に瀕すれば八咫烏の羽根のブローチ他破邪効果のあるアイテムによって【愚帝】も退けられるだろう。

 だが、それらを破壊せずにこの亜空間を脱出できるならそれに越したことはないのだ。


「その一発勝負、受けようじゃないか」

『いいねぇいいねぇ!命懸けの勝負をあっさり受けるその豪胆さ、ますます気に入ったぜ!』

「お前に俺の命をくれてやるつもりは微塵もないがな」

『言ってくれるじゃねぇか。ま、俺の一撃に耐えられなきゃどの道お前はお陀仏だ。現世に戻ることなく未来永劫この亜空間で彷徨える魂となれ』

「最後に生き残るのはこの俺だ」


 レオニスの生き残る宣言を最後に、亜空間にはしばし静寂が流れる。

 レオニスと鉤爪に宿る【愚帝】は互いを睨み合う。

 そして先に動き出したのは鉤爪。フッ……とレオニスの目の前から鉤爪が姿を消した。


 レオニスは目を閉じ集中する。

 鉤爪は二つで一対の武具、二つとも同時に同じ方向から飛んでくるとは限らない。別々の方向から時間差で襲いかかってくることもあり得る。

 どこから来られても対処できるよう、レオニスはひたすら精神集中し神経を研ぎ澄ます。


 そして決着の時は来た。


「……ッ!!」


 レオニスは頭上から襲いかかってきた鉤爪の一つを大剣で受け止める。

 それと同時に、レオニスの右側の背後から襲いかかってきたもう一つの鉤爪を、右側の腰に佩いていた短剣を左手で抜き見事に防ぎきった。


 襲いかかる方向を分けた二つの鉤爪の攻撃。その両方とも完全にレオニスの武具に受け切られた二つの鉤爪は、カシャ、カシャン、という力無い音とともに、立て続けにその場に落ちた。


『……チッ、何だよお前……大剣以外に小刀まで持ちやがって……』

「これは普段使いの短剣だ。大剣一本だけじゃ小回りが効かんからな」

『ったく、ずりぃなぁ……これだから人間ってやつは油断ならねぇ』

「一対で二方向から自由自在に攻撃できる鉤爪使いに、ずりぃと言われる筋合いはねぇな」

『フッ……それもそうか』


 勝敗が決したせいか、落胆したような声音の【愚帝】。先程の約束通り、一発勝負にケリがついたからにはこれ以上戦いを継続する意思はないようだ。

 レオニスにもそのことが分かっているのか、レオニスの方もまた落ち着いた口調で会話に応じている。


『……ま、しゃあねぇ。俺も男だ、自分で言った約束は守る。お前の勝ちだ』

「次に会うのはお前の本体のいる場所だ。首を洗って待ってろ」

『おう、久々に骨のあるやつと戦えて楽しかったぜ……なぁ、最後に一つ聞いていいか?』

「ン? 何だ?」


 レオニスの足元に、重なるようにして落ちた二つの鉤爪。

 その姿が次第に変貌していく。


『お前の名は何てぇんだ? 次にお前が俺のもとに来た時に、お前だと分からなきゃ困るだろう? 何しろ俺は【愚帝】、物覚えの悪さにかけても四帝随一の自信があるからな』

「何だそのしょうもない自信は……」


 【愚帝】は己の物覚えの悪さを自慢しつつ、レオニスの名を聞いてきた。

 そういえば、これまでレオニスは四帝のうち三人と対峙してきたが、一度も名乗ったことはない。

 名乗る必要もなかったと言えばそれまでなのだが、最後は正々堂々とした一発勝負をしたこともあり、レオニスは【愚帝】の質問に応じて名乗ることにした。


「俺の名はレオニス。レオニス・フィア」

『レオニス、か……頑張って覚えておこう。俺は物覚え悪いから、すぐ忘れるかもしれんがな』

「そんな簡単にサクッと忘れるんじゃねぇよ……」

『無理言うなよ、昨日食った飯だって思い出せねぇんだぞ? ……ま、俺ら四帝は眠らんし飯も食わんから、もはや昨日というのが何百年前のことかすらも覚えてねぇがな』


 相変わらずどこぞの喜劇かのような会話を繰り出す【愚帝】。

 だが、四帝が眠らず食事も摂らないというのは初耳だ。

 やはり魔族の頂点ともなると、人間や他の生き物とは全く異なる生態なのだろうか。


「はぁ……物覚えの悪いお前でも忘れないように、もう一度教えてやるから耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ。俺はレオニス、貴様ら廃都の魔城の四帝を殲滅する者の名だ。次こそはお前らの本体を完全に討ち滅ぼしてやる、覚悟しとけ」

『おお、怖ぇ怖ぇwww だが……人一人の生命なんざ、永き時を生きてきた俺ら四帝にとっちゃ欠伸あくび一つで終わる短さよ。その儚き生命尽きるまでに……俺の前に来い―――待ってるぞ―――』


 【愚帝】の軽い物言いに半ば呆れつつ、レオニスが再度己の名を告げる。

 最後までくつくつと笑いながら、レオニスとの対話を心から楽しむように愉快そうに話す【愚帝】。

 その声はどんどん小さくなっていく。


 やがて二つの鉤爪が一つの武具になり、鉤爪に宿っていた【愚帝】の気配は完全に消え去った。





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 廃都の魔城の四帝の三人目、【愚帝】との戦闘です。

 相変わらず拙作はバトルシーンが続きません!今回も一話で終了です><

 でもねー、これでも作者、バトルシーンは結構神経削りながら書いておりますですよの?( ̄ω ̄)

 というか、もしかしたら作者はバトルシーンをたくさん書くのが苦手なのかもしれません…(=ω=)… ←今更


 そして今回の【愚帝】、これまでの四帝の中で一番人間臭いキャラです。

 というか、この【愚帝】も根っからの脳筋キャラなんで、レオニスのことを同類として気に入るのもある意味当然の流れです。

 もし【愚帝】が廃都の魔城の四帝でなければ、オーガ族族長のラキのようにレオニスとも良き友になれたかもしれません。

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