第474話 受付嬢クレエ
翌火曜日。
この日はレオニスがラグナ教エンデアン支部に再調査に出向く日だ。
エンデアンに行くのはレオニス、ライト、ラウル、そして今回もオラシオンがエンデアン支部での再調査に同行することになっている。
オラシオンはラグーン学園理事長であると同時に、ラグナ教現大教皇エンディの継兄である。また、ラグナ教の大主教が悪魔だと露見したのがラグーン学園理事長室で、その現場にレオニスやライトとともに居合わせていた。
これら諸々の事情により、オラシオンはラグナ教悪魔潜入事件の調査に一貫して関わり続けているのだ。
前回のファングの時と同様、オラシオンやラグナ教関係者とはラグナ教エンデアン支部で現地集合となっている。
待ち合わせ時間は午後一時なのだが、せっかくなら港湾都市であるエンデアンの海産物をお昼に食べたい!ということで、ライト、レオニス、ラウルの三人は午前十一時頃にエンデアンに向かう。
冒険者ギルドの転移門で、ラグナロッツァからエンデアンに移動したライト達。
まずは冒険者ギルドエンデアン支部の受付嬢に挨拶だ。
「よう、クレエ。久しぶりだな」
「あらぁー、レオニスさんじゃないですかぁ。お久しぶりですねぇ」
彼女の名はクレエ。クレア十二姉妹の次女である。
ラベンダー色の長い髪にベレー帽、ふんわりワンピースに縞々ソックス、薄い楕円形の眼鏡。どこをどう見てもラベンダー色に染まる出で立ちは、紛うことなきクレア十二姉妹の一員である。
「クレエさん、初めまして、こんにちは!」
「おや、こちらの可愛らしいお子さんは……ああ、君が噂のライト君ですね?」
「はい!ディーノ村のクレアさんやラグナロッツァのクレナさんには、レオ兄ちゃんともどもいつもお世話になってます!」
前世のBCO時代から、ずっとクレアファンだったライト。早速次女クレエにも初めましての挨拶をする。
ちなみに今回も、ライトの目ではクレアとクレエの区別はつかない。生き写しどころか姉妹全員完コピ状態なのだ、初見で見分けがつく訳がない。
ファンなら一目見ただけで違いが分かるもんじゃないの?と侮ることなかれ。
そもそもBCOにおける受付嬢とは、クレア嬢ただ一人を指すものだったのだ。それがこのサイサクス世界では、全部で十二姉妹もいるなんてライトにしてみれば初耳もいいところで、ぶっちゃけ『そんなの聞いてない!』である。
故にライトは、このサイサクス世界のクレア十二姉妹を外見だけで見分けることはほぼ諦めた。
その代わりに『ディーノにいるのは長女クレア』『ラグナロッツァにいるのは五女クレナ』といったように、勤務地と続柄と名前を紐付けて覚えることにしたのだ。
ただしこの暗記法だと、誰か一人でも転勤したら一気に総崩れしそうな諸刃の剣なのだが。クレア達の転勤無しの永年勤続を願うばかりである。
エンデアンにいるのは次女のクレエさんね、よし、覚えとこう!
ライトが挨拶をしながら考えていると、クレエは優しい声でライトに話しかけた。
「私もクレア姉さんやクレナから、いつもライト君の噂を聞いてますよぅ。レオニスさんのご自慢の弟でとても賢いお子さんだと、それはもう姉達もいつもライト君のことを褒めてますからねぇ」
「え、いや、そんな……何だか照れるなぁ」
「クレア達は本当にライトのことをよく理解してくれているよな!」
クレエの言葉にライトははにかみながら照れる。
そしてライトのことを褒められたレオニスも、我が事のようにご機嫌だ。
「して、本日はどのような件でエンデアンにお越しで?」
「ああ、今日はちょいとした野暮用でエンデアンに来たんだが。今から昼飯食いに行くんで、クレエのオススメの店があったら教えてくれないか? 他にもエンデアンの名産品とかオススメの土産物屋とかあったらそれも頼む」
「オススメのお食事処と名産品、土産物屋ですね。少々お待ちくださいねぇ」
クレエは手元にあった『港湾都市エンデアン・見所満載観光マップ』を一枚手に取り、そこに載っている名所のいくつかに○や□などのマークをつけていく。
一通り書き終えたクレエは、その地図をレオニスに渡した。
「こちらが私のオススメの場所です。お食事処は○、土産物屋は□で囲んでありますので、お時間があれば是非とも立ち寄ってみてくださいねぇ」
「あ、ちなみにここ港湾都市エンデアンの名産品は、何と言っても新鮮な海産物ですね!ジャイアントホタテは生食でも乾物でも超絶美味ですし、八角ヒトデも珍味としてそこそこ有名ですよ」
「海産物市場もそのマップに載ってますので、新鮮な海の幸をお求めでしたら市場を覗くのが一番良いですよー」
レオニスの要望に、スラスラと淀みなく答えていくクレエ。
長女の次に生まれた二番目だけあって、受付嬢としてのベテラン有能感が半端なくビシビシと伝わってくる。
クレエからマップを受け取ったレオニスは、地図をポケットに仕舞いつつクレエに礼を言う。
「ありがとう。日帰りで帰る予定だが、俺とライト達は途中からそれぞれ行き先が分かれるから、帰る時間帯も別々になると思う。今日の転移門の使用料三人分はこれでよろしくな」
「ありがとうございますぅ♪」
通行料代わりの小粒の魔石を一つ、クレエに向けてそっと差し出すレオニス。
ライトとレオニス、ラウルの三人分の片道使用料としては多めの支払いだが、いつも都市間の移動に使わせてもらっている礼も含まれている。
こうした場面でケチケチするのは心証的にも良くないし、いつも世話になっている相手との良好な関係を築くためにも気持ち多めの礼を出しておくのがベターなのだ。
「じゃ、また後でな」
「はーい、皆さんお気をつけてお出かけくださいねぇー」
クレエに見送られながら、三人は冒険者ギルドエンデアン支部を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クレエに勧められた食事処『海鮮帝ギョカイザー』に入ったライト達。クレエがオススメするだけあって、店内にはたくさんの客がいてかなり繁盛している。
中でもイチオシと思われるメニュー『スペシャルギョカイ丼』を三人とも注文する。
何の刺身かは分からないが、見た目マグロやサーモン、エビ、カニ、ホタテ等々の海鮮がたっぷり盛られた丼を三人して食する。
「美味しーい!」
「おお、やっぱラグナロッツァの海産物とは全然違うな!」
「ああ、地元で捕れたものをすぐに出せるんだから、やはり鮮度抜群で臭みの欠片もないな」
捕れたての美味しい海鮮に舌鼓を打つライト達。
ラグナロッツァでも海産物を食べようと思えば食べられるが、やはり内陸部の都市と海に面した都市ではやはり比較にならない。味も質も、何から何まで全て段違いであることを実感する。
「これは是非とも市場で海鮮を買っていかねばな」
「そうだねー!美味しいお刺身とかマリネとか、ラグナロッツァに帰ってからも食べたいよね!」
「土産代はここに来る前にラウルに渡しといたから、その金で美味いもん買うといい。俺の分もよろしくな」
「レオ兄ちゃん、ありがとう!」
「おう、ご主人様にもまたラグナロッツァで美味いもん食わせてやるからな」
「楽しみにしてるぜ」
昼食を食べ終え会計を済ませた三人は、それぞれに違う方向に分かれて歩いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライト達と分かれて、ラグナ教エンデアン支部に向かうレオニス。
食事処で脱いだ深紅のロングジャケットはまだ着ずに、ぱっと見では普段着のままエンデアン支部に入る。
敷地内に入った後すぐに深紅のロングジャケットを羽織り、再び冒険者モードになるレオニス。
教会の建物のある方に歩いていくと、オラシオンとエンディの姿が見えた。
早速レオニスは二人のもとに近づいていく。
「オラシオン、大教皇、待たせたな」
「レオニス卿、お久しぶりです」
「本日も我がラグナ教の調査のためにお時間を割いていただき、ありがとうございます」
レオニスとオラシオン、エンディが挨拶を交わし合う。
エンディ達の後ろには、ホロ総主教と数人の魔の者達がいた。
「はぁー!ようやくオレ達の故郷の番がきたー!」
「この潮の香り溢れる空気が堪らん!」
「アタシの包帯もこの磯臭い懐かしさを喜んでるわぁー♪」
高原小鬼調理師ガイル、陸蟹塔番人キース、包帯魔女売店店員ミライがキラッキラの笑顔で帰郷の喜びに浸っている。
今回も前回同様、日数に余裕を持っての馬車移動をしたらしい。
前日に到着したラグナ教一行は、エンデアン支部内の建物内部には入れないので外の敷地や馬車内などで寝泊まりしたようだ。
「さ、そしたら早速職員寮の方から見ていくか」
「おーし、そしたらオレが案内するぜぇー!」
「ガイルさん、案内よろしくお願いしますね」
ラグナ教支部の再調査も、三回目ともなれば皆それなりに慣れてきたものだ。
まずはそこまで危険性の高くない、ガイル達下っ端が住んでいた建物から調査に入るレオニス達。
どの部屋も閑散としていて、長らく誰も住んでいなかったせいかかなり埃っぽくなっている。
「ああー、部屋の掃除したいぃぃぃぃ」
「まだ駄目ですよ。当分は誰一人帰れませんからね」
「ぅぅぅ、分かってるけどよぅ……」
「一日も早くお家に帰りたいわぁ……」
寂れた我が家を見た魔の者達が、しょんぼりとしながら帰れないことを嘆く。
そんな魔の者達を、ホロやエンディが心配そうに見つめる。彼らにかけてあげる言葉が見つからず、ホロ達もただただ沈痛な面持ちになる。
この先のことがまだ何も決まっていない今、適当な言葉で慰める訳にはいかないからだ。
「まずは悪魔幹部達の目的を徹底的に調べてからだ。お前達の処遇はそれまで分からんし、俺達にはどうしてやることもでこんが……」
「そうですね。ですが、決して悪いようにはならぬよう、私達も尽力したいと思っています」
「ええ……貴方達もまた悪魔幹部に無理やり連れてこられた被害者ですからね」
「ホロっち、大教皇ちゃん……ぅぅッ、ありがとねん」
ホロやエンディの言葉に、感極まりつつ涙する魔の者達。
というか、普段彼らの世話係となっているホロ総主教はともかく、いつの間にか大教皇までちゃん付けの愛称呼びとなっている。
相変わらず魔の者達の軽さは健在である。
職員寮や司祭の執務室を一通り見た一行は、本丸である教会堂に移動した。
封印魔法をかけたエンディが教会堂の封印を解き、閉ざされていた扉を開く。
オラシオン、ホロ、魔の者達が教会堂に入っていき、エンディ、レオニスと後に続いて建物に入る。
こちらも長期間封鎖されていたせいか、少し埃っぽく感じる。
一番最後に入ったレオニスの様子を、他の全員が刮目しながら見ている。
これまでの再調査の結果、もはや聖遺物探知機と化したレオニス。彼に変化があれば、そこには聖遺物が隠されていると看做して間違いないのだ。
「レオニス卿、如何ですか?」
「ああ、ここにも間違いなく奴等の仕込んだ何かがある」
「やはりそうですか……それはどちらの方から感じられますか?」
エンディの問いに、レオニスは教会堂の真ん中あたりまで進み、ゆっくりと周囲を見回した後に一つの方向を指差す。
それは正面にある祭壇の向かって右側だった。
「……あっちに邪気を感じる」
「皆さん、あちらには何がありますか?」
「あー、あれは地下室に通じる階段があるとこだねぃ」
「……地下室? このエンデアン支部には地下室があるのですか?」
ガイルの答えに驚愕する一同。
エンディとホロまで眉を顰めて驚いているあたり、二人も地下室の存在を知らなかったようだ。
ラグナ神殿のある首都ラグナロッツァから遠く離れた地にあるとはいえ、ラグナ教のツートップですら知らなかった新事実に二人の顔は険しく曇る。
「何十年か前から、こっそり改造し続けてたんだよねー」
「もちろん俺らは入れんで。えりぃと様達だけが出入りを許される場所だからよ」
「ま、アタシ達が入ったところで何されるか分かんないから、アタシ達も絶対に近寄らなかったけどねー」
険しい顔の人間達に比べ、魔の者達は変わらずあっけらかんとした口調で地下室のことを話す。
結局ここでも下っ端には何も明かされてはおらず、蚊帳の外故に重大な秘密など何一つ知らないせいだろう。
地下室への入口手前で、レオニスはホロに向かって話しかける。
「ここからは先はこれまで通り、俺達三人で調査する。総主教は魔の者達を連れて、この教会堂から離れたところで待機していてくれ」
「分かりました。皆様方のご無事をお祈りしております」
「ホロっちに大教皇ちゃん、それに冒険者のあんちゃんもお仕事頑張ってなー!」
「おう、ありがとうよ」
ホロはレオニスに一礼すると、言われた通りに魔の者達を従えて教会堂から離れていった。
わちゃわちゃした魔の者達の明るい声援を受けながら、レオニス達は彼らの退室をしばし待つ。
三人以外誰もいなくなったところで、レオニスが地下室入口の取っ手に手をかける。ここも他支部同様鍵がかかっていたが、物理的な鍵などレオニスの蹴りの前には障子紙にも等しい。
地下室の入口をこじ開けたレオニスが、気を引き締めながら呟く。
「さ、じゃあ行くぞ」
レオニスの言葉を合図に、三人は地下室に入っていった。
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クレア十二姉妹の七人目、次女クレエの初登場です。
レオニスがラグナ教支部の再調査訪れる新しい街も、これが最後の三番目。
新しい街が登場する度に、その地にはクレア十二姉妹の誰かが冒険者ギルド支部の受付嬢をしている訳ですが。残りの五人は果たして出てくる日が来るのでしょうか?
そしてラグナ教の悪魔潜入事件も久しぶりの再調査です。
あまりに久しぶり過ぎて、誰だか忘れ去られてしまったかもしれないオラシオンの解説もちょっと丁寧に書いてみたり。
作中時間では二ヶ月ちょっと、リアル時間=話数にして104話ぶりと、かなり間が開いてしまいました。
前回本当の本気で大ピンチだったので、より万全な対策や準備をするのに結構な期間を要したせいもあるのですが。
基本的に作者は平和な日常生活の方が好きなんですぅ><
でも事件解決に向けて作者も頑張らねば……
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