第436話 パレンの英断
ラウルがクレナとともに執務室から退室し、各種測定を行っている頃。
レオニスはパレンと話をしていた。
「ところでマスターパレン。ラグナ教の再調査の件なんだが」
「ああ、エンデアン行きの件か。レオニス君の準備の方はどうだね?」
「今冬中に済ませたかったプロステスの炎の洞窟の調査も完了したことだし、後はカイ姉に頼んだアクセサリーが出来上がればいつでも行ける。ただ……」
「ンフォ? 何か問題でも起きたのかね?」
少しだけ言い淀むレオニスに、パレンが敏感に察知して何事かと問うた。
「前回のファング支部の時のことで、カイ姉がそりゃもう心配しまくってなぁ……黒水晶のアクセサリーを三つ作るから、それが全部仕上がるまで待てって……」
「ああ、なるほど。それが出来上がるまでは、調査に行こうにも行けんということだな?」
「そういうことだ」
レオニスがふぅ、と小さなため息をつきつつパレンに理由を話す。
ラグナ教の再調査については、前回のファング支部に行ったのが今から約一ヶ月前のことだ。
本来なら一ヶ月も経てば次の調査に出向けそうなものだが、そう簡単にはいかなかった。
まず、再調査対象だったプロステス支部とファング支部。
この両方でレオニスは、宿敵である廃都の魔城の四帝【賢帝】と【女帝】に遭遇した。
このことを考えると、もう一つの調査対象であるエンデアン支部でも【愚帝】もしくは【武帝】と遭遇する可能性が非常に高い。
だが、四帝と遭遇する亜空間は魔法が全く使えない空間であることがこれまでの経緯で判明している。
魔法が全く使えないということは、回復魔法はおろか空間魔法陣のアイテム類さえも使えないということであり、レオニスにとっては非常に厄介かつ危険な場所だ。
特に【女帝】との対戦時には、本当に生命の危機にまで陥りかけたレオニス。エンデアン支部でも遭遇するであろう四帝との対決に備え、亜空間対策をより万全にせねばならない。
そこで対策の要となるのが、アイギス特製のアクセサリーである。
前回の調査でファング支部に行く前に、アイギスに作成依頼を出して作ってもらった八咫烏の羽根と黒水晶のブローチ。
そのブローチの破邪効果こそが、【女帝】との戦闘時に危うく心臓を貫かれそうになったレオニスの身を守ってくれたのだ。
だがその破邪効果を持つブローチは、八咫烏の羽根はボロボロになり黒水晶も粉々に砕け散って使い物にならなくなってしまった。
レオニスがエンデアン支部に向かうにあたり、新たな破邪効果付きのアクセサリーを用意しなければならない。
「で、その新しいアクセサリーはいつ頃出来上がるのだね?」
「こないだアイギスに行った時には、二つ目のアクセサリーがもうそろそろ出来上がるって話だったが……三つ目は剣帯を新調することになってな。出来上がりまでに一ヶ月くれって言われたんで、早くても三月半ばくらいまで待たなきゃならん」
レオニスの話によると、アイギスで作成する破邪効果つきの装備品は三つ。
一つ目は前回と同じくブローチ型のアクセサリー、二つ目はベルトのバックル、三つ目は背中に背負う大剣の剣帯だという。
「ふむ。そしたら今のうちに、ラグナ教側に三月半ば以降にエンデアン支部調査を行う旨を通達しておこう」
「すまんな、少しばかり待たせることになる」
「いやいや、何のこれしき。美しきアイギスの三女神達の御加護を得るためだ、それくらい待つのも当然であろう」
「ああ。カイ姉達も俺の身を案じてやってくれていることだから、強く急かす訳にもいかなくてな……」
パレンはレオニスの装備品が出来上がるまで待つことを快諾する。
レオニスは廃都の魔城の四帝全てと渡り合える数少ない強者、現時点で人類側最強の切り札である。そのレオニスでさえ、前回の調査時に絶体絶命の危機に追い込まれたのだ。
パレンとしても、これ以上レオニスの身を危険に晒したくない。そのためにも、前回の装備品以上のものを用意することの重要性をパレンも重々理解していた。
「では、レオニス君の準備が出来次第エンデアンに向かってくれたまえ。そのための準備なら、多少の月日が経過しても構わん。ラグナ教の再調査も大事だが、レオニス君の身の安全も重要だからな」
「ありがとう。装備品の出来上がりの目処がついたらまた連絡する」
「そうしてくれたまえ」
本来ならラグナ教の再調査も急がねばならないところなのだが、調査に向かうレオニスの身も案じるパレン。
部下の安全にも十全に配慮するパレン、さすがは正義の人である。
そんなパレンの心遣いに、ただただ感謝するレオニスだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
レオニスとパレンの会話が一段落した頃、執務室の扉が二回ノックされた。ラウルとクレナが執務室に戻ってきたのだ。
ゆっくりとお茶を飲んでのんびりしていたレオニスが、入室してきた二人に声をかける。
「よう、二人ともお疲れさん。冒険者登録の方は無事できたか?」
「それが実はまだでして。ギルドカード発行の前に、マスターパレンに指示を仰ぎたい件があり戻ってきた次第です」
「ンフォ? 何だね?」
「えーと。ラウルさんは妖精さんですので、ジョブをお持ちではないそうでして……」
「「……ぁー……」」
クレナの説明に、レオニスとパレンが問題点を即座に理解した。
早速レオニスがパレンに向かって問いかける。
「なぁ、マスターパレン。ジョブってのは冒険者登録に絶対要る必須条件なのか?」
「うーむ……我々人間は神殿でジョブを得て、それぞれに適した職に就くのが常識中の常識であるからなぁ……」
「つーか、そもそも妖精ってジョブ適性判断を受けられるもんなのか?」
「人族以外だと、獣人族や竜人族などもジョブ適性判断を経て何らかのジョブを得ているはずだが……妖精族はさすがに分からん、何しろ冒険者登録という事例からして全く前例がない」
「だよなぁ……」
「「……ンーーー……」」
レオニスとパレン、二人して上下左右に首を捻りながらうんうんと唸り続ける。
妖精が冒険者登録を申請するのも初めてならば、ジョブを持たない者が冒険者になることも前代未聞である。
全く前例の無い事象相手に、二人が必死に考え込み苦心するのも無理はなかった。
そしてしばらくの後、先に口を開いたのはレオニスだった。
「クレナ、ラウルの魔力測定や攻撃力測定の方はどうだった? そっちの方はもう済んでるんだよな?」
「はい。魔力測定では『魔力量莫大』に、赤、青、緑、茶の四色の属性を確認。攻撃力測定につきましても『人形を粉々に破壊』という最高結果が出ております」
「そうだよな。ギルドカード発行前に確認したいことがあるってくらいだから、技量の測定自体に問題はないんだよな?」
「はい。測定結果につきましては、文句なく合格点です」
クレナに二種の測定結果を尋ねたレオニス。
レオニスの予想通り、どちらも冒険者登録に十分な資格があることが分かった。
その結果を聞き、しばらく考え込んだレオニスは改めてパレンに向かって話しかけた。
「……なぁ、マスターパレン。ラウルにジョブ無しのまま冒険者登録させてやってみてくれないか」
「ほほう、レオニス君がそう考える根拠はなんだね?」
レオニスの言葉に、パレンの爽やかな糸目が再び鋭い光を伴う。
「俺がそう考える理由は二つ。まずは実験というか、試験的な意味合い。前例がないならば、これを機に『ジョブを持たない者でも、登録基準を満たせば冒険者としてやっていけるかどうか』を観察してみるのも有意義なんじゃないか? 」
「ふむ……前例がないなら今その前例を作ってしまえ、ということか。確かに良い機会ではある」
「まぁラウルは妖精だから、人間と違っていろいろと特殊な面もあるが。それでもあんた達冒険者ギルド側にとって、貴重なデータの一例になることは間違いないだろう」
レオニスの語る一つ目の理由に、パレンは小さく頷きながら考え込んでいる。
確かにレオニスの言う通りで、前例がないという場面は裏を返せば『今までになかった前例を作る絶好の機会』でもある。
今回のラウルの冒険者登録をきっかけに、ジョブがなくても能力さえ満たせば冒険者としてやっていけるかどうかを観察していけるのは、冒険者ギルドとしても有益であることは間違いない。
「そしてもう一つ。どちらかというとこっちの方が俺的には重要なんだが……単純にラウルにジョブ適性判断を受けさせたくない」
「ンフォ? それは何故だね?」
「ジョブ適性判断を受けるには、ラグナ神殿の水晶の壇に行かなきゃならん。そしてあの場所には、負の状態の聖遺物がある」
「!!」
レオニスが言うもう一つの理由に、パレンの表情が一気に強張る。
ジョブ適性判断に対して、レオニスが抱く最大の懸念。それは水晶の壇の背後に祀られている【深淵の魂喰い】という聖遺物の存在であった。
「あの水晶の壇ではかつて俺も魔力を食われたし、ライトだって倒れてから三日も意識が戻らなかった」
「あの場所で具合が悪くなる者の共通点は『魔力が高い者』だ。魔力が高い者なら必ずぶっ倒れるという訳でもないらしいが、少なくとも俺とライトが酷い目に遭ったのは事実だ」
「そしてラウルもまた、種族特性なのか魔力がかなり高い。何なら俺よりも魔力量は多いかもしれん」
「あの水晶の壇の後ろに置かれている【深淵の魂喰い】……妖精族に対しても害意を剥き出しにしてくるかどうかは分からんが」
「できることならラウルを近づけさせたくない。何か起きてからじゃ遅いし、負の呪物と分かりきっているものにわざわざ近寄る必要もない」
レオニスの言うことは全て正しい。
ラグナ教の他の支部で新たな聖遺物を発見したことで、今ではそれらは廃都の魔城の四帝が仕掛けた悪辣な罠だと判明している。
かつてレオニスもライトも、あの水晶の壇の前で体調を崩したことがあった。その原因は間違いなく祭壇に祀られた【深淵の魂喰い】が元凶である。
そのことを考えると、レオニスと比肩するほどに魔力量が多いラウルも水晶の壇に近づけば危害が及ぶ可能性は十分にある。
また、今のラウルは魔力も物理攻撃も強い力を持ち、ジョブという要素を持たずとも冒険者になる資質を十二分に備えている。
現時点で既にジョブ無しでもやっていけることが分かっている以上、危険を犯してまでジョブ適性判断を行うメリットなどどこにもないのだ。
むしろ、百害あって一利なしの負の聖遺物に自ら近寄る方が馬鹿らしく思える。
まさしく『触らぬ呪物に祟りなし』である。
レオニスの意見を全て聞き終えたパレンが、徐に口を開いた。
「ふむ、レオニス君の言うことは尤もだな。我々は今まで『ジョブは持ってて当たり前』という固定概念に囚われ過ぎていたのかもしれん」
「ラウル君は妖精で、我々人族とは何かと異なる面も多かろう。だが、レオニス君の言う通り、前例がないなら新たに事例を積み重ねて実証していけばいいだけのことなのだ」
「幸いにして『ジョブを持たない者は冒険者登録できない』という決まりもない。まぁこれは『ジョブを持ってて当たり前』という大前提があった故に明文化されていないだけ、とも言えるが」
レオニスの意見に賛同するパレン。
パレンもまた新たな試みを積極的に受け入れることのできる、柔軟な考え方を持った指導者なのだ。
「……よろしい。では冒険者ギルド総本部マスターの権限において許可する。ラウル君、君はサイサクス史上初の妖精族の冒険者だ」
「「……ッ!!」」
偉大なる指導者の英断に、その場にいたレオニスとクレナは息を呑む。
ジョブを持たない妖精が、人族の営む冒険者という制度の一員に加わる。正真正銘サイサクス史上初の出来事である。
妖精族の冒険者誕生という、まさに世紀の瞬間に立ち会ったレオニスとクレナ。顔にこそ出さないが、二人の胸の内には熱いものが込み上げる。
だが、そんな熱い思いに満ちた空気を一切読まない者がここに一体。
「おお、ようやく俺の冒険者登録可能が認められたか。ぃゃー、思った以上に時間食ったな!そしたらサクッとギルドカードの発行手続きしてくれ」
「ラウル、お前ね……今せっかく俺達が感動に満ちているところだってのに……」
レオニスが感慨に浸るも、ラウルの気軽な催促により台無しである。
相変わらず空気を読まないラウルに、ジロリンチョ、という視線を向けるレオニス。
そんなレオニスの恨めしげな視線などどこ吹く風のラウル、ご機嫌な声でレオニスに話しかける。
「ン? そうなのか? まぁ俺の冒険者登録完了を喜んでくれてるってんならありがたいことだが」
「それより早くギルドカード発行してもらおうぜ!俺もそろそろ晩飯の支度しに屋敷に戻らなきゃならんし」
「……ぃゃ、ここはいっちょご主人様に、俺の冒険者登録完了祝いとして盛大に奢ってもらうか!」
相好を崩しながら明るく声高に語るラウルに、レオニスの表情もだんだんと和らいでいく。
最後は小さなため息とともに、フフッ、と失笑しながらラウルの願いに応える。
「そうだな。ぼちぼち晩飯の時間も近いしな。冒険者デビュー祝いはまた今度してやるから、今日は早いとこ屋敷に帰るか」
「おう!今すぐギルドカード発行してもらってくるから、もうちょい待っててくれ。何ならご主人様は大広間で待っててくれていいぞ」
「はいはい。じゃあクレナ、すまんが早速ラウルにギルドカードを発行してやってくれ」
「分かりました。ではラウルさん、行きましょう」
「おう!」
果てしなくご機嫌な声のラウルに、クレナもにこやかに微笑む。
クレナの案内で再び執務室を退室していくラウルの後ろ姿を、レオニスとパレンは温かく見守っていた。
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ラウルの冒険者登録、ようやく完了しそうです。
ぃゃー、まさかラウルが冒険者登録するのに三話もかかるとは夢にも思わず_| ̄|●
とはいえ、拙作における冒険者登録手順の初登場ということもあって、そこら辺のシステムや詳細を解説描写する必要があった、という事情もあるのですが。
その上ラウルは妖精だから、ジョブ無しと合わせてダブルの前代未聞案件なんですよねぇ。ダブルの史上初案件な訳で、これはレオニスやパレンも悩みに悩み抜いても致し方なしかと。
……ま、そこはほら、アレですよ。『常識は破るためにある』というヤツですよね!……ということにしといてください!(º∀º) ←開き直り
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