第435話 魔力測定と攻撃力測定

 ギルドマスター執務室を出て、測定室に向かうクレナとラウル。

 クレナの案内で、まずは一階の小さな一室に入った。

 部屋の中には大きめの机があり、その上には人の頭ほどもある水晶玉が置かれていた。

 クレナは机の向こう側に回り、水晶玉を挟んでラウルと対面する位置に立つ。


「説明いたします。この水晶玉に、ラウルさんの手をくっつけてください。手のひら全体をぺたーっと全部つけるように」

「そうすると、この水晶玉がラウルさんの魔力に反応して発光します。その発光の強弱や色で魔力の多寡や属性を判断します」

「では、どうぞ」


 こんな感じか? そうですそうですぅ、などと二人でやり取りしながら、ラウルは水晶玉に手を触れた。

 触れたというより、思いっきり鷲掴み状態で水晶玉を握るラウル。ガシッ!と水晶玉を掴むラウルの、何と男らしく豪快なことよ。

 それから程なくして、水晶玉から強烈な光が放たれた。そのあまりの眩しさにクレナは思わずキャッ!と小さな悲鳴を上げつつ、目を瞑ったまま手に持ったファイルで顔を覆い隠す。


「こ、これでは眩し過ぎて水晶玉が見えないので……ラウルさん、水晶玉から一度手を離してくださいッ」


 クレナの指示通り、ラウルはすぐに水晶玉から手を離した。

 ラウルが手を離すと、水晶玉の光もスーッと消えていく。

 水晶玉の光が完全に消えたところで、クレナが驚いたような声を洩らす。


「はぁー……こんな強烈な光を見たのは久しぶりのことですぅ」

「そうなのか?」

「ええ、さすが妖精さんだけのことはありますねぇ。もし事前に知っていなければ、とても普通の人間とは思えない量ですよぅ」


 確かに先程の光は、部屋全体が強烈に照らされていた。

 もしこれが人間のものだとしたらとんでもない魔力量だが、人外である妖精ならば高い魔力量を持っていても不思議ではない。

 クレナは改めてラウルに指示を出した。


「魔力量が多いどころか莫大なのは分かりました。そしたら今度は、指一本だけで水晶玉に軽く触れてみてください」

「ぺたーっとくっつけなくていいです、なるべく指先だけで軽ーく触るようにしてくださいね」


 再びクレナの指示に従い、今度は人差し指だけを使って水晶玉をちょこん、とだけ触るラウル。

 すると水晶玉の中から再び光が発生してきた。今度は先程のような強烈な光ではなく、水晶玉の中心部にいくつかの色が浮かび上がっているのが見える。


「赤、青、緑、茶、ですね……ふむふむ……四色も同時に浮かび上がるとは、さすが妖精さんですぅ」


 ぶつぶつと呟きながら、測定結果を申請書類に書き込んでいくクレナ。


「色が多いと良いことあんのか?」

「発生した色は、その人が持つ属性を示します。今確認できた四色、赤は火、青は水、緑は風、茶は地。ラウルさんはこの四つの属性をお持ちということですね。人間ですと普通は一種類、良くて二種類。三種類以上も持っていれば、それこそ天才扱いですよ」

「おお、そうか。なら俺は天才ってことになるな」

「あくまでも人間の場合は、ですがね……でもやはり、先程の魔力量に加えて四つも属性をお持ちということは、それだけでも十分すごいことだと思いますぅ」


 水晶玉を布巾で軽く拭きながら、先程の測定結果の解説をするクレナ。

 四つの属性が同時に出ることは、ものすごく珍しいことらしい。

 三つ以上なら天才扱いと聞いたラウルがフフン☆とばかりに胸を張るも、そこはクレナに『あくまでも人間の場合』と釘を刺されてしまう。


「さ、では次に攻撃力測定を受けていただきます。部屋を移動しますので、ついてきてください」


 クレナの案内で魔力測定室を出て、攻撃力測定室に向かう。

 魔力測定室の隣にあるその部屋には、中央に一体のマリオネットのような人形が立てられていた。


「あそこにある人形を、拳もしくは剣などの武器を用いて攻撃してください。こちらは物理攻撃の資質を判定するためのものですので、魔法攻撃は一切無しです。武器をお持ちでなければ、あちらの壁にかけてある武器類をお貸しすることもできますが。如何いたしますか?」


 クレナがこの攻撃力測定室の概要を説明していく。

 先程の魔力測定室が魔法職の資質を問うためのものならば、この攻撃力測定室は物理職の資質を問うもののようだ。

 そのため攻撃手段は素手の拳、もしくは剣などの武器を用いた物理攻撃のみらしい。

 武器を持っていない者に対し、武器の貸出もあるようだ。クレナが手で指した方の壁には、短剣や長剣、槍に爪、斧や大鎌といった様々な武器が立て掛けられていた。


「武器は使ったことないんで、今日のところは素手でいい」

「分かりました。では、人形に向けて攻撃を開始してください」


 壁にある様々な武器を一瞥することなく、己の手を握り開きしながら部屋の中央に立つ人形を見据えるラウル。

 人形の前に立つラウルは、握りしめた右の拳を振りかぶり渾身の一撃を繰り出した。


「……うわぁ……」


 部屋の端の一角で見ていたクレナが、思わず小さな声で呟く。

 ラウルの一撃を食らった人形は、その原型を全く留めないほどに見事に粉砕されていたからだ。

 クレナはその一角にあるカウンター上にある、何らかの装置のボタンを押す。

 すると、粉々に砕け散った木片のように見えた物体が瞬時にテロン、と溶けたではないか。

 その溶けて液体のようになった破片は、勝手に部屋の真ん中までスススー、と集まっていく。

 一ヶ所に集まった液体は再び人形の形となり、硬化して元通りに復活した。


「何だコレ……木じゃなくて、スライムで出来ているのか?」

「その通り、この人形はスライムのべたべた成分で出来ています」

「さっき殴った感じではかなり硬かったぞ?」

「もちろん硬度もかなりのものです。人形形態の時にはそこら辺の鉄なんかよりよほど頑丈ですよ?」

「ふーん。冒険者ギルドってのは面白いものを持ってるんだな。どういう作りなんだ?」


 ラウルの推察通り、この測定用の人形はスライムで出来ているという。

 人形の見た目や硬さからは全く想像もつかないからくりだ。

 本来ならぷよんぷよんに柔らかいスライムが、そこら辺の鉄より硬くなるという。その秘密にラウルが興味を示すも、クレナはやんわりと回答をぼかす。


「そこはまぁ、企業秘密の特殊仕様というものでして。先程のように粉々に壊されても、スライムの復元能力で直すことができるんですよー。測定時に壊れたり傷んだりする度に、買い替えたり作り直すのも手間やら費用が嵩みますしねぇ」

「そうなのか。まぁな、考えてみればそうだよな。測定の度にいちいち買い替えたり直してたら大変だもんな」

「そういうことですぅ。もっとも、少し力が強い程度ではこの人形に傷一つ負わすことなどできないんですけどね」


 クレナは申請書類に書き込みしながらラウルと雑談している。

 先程の測定結果を詳細に記載しているのだろう。


「先程あれだけ強い魔力が測定されたから、ラウルさんはてっきり魔法職向きなのかと思いきや。物理職でも十分やっていけますねぇ」

「そうなのか? まぁな、魔法も使えるに越したことはないが、敵を倒すだけなら拳一つで済ませる方が楽っちゃ楽だな」

「何だかレオニスさんが言いそうなことを仰いますねぇ……雇い主に似てしまいましたか?」

「何ッ!? ご主人様の脳筋が俺にも移ったってのか!?」


 ラウルの言い分は、そっくりそのままレオニスが言いそうなことだ。

 それをクレナに指摘されたラウル、ガビーン!と思いっきりショックを受けた顔をしている。

 だが、程なくしてその衝撃顔は穏やかな笑顔に変わる。


「……まぁな。ご主人様に拾われてから十年近くも経てば、多少は似るのも仕方なかろう。それに……」

「あのご主人様なら、似ていると言われるのもそう悪くはない」


 カタポレンの森の中で赤闘鉤爪熊に襲われて、ズタボロにゃんこ同然だったラウル。そのラウルをレオニスが偶然見つけて拾い、ラグナロッツァの屋敷に住まわせるようになってから早十年が経とうとしている。

 それだけ長い間主従関係を続けていれば、思考回路が似通うようになってもおかしくはないだろう。


 それに、先程ギルドマスター執務室にてレオニスが垣間見せた、ラウルに対する思い遣り。

 自分の行く末をそこまで案じてくれていたことを知ったラウルは、今まで以上にレオニスへの感謝の念を深くしていた。

 雇い主に似ている、と言われてちょっぴり嬉しそうな表情のラウル。クレナは少しだけ書く手を止めながら、優しい眼差しでラウルを眺めていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「さて。魔力測定と攻撃力測定はこれで完了です。お待たせいたしました、ではギルドカードの発行に行きましょう」

「何やら随分書き込んでいたようだが」

「そうですねぇ、何しろ今回は当ギルド初の妖精さんの冒険者登録ですからねぇ。それはもう書くことがたくさんありまして」


 申請書類に書き込みを終えたクレナが、ようやく声を発した。

 随分と熱心に書き込んでいたので、ラウルは自己修復機能で復元した人形を触ったり、壁に立て掛けられた武器類を一つ一つゆっくりと眺めながらクレナの指示を待っていた。


 測定では具体的な数値が出る訳ではないので、測定に付き添ったギルド職員がその時の事象を主に所感として備考に書き込むのが慣わしなのだが。ラウルの規格外っぷりを目の当たりにし、書き込むことも多かったのだろう。


 攻撃力測定室を出て、クレナの案内でギルドカード発行装置のある事務室に向かう。

 廊下を歩きながら、クレナとラウルは雑談を交わす。


「これだけ物理攻撃が強ければ、物理職としても十分やっていけるとは思いますが……あの魔力量と四属性もの適性があれば、魔法職でも名を馳せることが可能でしょう」

「俺は人族の仕組みはよく分からんのだが。物理職とか魔法職って、俺が選べるもんなのか?」

「普通でしたら、神殿でジョブ適性判断を経てジョブを得るのが通例なのですが……って、そういえば。ラウルさんは、ジョブをお持ちですか?」

「ジョブ? うん、そんなもんは持ってない。というか、そもそもそのジョブってのは一体何だ?」

「ですよねぇー……妖精さんがジョブを知ってる訳ないですよねぇー」


 ラウルと話しているうちに、クレナはラウルがジョブを持っていないことに気づく。

 そういえば、と申請書類に改めて目を通すも、記入事項の一つであるジョブ欄は空欄のままだ。

 プーリアという謎の種族名から始まった、ラウルの妖精カミングアウト騒動。あまりにも衝撃的なその騒ぎにすっかり気を取られていて、記入漏れなど目に入らなくなってしまっていた。


 そしてラウルは当然の如く、ジョブシステムなどというものを知らない。人族が用いるジョブシステムを、妖精であるラウルが知っている訳がないのだ。

 そうした事情を瞬時に察したクレナは、改めてラウルに向けて様々な解説をしていく。


「ジョブというのは先程も申しました通り、ラグナ教の神殿にて行う適性判断を経て得られる職業のことを言います」

「人族は皆、十歳を過ぎたら神殿でジョブ適性判断を受けて、そこで提示されたジョブの中から最も自分に合うと思うものを選ぶのです」

「そして自分で選んだジョブをもとに、その後の将来がほぼ決まります。例えばジョブ適性判断で【剣士】【闘士】などが出れば物理職系の冒険者や用心棒に、【魔法使い】【魔導師】などが出れば魔法職系の冒険者や研究者になったりできます」

「もちろんジョブとは何も冒険者ばかりを目指すものではありません。選んだジョブが【治癒師】ならば診療所や神職、【調合師】ならば薬師や薬店、【鍛冶師】ならば鍛冶屋を営むといった、様々な道があります」


 クレナが『ジョブとは何ぞや』というラウルの疑問に対し、懇切丁寧に解説していく。

 そしてジョブの説明が一通り終わったところで、ちょうどギルドカード発行の事務室の前に辿り着く。

 だがここでクレナがはたと悩み、扉の前で立ち止まる。


「冒険者向きのジョブを得て、そのまま冒険者を本業にする場合ですと、ジョブの特性を活かしつつ冒険者としての経験を積んでいく、というのが常なのですが……妖精さんでもジョブって得られるのですかねぇ?」

「さぁなぁ……すまんが俺にはそこら辺全く分からん。だが、そのジョブとやらを持っていないと冒険者になれないのか?」

「んー……これもまた前代未聞のことですので、一職員である私からは何とも……」


『ジョブも持たずに冒険者になる』、実はこれもまた種族問題同様に全く前例のない史上初の出来事である。

 そんな史上初の事例に関する判断を、とてもじゃないが受付嬢であるクレナが一存で決められることではなかった。

 口元に手を当てながら悩んでいたクレナ。つい、と顔を上げてラウルを見つめながら徐に口を開いた。


「すみませんが、ギルドカード発行の前にもう一度ギルドマスターに指示を仰ぎにいってもよろしいですか?」

「ああ、別に構わん。俺はあんたの指示に従うだけだ」

「ありがとうございますぅ。では早速ギルドマスターのもとに参りましょう」


 事務室の扉の前で立ち尽くしていたクレナとラウル。

 二人は事務室に入ることなく、踵を返してギルドマスター執務室に向かっていった。





====================


 冒険者登録のために必要な、魔力測定と攻撃力測定。

 今回初登場のシステムですが、まぁいわゆる検定試験のようなものですね。

 魔力測定でラウルが出した属性色、赤青緑茶の四色。それ以外にも光属性の金色や闇属性の黒などがあります。

 でもって、その次の攻撃力測定。こちらは純粋に打撃力=攻撃力の有無の判定です。

 高い魔力もしくは高い攻撃力、どちらかひとつでも適性があればとりあえず冒険者登録はできます。それこそジョブが【掃除の達人】だろうが【マタギエンペラー】だろうが、基準さえ満たせば登録OK!

 冒険者を本業としなくても冒険者登録することができるので、副業で週一程度の頻度で依頼を受ける人も多いのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る