第350話 魔術師ピース・ネザン

 レオニスの口から語られた衝撃の事実。

 ライトの目の前にいる年若い魔術師は、何と魔術師ギルドの総本部マスターにして稀代の天才大魔導師フェネセンの一番弟子だという。


 その魔術師の名は、ピース・ネザン。

 向かって右側に緩く三つ編みにした赤茶色の長い髪に、黄金色の瞳。目尻とこめかみから頬に向けて、流線型の赤茶色の模様が左右対称で入っている。

 ぼやけたような線ではなく割とくっきりとした模様に見えるので、痣や傷痕の類いではなくフェイスペイントもしくは刺青だろうか。

 その模様や髪と同じ赤茶色のロングローブを、ゆったりと着こなしている。魔法使い特有のとんがり帽子も被っていて、全てお揃いの色だ。

 背丈はあまり高くなく、ライトより頭一つ分大きい程度か。


 見た目は本当に二十歳前後か、何なら十代後半と言われても信じるくらい童顔寄りの整った面立ちだ。

 だが、その年齢で魔術師ギルドの頂点たる総本部マスターに就けるとは到底考えられない。おそらくはラウルやマキシ同様、見た目と中身が人族の基準とは全く異なるタイプだろう。


「フェネぴょんに弟子がいたんだね……ぼく知らなかったよ」

「ン?フェネぴょん、とな?しかしてそれは、我が師フェネセンを指してそのように呼んでいるのかね?……もしかして、君は―――」


 ピースの黄金色の双眸が鋭く光り、ライトをじっと見据える。


 え、もしかして自分の師匠がそんな呼ばれ方してるなんて言語道断!この不届き者め!とか怒ってる!?どどどどうしよう、フェネぴょんにそう呼べって言われたからそう呼んでただけなんだけど……

 ライトは内心慌てつつも、とあることをはたと思い出す。



『ああ、でもよくよく考えたらフェネぴょんって【稀代の天才大魔導師】だったっけ……』

『あんなに騒がしくて突拍子もなくて行動力あり過ぎて、でも気さくで愛嬌たっぷりで、ちょっとだけ泣き虫で……可愛いところもたくさんあるから、つい忘れがちだけど』

『魔術の腕は正真正銘本物で―――世界で一番強くて偉大な大魔導師なんだよね』



 そう、もともとレオニスの友達でラウルとも知り合いで、ライトに対しても親しくしてくれるフェネセンだが、彼は世界屈指の実力を誇る天才大魔導師だ。

 本来なら宮廷魔導師や魔術師ギルドの幹部等、国の中枢で重要な役割を担っていてもおかしくない人物なのだ。


 ああ、そんな大事なことも忘れてたなんて、俺って駄目だなぁ。フェネぴょんを師と慕うお弟子さんにしてみたら、俺すんげー無礼者だよね。

 フェネぴょんのことは、これからは外ではきちんと『フェネセンさん』と呼ぼう。今からじゃもう遅いかもしんないけど―――


 そんなことをつらつらとライトが俯きつつ考えていると、ピースがライトの顔を覗き込んできた。


「……そうか。君が、我が師が仰っていた『ライトきゅん』だね?」

「あ、はい、そうです……フェネセンさんとは、レオ兄ちゃんのお友達ということでぼくも仲良くさせてもらっていt」

「あー、やっぱりぃー!?」

「!?!?」


 両手をパン、と叩き合わせて、パァッ!と明るい笑顔で嬉しそうに破顔するピース。

 その突然の変貌に、ライトは困惑する。


「ぃぇね?君の噂は我が師が旅立つ前から予々かねがね聞いておったのよ。レオちんの養い子で、とっても賢くて可愛くて優しくて、とにかく素晴らしい男の子だって。そりゃもうベタ褒めの大絶賛してたんだから!」

「そ、そんな、それは褒め過ぎですよ……」

「ぃゃーん、こんなところで噂の『ライトきゅん』に会えるなんて、ピィちゃん嬉しいッ!」

「……ピ、ピィちゃん??」


 ライトとの邂逅を果たしたピース、頬に手を当て高速でクネクネしながら全身で喜びを表す。その高速クネクネの舞いは、どこからどう見てもフェネセンのそれと全く同じである。

 まさにこの師匠にしてこの弟子あり、このピースという魔術師は間違いなくフェネセンの一番弟子であることをライトは確信した。


「そそ、小生の愛称は『ピィちゃん』だからね、君も是非ともそう呼んでちょうだいねッ!」

「え、えーと、ピィちゃん……ですか?」

「うん!……あ、『ピーたん』はダメよ?何でだか小生もよく分からんのだけどね?その呼び名だと、どーーーにも食べられそうな気がして落ち着かんのよ。ホント、何でなんだろね?」

「ピータン……そ、そうですねぇ、それはダメかも……ハハハ」


 確かにその響きは、まんま皮蛋ピータンだわなぁ……とライトは顔を引き攣らせつつ内心思う。このサイサクス世界に、前世におけるあの癖の強い皮蛋が存在するのかどうかは定かではないが。


 そんな会話をしていると、レオニスが二人に声をかけてきた。


「ピース。もっとたくさん話したいところだが、今はお前も忙しいだろ。また今度会ってゆっくり話そう」

「あ、そうだね。このお店すごい人気あるみたいだから、呪符を売る邪魔になっちゃうもんね」

「ンー?そんなのキニシナイ!でもいいのにー。……でも、そうだねー、こんなところで立ち話続けるのも何だしねー。そしたら今度近いうちに、二人で魔術師ギルドに遊びに来てよ!小生不本意ながら総本部マスターなんてもんやらされてるから、魔術師ギルド来てくれればだいたいいつでも会えるし」


 レオニスの言葉はもっともなものだった。

 ただでさえ混雑している祭りの中で、特にこの魔術師ギルドの出店は人気が高く、呪符を買い求める人で常に溢れ返っている。

 そんな中でお店の最高責任者?と長話なんてしていたら、お店側や他の客にとんでもない迷惑がかかってしまうことは明白だ。


「ささ、そしたら二人ともせっかくこうしてお店に来てくれたんだし、良かったらうちのギルドの自慢の呪符達を是非とも見ていって!」

「はい!そうします!」

「あ、レオちん、何なら呪符の一万枚くらい買っていってくれてもええのよ?レオちんならそれくらい余裕よね?」

「この場にそんな大量の在庫ねぇだろ……あっても全部なんて絶対買わねぇけど」

「レオちん相変わらずつれないねッ!」


 仲良さげなレオニスとピースはひとまず置いといて、再び呪符を見にラウル達のもとにいくライト。


「ラウルやマキシ君が欲しい呪符はあった?」

「んー、俺は『家内安全』でも買っとくかな。屋敷の厨房と玄関に一枚づつ貼り付けておこう。本当は『料理のアイディアが閃く呪符』とか『包丁捌きが倍速になる呪符』とかありゃいいんだが」

「そんなの欲しがるのはラウルだけでしょ……マキシ君はどう?」

「僕は『悪霊退散』を買っておきます。もうないとは思うけど、また穢れに似たようなものが寄ってきたら追い払えるように……」

「それはいいかもね。それを持っていればマキシ君も安心できるだろうし」


 ラウルとマキシはそれぞれに欲しいものを決めたようだ。

 ライトも何かいいものあるかなー、と卓上を眺めてみる。


 地水火風光闇の基本六属性の初級魔法かー、このサイサクス世界の魔法の威力ってどんなもんだろう?そこら辺知るために、セットの方を買ってみるのもいいかもしれないな。

『集中力持続』かぁ、受験勉強向け?あーでも俺もそのうち職業習熟度上げで無限ルーティンワークしなきゃならん時が来るし、そういう時に使えるかも!

『虫除けの結界』?虫除け如きに結界なんて貼っちゃうの?まぁでもこのサイサクス世界の虫ってビッグワームが標準だから、確かに普通の人が出くわしたり襲われたらシャレなんないから護身用にはアリなのか。

『恋愛運向上』、女の子達が好きそうなアイテムだ。……ぃゃ、女の子じゃなくともうちのレオ兄にこそ必須アイテムなのでは!?


 あれこれ悩んだ末に、ライトが購入を決めたのは『基本六属性初級魔法セット』『集中力持続』『歌が上手くなる!発声発音補助魔法』を各三個づつである。

 魔術人形ゴーレム2号と3号がレジ係を務める会計の列にラウル達と並び、それぞれ支払いを済ませていく。

 ちなみにラウルは『家内安全』『虫除けの呪符』『鳥避けの呪符』を数枚づつ、マキシは『悪霊退散』を二枚購入したようだ。

 買い物を無事終えた三人は、レオニスのもとに戻る。


「レオ兄ちゃん、お待たせ!」

「呪符の店って初めて見たが、なかなかに面白い品揃えしてるな」

「僕も買ったのは少しだけですけど、いろんな呪符を見ているだけでも楽しいものですね!」


 三人とも買い物を楽しめたようで、それぞれ笑顔になる。

 その笑顔を見て、レオニスやピースも笑みが溢れる。


「そうか、そりゃ良かったな」

「うんうん!皆楽しめてくれたようで何よりだね、小生も嬉しいよ!」

「じゃ、ぼちぼち行くか。ピース、忙しいところを邪魔して悪かったな」

「いんにゃ、そんなことないよぅ!レオちん、さっきの約束忘れないでね!今月中には必ず魔術師ギルドに遊びに来てね!」

「え?今月中?今年中とかじゃなくて?」


 そろそろ魔術師ギルドの店を出ようとした一行に、ピースが先程の約束『ライトとレオニス、二人で魔術師ギルドに会いに来る』をくれぐれも守るよう、レオニスに念押しする。


「えー、やだなぁ、レオちんてば何言ってんの?今年なんてこないだ始まったばかりだよ?」

「そりゃそうだけどよ……ライトは今ラグーン学園に通ってるから、学園が休みの土日祝日にしか行けんぞ?」

「うぃうぃ、土日祝ね、いつでもうぇるかむかもーんッ!土日祝日は仕事入れずにお菓子用意して待ってるねッ」

「ちょ、お前、それ絶対にギルドマスターがしちゃダメなやつだろ……」

「えッ、ダメ?……むーん、ンじゃ執務室に篭って書類仕事に埋もれながらおとなしく待つことにするぅ」


 それはもうにこやかな笑顔で、人目を憚ることなく堂々と仕事をサボる宣言をするピース。さすがにレオニスが半ば呆れ顔で軽くツッコミを入れると、ピースは軽く口を尖らせながら不承不承といった様子で折れる。

 なかなかに軽いノリで破天荒なことを言い出すこの魔術師、ますますもって師匠にそっくりな言動である。


 ピースとはまた後日魔術師ギルドにて再会する約束を交わし、四人は魔術師ギルドの店を後にした。





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 魔術師ギルド謹製の呪符。その効果や価格は様々で、50Gから1000Gとピンキリです。

 お祭りで販売しているものは100G程度のお手頃価格な品も多く、1000G以上の高価かつ複雑もしくは専門的なものは魔術師ギルドで直接買うか、もしくはオーダーメイドで作成依頼することも可能です。

 ライトが購入した六属性初級魔法セットの威力は、また後日どこかで出てくる予定です。果たしてそれがいつになるかは分かりませんが。


 ちなみにラウルが購入した『鳥避けの呪符』。これはラウルがラグナロッツァの屋敷の敷地内で家庭菜園を近々始めるつもりで、その準備として買ったものです。まだ家主レオニスの許可も取っていませんが。

 ですが、鳥避けの呪符なんて代物を購入するのを見た八咫烏のマキシが『もしかしてラウル、それ僕に使うつもり!?僕のこと嫌いだったの!?』とその場で大ショックを受けたとか何とか。

 ラウルに言わせれば『八咫烏のお前に効く訳ねぇだろ、スズメ用だ』だそうです。

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