第351話 生誕祭に相応しき姿

 その後ライト達は冒険者ギルド総本部に向かった。

 何故かというと、受付嬢のクレナに『生誕祭中に冒険者ギルドは出店しているのか?』を尋ねるためである。


 冒険者ギルド総本部の建物に到着したライト達。

 この場所に全く馴染みのないラウルとマキシは外で待機し、ライトとレオニスの二人だけで中に入っていく。

 中では昨日と同じように、受付窓口にクレナがきちんと座っていた。


「クレナさん、こんにちは!」

「よう、クレナ」

「ライト君、こんにちは。あら、レオニスさんまでいらっしゃるじゃないですか。今日は非番のはずですが、どうしたんですか?」

「実はクレナさんにお聞きしたいことがありまして」

「はい、何でしょう?」


 ライトの言葉に、クレナは小首を傾げながらにこやかに受け入れる。


「冒険者ギルドも生誕祭中にお店を出してるんですか?もし出してるなら是非とも行きたいんですけど、チラシとか持ってなくて分からないんです」

「もちろん毎年出してますよ。……って、そこはレオニスさんが連れて行って差し上げればよろしいのでは?」

「ぉぃぉぃ無茶言うんじゃないよ……俺もうここ十年近くずっとこの総本部待機で詰めてて、祭りなんて一日も行ってねぇし。冒険者ギルドが店を出してるかすら知る由もねぇよ」

「……コホン。確かにここ数年ずっと、生誕祭中はレオニスさんが詰めてくれておりましたね。そこは冒険者ギルド職員一同、感謝しております」


 ライトの質問にクレナがレオニスをちろりと見遣るも、すかさずレオニスが反論する。

 レオニスのもっとも至極な言い分に、クレナも反論することなく素直にその功績を認めつつ礼を述べる。


「で、俺達さっき魔術師ギルドの出店に初めて行ったんだけど。魔術師ギルドが出店してんなら、冒険者ギルドも店あるんじゃないか?ってことになってな。でも場所とか全然分かんねぇから、ひとまずクレナに聞いてみよう!てことになった訳よ」

「分かりました。そういうことでしたら簡単な地図を今ここで書きますので、少々お待ちくださいね」


 クレナはいつものように、ベレー帽の中からメモ帳とペンをスチャッと取り出す。毎度のことながら華麗な動きである。

 メモ帳にスラスラと書き込み終えると、書いた紙を切り取ってレオニスに渡す。


「毎年この位置で冒険者ギルドのお店を出していますよ」

「ふむ……あの辺りか。ありがとう、クレナ。手間を取らせてすまなかったな」

「いえいえ、この程度のこと手間にもなりませんよ」


 クレナから渡された紙に描かれた地図を眺めるレオニス。一応場所も分かるようだ。

 ここでライトがクレナに質問をした。


「クレナさん、冒険者ギルドのお店では何を売ってるんですか?」

「魔物の肉の串焼や貴重な素材の小口販売ですとか、薬草の販売なんかもしてますよ」

「薬草?そういうのは薬師ギルドの扱いじゃないんですか?」

「薬師ギルドから薬草採取の依頼を受けて卸しているのは、当ギルドですよ?」

「ああ、そういうことですか」


 薬草といえば薬師ギルドの専売特許のように思えるが、実はそうとは限らない。薬草を実際に採取してくるのは、冒険者ギルドの依頼を受けた冒険者達なのだ。


 薬草に特殊な加工を施して、薬として使えるものに昇華させるのは薬師ギルドの領分だが、薬草のままの使い道も僅かながらではあるが存在する。

 例えばそれは乾燥させて薬草茶や料理のスパイスに用いたり、ハーブ効果で箪笥の中に入れる防虫剤に利用したり等々。

 要は薬以外の使い方をしたい人向けの商品として小口販売している、ということのようだ。


「他にも平民向けの腕試しとして、筋骨隆々の冒険者を相手にできる腕相撲勝負もありますよ。一回いくらでチャレンジして、勝てたら豪華賞品をもらえるという人気コーナーなんですよ」

「へぇー、そりゃ面白そうだな。俺も挑戦者としてチャレンジできるのか?」

「さすがにそれは向こうの判断でお断りされると思いますよ?」

「え、何でだよ」


 冒険者ギルドの出店の人気コーナーだという腕相撲。

 その人気コーナーにレオニスも挑戦してみたい!と聞いてみたものの、敢えなくクレナに速攻で却下される。

 ほぼ門前払いも同様の扱いに、レオニスは大層ご不満のようだ。

 だが次の瞬間、クレナからのさらなる追撃がレオニスを襲う。


「またまたぁ、金剛級冒険者ともあろうお人が何を寝言吐いてるんです?寝言は寝て言うものですよ?本気を出したレオニスさんと真っ向勝負の腕相撲して、勝てる人がこのサイサクス大陸に一体どれだけいるとお思いで?」

「ぐぬぬ……」

「オーガ族とかならともかく、普通の人間には無理ですよ」

「ぐぬぬぬ……」

「まぁレオニスさんが腕相撲勝負に出るとしたら、それは挑戦する側ではなく冒険者ギルド側代表として挑戦される方ですね。それでもレオニスさん相手では誰も挑戦者が出てこないでしょうから、閑古鳥間違い無しですが」

「ぐぬぬぬぬ……」


 今日も寝言吐き扱いされてしまったレオニス。

 だが、クレナの指摘はあまりにも正鵠を射過ぎていて、一切の異論を許さない。見事論破されてしまったレオニス自身ですら言葉に詰まり、思うように反論できないでいる。

 ラベンダー姉妹 vs レオニスの舌戦は、今日もラベンダー姉妹の完全勝利にしてレオニスの完敗である。


「レオニスさんの寝言はさて置いてですね。後は……そうですね、現地にて直接ご自身の目でお確かめください。とーってもいいものが見れると思いますよ?」

「はい、そうします!……って、いいものって何ですか?」

「…………フフッ」

「!?!?」


 ライトの更なる問いを聞いたクレハが、スーン……とした顔になりながら謎の笑みを浮かべる。

 クレハのその何とも言えぬ表情に、ライトは焦る。

 そう、それはかつてライトが冒険者ギルドツェリザーク支部の売店にてぬるシャリドリンクを購入した時の、クレナと全く同じ反応だったからだ。


「えッ、ちょ、待、クレナさん、何か特殊な秘密でもあるんですか!?」

「いえいえ、ライト君が冒険者ギルドの出店を存分に楽しんでくれれば幸いです。…………フフッ」

「イヤーーー!クレナさん、教えてぇぇぇぇ!」


 冒険者ギルドの出店には、クレナにそのような顔つきをさせる何かがあると思われる。

 まぁそうは言っても、冒険者ギルドの店として何年もの間ずっと出店が許されてきているのだ。そこまでおかしな物や危険極まりない代物を並べている訳でもないだろう。……多分。


 ライトやレオニスにしてみれば嫌な予感しかしないが、何があるのか逆に気になってしまう。

 ライト達は当初の予定通り、冒険者ギルドの出店に向かうことにした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「「「「おおおお……」」」」


 クレナに教えてもらった場所に行くと、そこには既にたくさんの客で溢れ返っていた。先程訪れた魔術師ギルドの店に負けず劣らずの盛況ぶりで、ライト達も思わず感嘆の声が洩れる。


 魔物の肉の串焼は人が大勢並ぶほど大人気で、物販コーナーもかなりの人が見ては何かしら購入している。

 そして大勢の観客がわーわーと歓声を上げて賑わっている一角がある。あれは腕相撲勝負コーナーだろうか。

 ライト達の予想以上の賑わいぶりに、ただただ感心するばかりだ。


 だがしかし。何故だろう、物販コーナーの方から妙なオーラが漂ってくる。そこは物販コーナーの中でも特に大混雑していて、串焼の販売コーナーよりも熱狂的な空気が生じている。

 その様子にただならぬものを感じたライトは、人混みを掻き分けてその熱狂の渦の中に突入してみた。

 すると、そこには何と―――


【マスターパレンコーナー】


 濃桃色のポップな立て看板が、ライトの目に飛び込んできたではないか。

 そしてその濃桃オーラの空気の最中、一際濃いオーラを放つ人物が一人。紛れもなく冒険者ギルド総本部マスターであるパレン・タインその人であった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「よう、マスターパレン。あんたも生誕祭の出店の売り子してたのか」

「おおッ、レオニス君ではないか!ようこそ我が冒険者ギルドの出店へ!」

「つか、今日はまたいつも以上にアレな出で立ちだな……」


 ライトを追ってきたレオニスが、マスターパレンに声をかける。

 本日のマスターパレンは、上半身裸に濃桃色のビキニパンツ一丁のみという、まんまボディビルダー姿である。


「何と言っても生誕を祝う祭りだからな!人もまた裸で生まれてくるのだ。ならばこの自然な裸体以上に、生誕を祝うに相応しい装いなどこの世にあるまい」

「ん、そりゃまぁそう、なる……のか?」

「とはいえ、さすがに人前で一糸纏わぬ完全裸体を衆目に晒す訳にはいかぬからな!一応下着だけは毎年着けておるのだよ、ハッハッハ!」

「そ、そうか……」


 確かにパレンの言うことももっともだ。

 人は裸で生まれ、裸で死んでいく。普段は様々な装いで着飾るパレンだが、生誕祭に最も相応しいコスプレは全裸である!という理論のようだ。

 だがしかし。それをパンイチで表現するという実践力が既に只者ではない。下手をすれば、いや、下手をせずとも普通なら警備隊に通報されて速攻でお縄になるところだ。


 しかし、実際にはお縄になるどころか多くのファンに囲まれて握手を求められたりしている。しかも熱狂的なファンの大多数がパレンと似たりよったりの筋骨隆々系だ。

 しかもこの筋骨隆々系、男性ばかりでなく女性もちらほらと混ざっている。

 老若男女に愛されるマスターパレンは、やはり偉大な人なのだ。


「……で?このコーナーは何なんだ?何か売り物とかあるのか?」

「ンフォ?もちろんあるぞ!こちらの棚には私の大中小様々なサイズの肖像画やサイン入りの手形押し色紙、パレン印の特製プロテインも各種大好評販売中だ」

「お、おう、こりゃまたすげーな……」


 パレンが手で指し示した方向には大きな棚があり、その横の立て壁にはパレンの肖像画や直筆サイン色紙などが見本として掲げられている。

 プロテインも小分けから大袋まで取り揃えてあり、何種類か選べるようになっているようだ。


「毎年多数の品を用意しているのだがな、おかげさまでどれも全て毎日完売するのだよ」

「毎日完売……」

「ありがたいことではあるが、完売後に買えない人々のことを思うと胸が痛くてな。こういうのを『嬉しい悲鳴』というのだろうな」


 小さなため息をつきながら語るパレンに、ライトとレオニスはただただ絶句する他ない。

 ここにまだある各種グッズはたくさんあるように見えるが、これが全て各日分売り切れるというのだからマスターパレンの人気は壮絶なものだ。


「せっかくだから、君達も何か買っていくかね?買ってくれた人には購入者特典として、私のハグや握手ももれなくついておるぞ」

「い、いや、今日のところは遠慮しとく。他のお客さんもたくさんいることだしな。いつでも会える俺達よりも、この生誕祭でしか会えない人達との触れ合いを優先してくれ」

「ンッフォゥ……レオニス君のその心優しい気遣い、このパレン感動の極みだッ!」


 レオニスの気遣い?に感動したパレン、言葉を言い終わるや否やレオニスにガバッ!と抱きつき熱烈なハグをする。

 筋骨隆々なマスターパレンの、溢れんばかりの愛が込められたハグ。その全身全霊全力が込められたハグは、レオニスの身体のあちこちから『ミシミシペキパキポッキポキ☆』と不穏かつ愉快な音を立てるが、その熱すぎる抱擁はレオニスですら抗う隙を与えない。


「ぐはッッッ」

「ちょ、ちょちょ、パレンさん!いくらレオ兄ちゃんでもそれは死んじゃいます!!」

「……ンフォ?」


 突然のことにライトが慌ててパレンを止めに入るも、時既にお寿司。レオニスは白目を向いてぐったりとしている。

 魂も半分くらい抜けかけているかもしれない。


「ンッフォゥ!レオニス君、だだだ大丈夫かねッ!?」

「うわーん!レオ兄ちゃーん!しっかりしてぇぇぇぇ!」

「マキシ、さっきの魔術師ギルドの店に『気付けの呪符』と『骨折治癒の呪符』が売られてたから、それを三枚づつ買ってきてくれ。これじゃエクスポも飲ませられん」

「う、うん、分かった!」


 パレンの熱き抱擁により倒れてしまったレオニスを、騒然としながらライト他皆で介抱している。

 現役の金剛級冒険者であるレオニスですらも瞬殺してしまうマスターパレン。その腕力、熱量、全てが規格外であることを一同が痛感するのはもう少し後。マキシが急いで魔術師ギルドの店で買ってきた『気付けの呪符』と『骨折治癒の呪符』でレオニスが目を覚ましてからのことだった。





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 作中では生誕祭二日目、アクシーディア公国建国記念日当日の1月17日ですが。現実世界の本日は12月24日、クリスマスイブですね。読者の皆様は、どのようにお過ごしでしょうか?


 作者宅では、外食よりもテイクアウトピザでも取るかー、ということになり、数日前に事前予約をしていたのですが。受取時間の19時ちょうどに店舗に到着すると、何と店の外に大行列がががが……そう、この後書きも外の大行列にて絶賛待機中に書いております。嗚呼寒い……もう20分くらい並び待ちしてるョ、ママン……

 まぁ考えることは皆同じなんでしょうが、予約の受取客の捌きとかお店側にももうちょい頑張ってほしいものです。これで風邪ひいたらどうしてくれんだチクショー><

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