第318話 水の試飲会

「じゃあぼく達のお昼ご飯を食べる前に、まずはツィちゃんのお昼ご飯というかおやつというか、試飲会?を始めましょーぅ!」

『試飲会、ですか?』


 ライトの突然の高らかな宣言に、ユグドラツィは不思議そうにその真意を尋ねる。


「はい、昨日ツィちゃんが飲んだ巌流滝の清水。美味しいって言ってたでしょう?」

『ええ、ここら辺の水質とは違う味で新鮮でした』

「これからツィちゃんの好みの味を研究したいと思いまして。巌流滝の清水に回復剤その他様々なブレンドをしたものを用意してみました!」

『ブ、ブレンド……?』


 ライトが胸を張りながら、手の指先を揃えつつ両手を左横に振る。ジャジャーン!と指先が指したその先には、五つの木製バケツがババーン!と並べられていた。


「ぼくに近い方から順に、エーテル一本入り、ハイエーテル一本入り、アークエーテル一本入り、氷の洞窟付近の雪解け水と巌流滝の清水の半々ブレンド、そして一番向こうが氷の洞窟雪解け水100%でーす!」

『…………』

「ライト……お前また面白ぇことしてんね……つーか、巌流滝の清水、どんだけ大量に汲んできたのよ?」


 ライトの自信満々の解説に、先程から戸惑いっぱなしのユグドラツィもはやは言葉も出ない。そしてレオニスもまた、ライトが大量の水を用意してきたことに呆気にとられている。

 だが、当のライトはそれらの呟きを一切気にかけることなくレオニスに指示を出す。


「レオ兄ちゃん、手前の方から順番にツィちゃんの幹にゆっくりかけてあげてくれる?なるべく地面に溢れない方がいいらしいから、できれば上の方からかけてあげてくれると嬉しいな」

「お、おう」

「それぞれの味がよく分かるように、五種類とも少し離れた違う場所にかけてあげてねー」

「了解ー」


 レオニスがライトの指示に従い、木製バケツを手にユグドラツィの幹に登っていく。幹から根を張るために末広がりになるあたりで、バケツの中の水を幹に満遍なくかかるように注いでいくレオニス。

 これを五種類五回分、それぞれ場所を変えながらユグドラツィの根元にかけ続けた。


『ふむ……エーテル入りとやらも滋養のある味わいですね』

『滋養面で言えば、ハイエーテル、アークエーテルの方が高いですね』

『雪解け水もまた自然の魔力が含まれていて、なかなかに美味です』


 新しい水を幹にかけられる度に、その味の感想を述べるユグドラツィ。なかなかに律儀というか、かなり真面目な性格のようだ。

 五種類全ての水を与え終えたレオニスが、ライトのもとに戻ってきた。


「レオ兄ちゃん、お疲れさま!」

「ツィちゃんに美味しい水を飲んでもらうためだ、これくらいお安い御用さ」

「ありがとうね!で、ツィちゃんはどれが一番美味しかったですか?好みの味とかありましたか?」


 ライトはひと働きしたレオニスを労いつつ、ユグドラツィにも早速水の味の感想を聞いた。


『そうですねぇ……どれも甲乙つけがたいですが……』

『氷の洞窟の雪解け水。水から感じる魔力はアークエーテル?よりも少ないですが、魔力が最も水に馴染み溶け込んでいて……水と一体化した魔力は、それはもうとても滋味溢れる味わいでした』

「ふむふむ、ツィちゃんの好みは氷の洞窟付近の雪解け水なんですね。やっぱりエーテル類を混ぜるよりも、もともと自然界にある雪の方が美味しいのかな?」



 良い手応えを得られたことに、ライトが喜ぶ。


「次にツェリザークに行った時に、またたくさんの雪を持って帰りますね!ていうか、冬の今が雪の旬だし。近いうちにツェリザーク行かなくちゃ!」

『ですが……』


 次のツェリザーク行きで、さらにたくさんの雪を持って帰る宣言をしたライト。

 確かに雪が最も降るのは、真冬である今のこの時期だ。ツェリザークで魔力を含む雪を採取するには、まさにもってこいの季節である。

 今から張り切るライトに、ユグドラツィが何かを言いかけた。


「ン?ツィちゃん、どうしました?何か要望とかあるんですか?もしかして雪の塊そのものも味わってみたい、とか?」

『いいえ。水の味よりも、ライト。貴方のその心遣いが私にとって、何よりも最上の美味なる滋養なのですよ』

「……!!」


 ユグドラツィがライトに対して、最大級の賛辞を述べる。

 その言葉を聞いたライトは、一瞬言葉に詰まる。だが次の瞬間には、花が咲いたかのような破顔になるとともに元気良く答える。


「はい!これからもいろんなところに出かけて、美味しそうな水を見つけたらツィちゃんへのお土産として持って帰ってきますね!」

『ふふふ、楽しみにしていますよ』


 ユグドラツィもまた、ライトに負けないくらいに嬉しそうに返事をしていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ユグドラツィへの各種ブレンド水?を与え終えたライト達も、持参した昼食を食べ始める。


「ところでツィちゃん。枝を分体にするって言ってましたけど、今さっき切り取ったばかりの枝をそのまま分体にするんですか?」

「それとも杖とか装飾品にしてから、出来上がった完成品に施してもらった方がいいのかな?」


 ライトがもっしゃもっしゃと昼食のサンドイッチを頬張りながら、ユグドラツィに分体に関する質問をした。


『そうですねぇ……できれば完成品にかけた方がいいですかねぇ』

「あー、やっぱり?枝のうちに分体にしちゃうと、そこからさらに部品として切り取ったりゴリゴリ削ったりする感覚も、全部ツィちゃんに伝わっちゃいそうですし」

「……うひぃぃぃぃ……ライト、お前飯の最中になんてもん想像さすんだ……」

「あ、ごめんねレオ兄ちゃん。でもこれはツィちゃんにもちゃんと聞いておかなくちゃいけないことだしさ」

「そりゃまぁそうなんだが……」


 確かに枝を丸ごと分体にしたら、その後の加工工程も全部本体の方に伝わりそうだ。

 樹木に痛覚があるのかどうかは分からないが、人間の場合だったらそれはまるで手足を切り取ったり開腹手術をしたりといった、いわば生きながらにして解剖される感覚を共有するであろうことを彷彿とさせる。

 レオニスもライトの言葉で、そこら辺の想像をしてしまったらしい。


『分体として新たな力を与えずとも、私の枝そのものにもかなり力はあると思います。ですので、枝のままでもそれなりに役立つはずです』

「もちろん!ツィちゃんの枝から出たものなら全部、それこそおが屑ひと粒、削りカス一欠片でも有効活用できますよね!」

『……おが屑や削りカスに使い道なんて、ありますかね……?』

「さぁなぁ……俺もおが屑の有効活用なんてさっぱり思いつかん。つーか、昔からライトの考えることは理解できんことも多くてなぁ」


 ユグドラツィの枝から出るおが屑から削りカスから、余すところなく全てを有効活用する!とにこやかな笑顔で宣言するライト。

 だがしかし。小枝や葉っぱとかならともかく、加工中にどうしても出るであろう微細な屑まで一体どうやって活用するというのだろう?

 そんな画期的な方法がさっぱり思いつかないユグドラツィとレオニスは、ライトの横でこしょこしょと会話していた。


 そんなレオニス達の様子を、またも気にかけることなくライトはふと思い出したようにレオニスに話しかけた。


「あ、レオ兄ちゃん。ぼく、家に帰る前にここら辺にある螢光花の採取したいから、少し待っててくれる?」

「そりゃいいが、螢光花なんて何に使うんだ?」

「ラグーン学園の冬休みの課題だよ!」

「おおそうか、まぁこの近辺に危険な魔物はいないがあまり遠くへは行くなよ」

「はーい!」


 レオニスの了承を得たライトは、元気良く駆け出していく。その姿をレオニスとユグドラツィは微笑ましく見つめている。

 ちなみにライトの螢光花採取の目的は、ラグーン学園の冬休みの課題のためではない。セラフィックエーテルのレシピ作成のためであり、冬休みのうちにガンガンレシピ作成しとこう!というライトの思惑によるものである。そう、濃縮回復剤はこれからたくさん必要になるので、その原料もいくらあってもいいのだ。

 今日もラグーン学園の名はライトの良い隠れ蓑として大活躍である。


 駆け出すライトの背を見送ったユグドラツィが、何とも感心したように呟く。


『……本当に、ライトは不思議な子ですねぇ』

「ああ。でも、見てて楽しいし飽きないだろ?」

『そうですね……私も長いこと生きてきましたが、このような刺激的な会話は生まれて初めてですよ』

「これからだって、たくさんの刺激が得られるぞ?もらった枝で杖やアクセを作って、俺達がいろんなところに分体を連れてってやるんだからな」

『……!!』


 レオニスの言葉に、ユグドラツィが思わず息を呑む。

 ユグドラツィのその揺れる感情を表すかのように、一陣の風に揺さぶられたユグドラツィの枝葉がザザザ……と音を立てる。


『……大地に根差し、この地から動くこと能わぬ神樹たる私が、分体の目を通して世界を見て回る―――そんなあり得ない願望が実現するなんて……まるで夢のようです』

「夢なんかじゃねぇさ。俺達がそうすると約束したんだ、絶対に夢なんかで終わらせはしないぜ」

『ふふふ。カタポレンの森の番人は、本当に頼もしい御仁ですね』

「おう。カタポレンの森の安全も、ツィちゃんの願いを叶えることも、万事このレオニス様とライトに任せとけ!」


 レオニスは親指をクイッ、と立てて己の顔を指差しながら、ニカッと笑い力強くユグドラツィに言う。その人好きのする笑顔は、万人のみならず神樹をも虜にしてしまいそうな眩しさだ。

 レオニスの頼もしい言葉に、心の底から嬉しそうな声音のユグドラツィだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「レオ兄ちゃん、ただいまー!」


 螢光花の採取に出かけたライト、十分くらい経過した頃にユグドラツィとレオニスのいる場所に戻ってきた。

 ニコニコ笑顔で帰還するあたり、満足な結果を得られたと思われる。


「おかえりー。思ったより早かったな、螢光花たくさん採れたか?」

「うん、ぼちぼち採れたよー」

「そっか、そりゃ良かった。じゃあそろそろ家に帰るか」

「はーい」


 レオニスがライトとともに、ユグドラツィに向かって別れの挨拶をする。


「じゃあな、ツィちゃん。もらった枝で何か作ったらまた見せに来るわ」

「ツィちゃん、ありがとうございました!今日もとっても楽しかったです!」

『ライト、レオニス、私こそ楽しい時を過ごさせてもらいました。感謝しています』

「また遊びに来ますね!」

『ええ、いつでも大歓迎ですよ』


 ライトとレオニスは、神樹ユグドラツィのもとを後にした。





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 水のお味?は硬度によって変わる、というのは有名なお話。

 このサイサクス世界における水の硬度に関しては特に考えてはいませんが、やはり基本的に飲みやすい軟水を想像しています。

 ただ、水の硬度の違いは土壌の成分や地面に染み込んだ後の滞留時間によって変わるので、やはりこの世界にも硬度の違いは地域によって多少はあるでしょう。

 というか、この世界には魔力やら瘴気やら存在するので、土壌成分が水の硬度に関与するなら味や効能に関してもそうした面が多大な影響を及ぼしそう。現にツィちゃんもエーテルのランクによって滋養の違いが分かるようですし。


 これからのライトは、いろんなところにお出かけする度に名水?を見つけてはツィちゃんのためにアホほどお持ち帰りするでしょう。もちろんその時には位置情報記憶のためにウィカもセットで登場ですね!

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