第317話 神樹の声

 神樹ユグドラツィのもとを去り、ウィカを目覚めの湖まで送っていったライト。

 その日のカタポレンの家での晩御飯の食卓で、ライトは今日あったことをレオニスに話して聞かせていた。


「今日はね、ツィちゃんのところに遊びに行ったんだよー」

「ツィちゃん?……ああ、近所の神樹のことか。ライトは神樹と会話もできるんだっけ?羨ましいなぁ。今日もたくさんお話できたか?」

「うん!こないだマキシ君の里帰りの時に汲んできた巌流滝の清水を幹にかけてあげたら、とても美味しいって喜んでくれたんだ!でもね……」


 ライトがしょんぼりとしながら、動けない神樹の悲しみをレオニスに語って聞かせた。


「そうか……そうだな、神樹にも高い知性や自我があるからな。自由に動けない我が身を嘆き悲しむ気持ちは分かる」

「うん……ぼくがツィちゃんにいろんなことをお話してたのが、逆にいけなかったんだ。そんな気持ちにさせちゃうなんて、思ってもいなかった……」


 俯きがちなライトに、レオニスは何と声をかけてやればいいのか分からない。

 ユグドラツィの悲しむ気持ちも分かるが、だからといってライトが悪いと責める気にはなれないのだ。

 だがここで、ライトがガバッ!と顔を上げてレオニスを見た。


「でもね!ツィちゃんが良い方法があるって言ってた!ツィちゃんの枝を杖とか装飾品に加工して、ぼくやレオ兄ちゃんが持ち歩けばいっしょに旅に出られるって!」

「そんなことができるのか!?……いや、ユグドラツィほどの神樹ともなれば、その枝を分体として力を分け与えればそれも可能か……」


 ライトの言葉にレオニスも一瞬驚くも、ユグドラツィが言っていた『分体』という概念を自ら導き出して納得する。

 ここら辺の理解の早さは、剣や拳だけでなく魔法も使うレオニスならではのことなのだろう。


「でね、ツィちゃんの枝を取りたいんだけど、ツィちゃんは自分で枝を折れないんだって」

「ん?そりゃまぁそうだろうなぁ。枝葉を揺らすことならできても、さすがに折るっつー動作までは無理だろう」

「ぼくもツィちゃんの枝のあるところまで登るのなんてとても無理だし、明日ぼくといっしょにレオ兄ちゃんもツィちゃんのところに行ってくれる?レオ兄ちゃんが来てくれたら、ツィちゃんの枝を分けてもらえることになってるんだ」

「おう、いいぞ。ライトに祝福をくれた礼も言わなきゃならんしな」


 ライトのお願いに、レオニスは快く承諾する。


「ありがとう!ツィちゃんもきっと喜んでくれるよ!」

「だといいな」


 レオニスから快諾を得たライトは、嬉しそうな笑顔になる。

 明日はレオ兄といっしょにツィちゃんのところに行ける!そう思うとワクワクが止まらないライトだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日の朝。

 ライトはレオニスと出かけるべく、昼食の準備もしていた。

 大きなバスケットに、サンドイッチやら果物などを詰め込んでいくライト。

 鼻歌交じりで準備をしているライトの後ろから、レオニスがひょい、と顔を覗かせた。


「ご機嫌だなぁ、ライト。昼飯も外で食う予定か?」

「うん!ツィちゃんのところでのんびりお昼食べようと思ってさー」

「そうだなー、ピクニックってのも久しぶりでいいかもな」

「でしょー!それに、レオ兄ちゃんもツィちゃんのところでゆっくりして、仲良くなってくれたら嬉しいなー、と」

「んー、俺はまだ神樹の声を聞いたことは一度もないが……そうだな、ライトが通訳してくれりゃいいか」


 まだ神樹と会話したことがないというレオニス。ということは、ユグドラツィの声もレオニスには聞こえないはずだ。

 だがそれでも、ユグドラツィと会話できるライトが横にいて都度通訳すれば、コミュニケーションは十分に取れるはずだ。


「でもさー。ぼく達はこうやって、いろんな食べ物や飲み物で美味しい食事ができるけど。ツィちゃん達神樹にはそういうお土産を持っていってあげられないのが一番寂しいんだよねー」

「まぁなぁ、樹木相手じゃ水物以外にやりようがないもんなぁ」

「エクスポやハイエーテルを水で薄めたら、植物でも喜ぶ肥料になったりしないかなぁ?」

「んんんん……そんなこと考えたこともないし、やったことないから分からん……」


 ライトの突拍子もない提案に、レオニスが首を上下左右に捻りながら考え込むも結局は分からないと答える。


 植物の肥料は、窒素リン酸カリ!ということだけはライトも前世の雑学で知ってはいる。だが、そもそもこのサイサクス世界にそうした肥料成分が存在するのか分からないし、何よりその配合比率まではよく知らないのだ。

 確かその配合の比率を変えることで、様々な環境や育成目的に応じた使い方ができるはずだが。農業はおろか、ガーデニングすらかじったことのない完全門外漢のライトには解明のしようがなかった。


「でもまぁ巌流滝の清水は気に入ってくれたから、それにハイエーテルでも混ぜてみようかなー」

「そうだな。神樹族は光属性で魔力も高いから、何らかの効果を期待するなら体力回復のポーション系よりも魔力回復のエーテル系の方がいいだろうな」


 肥料の知識のないライトは、苦肉の策として『肥料がないなら、回復剤のポーションエーテル混ぜればいいんじゃね?』という思考に至ったようだ。果たしてそれが正解かどうかは分からないが。

 そんな会話をしているうちに、お出かけの準備が完了した。


「さ、じゃあ今からツィちゃんとこに行こーぅ!」

「おー!」


 ライトとレオニス、玄関先で二人して元気良く拳を高く掲げながら気合を入れる。

 冬の晴れ渡る空のもと、二人はカタポレンの家を出発した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ツィちゃん、こんにちはー!昨日ぶりでーす!」


 神樹ユグドラツィのもとに到着した、ライトとレオニス。

 まずはライトが威勢のいい挨拶をする。


『こんにちは、ライト。また今日も来てくれたのですね』

「はい!ツィちゃんの枝を一日も早くもらいたくて、早速レオ兄ちゃんについてきてもらいました!」

『ふふふ、ライトは案外せっかちなのですねぇ』


 ライトとユグドラツィが楽しげに会話をしている。

 その会話に参加しないあたり、やはりレオニスにはユグドラツィの声が聞こえないようだ。


「ところでツィちゃん。ぼく、ツィちゃんにひとつお願いがあるんですが」

『何ですか?』

「レオ兄ちゃんにもツィちゃんの祝福をかけてあげてもらえませんか?そしたらレオ兄ちゃんも、ツィちゃんの声が聞こえるようになるかもしれませんし」

「!?!?」

『ええ、いいですよ。彼には十分その資格がありますしね』


 ライトの申し出に、レオニスがびっくりした。まさかライトがそんなことを言い出すとは、全く予想していなかったからだ。

 そしてユグドラツィの方も、ライトの願いに快く応じる。

 承諾の返事をしてから瞬きもしないうちに、キラキラとした温かく柔らかい光がレオニスの身体を包む。

 ふわりとした光がまるでレオニスの身体に吸い込まれるように、スーッと染み込みながら消えていった。


『ライトの養い親にして、カタポレンの森の番人であるレオニス。聞こえますか?』

「……!!」

『どうやら貴方にも私の声が届くようになったのですね』

「ああ、聞こえる……これが神樹ユグドラツィの声か!」


 レオニスが目を大きく見開きながら、ユグドラツィとの初めての会話を果たす。

 ライトの思惑や予想が見事的中したようだ。


 もともとライト自身も、八咫烏の里に行くまではユグドラツィとの会話はできなかった。だが、八咫烏の里にある大神樹ユグドラシアの加護を得たことで、神樹族の言葉を理解できるようになったのだ。

 ならばレオニスも、神樹ユグドラツィの祝福を得れば自分と同じように会話できるようになるかも?とライトは考えたのだ。


『レオニス、貴方のことは私も以前から知っています。カタポレンの森の番人としてその勇名を馳せておられますからね』

「いや、そんなご大層なもんじゃないが……知ってくれているというのなら嬉しい話だ」

『こうして貴方とも話をできるようになり、私もとても嬉しく思います』

「ああ、俺の方こそ光栄の極みだ。ライトがいつも世話になっているだけでなく、俺にも祝福を与えてくれたこと、心より感謝する。ありがとう」


 レオニスが感慨深げに雄大な神樹を見上げ、それに呼応するように神樹の枝葉もサワサワとした軽やかな葉擦れの音を立て、何とも心地良く響き渡る。

 双方が互いに敬意を示しながら見つめ合う、そんな崇敬な光景だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そしたらツィちゃん、どの辺の枝葉をもらえばいいですかね

 ?」

『そうですね……地面から近いほど古くて年月を経た枝ですので、下の方の枝が良いかと』

「でも……ツィちゃんの一番下の枝って、そこら辺の樹の幹より太いですよ?」

『ならば枝丸ごとではなく、適度だと思った太さの辺りから切り取ればどうでしょう』

「そしたらレオ兄ちゃん、枝のところまで飛んで様子を見ながらレオ兄ちゃんが良い太さだと思ったところで切り取ってくれる?」

「了解ー」


 ライトとユグドラツィの打ち合わせ通り、レオニスが飛翔して一番下の枝を幹の元から先端にかけて眺めていく。

 確かにライトの言う通り、枝が幹から分かれたばかりの最も太い部分はとんでもなく太い。そもそもユグドラツィは神樹という大木であり、その樹齢も千年近い。その神樹の若かりし頃に枝分かれした部分なのだ、この枝だけでもおそらくは数百年ものだろう。


 レオニスはゆっくりと先端の方に移動していき、枝の中程辺りで動きを止めた。

 ちなみにレオニスが真剣に枝の選定をしている間、何やらユグドラツィが『はぁ、本当に空をも飛べるとは……私の知らないうちに、人族は随分と進化を遂げたものですねぇ……』と、感嘆しながら呟いていたような気がするが。多分気のせいだろう。キニシナイ!


「杖に加工するなら、この辺りから枝分かれしたやつがいいかな」

「ツィちゃん、ここら辺から分かれてるやつを三本ほどいただいていいか?」

『三本と言わず、五本でも十本でも刈り取って構いませんよ?』

「お、おう。ツィちゃん太っ腹だな!」


 杖を作るなら、予備分として三本もあれば十分か―――そう思って枝三本を取る許可を得ようと尋ねたレオニスだったが。当のユグドラツィからは五本でも十分でも持っていってOK!という、何とも太っ腹な答えが返ってきた。

 超巨大な樹木であるユグドラツィからしてみれば、今回の枝の採取は植木の剪定、いや、枝毛を切り取る程度の感覚でしかないのだろう。


「んじゃ、今後のためにお言葉に甘えて十本いただいていくか」

「あー、レオ兄ちゃん、いいなー。そしたらぼくにも少し分けてちょうだい!ぼくもツィちゃんの枝で何か作りたい!」

『そうですね、刈り取ったうちの何本かはライトに分けてやってくださいね』

「もちろんだ。こうしてツィちゃんから神樹の枝なんて貴重なものを分けてもらえるのも、全てライトのおかげだからな」


 レオニスは得物の大剣で、これと見定めた枝をスパッと切り落としてはすぐに空間魔法陣に収めていく。

 宣言通り十本を切り取ったところで、下に降りていった。


「よし、これで杖にする枝の確保は完了したぞ」

「レオ兄ちゃん、お疲れさま!そしたらそろそろ皆でお昼ご飯にしよっかー」

「おう、ツィちゃんのお膝元で食べる昼飯はさぞ美味いだろうな」

「レオ兄ちゃんが枝を切り取ってる間、ぼくもあっちに敷物敷いてお昼の支度しといたよー」

「おお、ありがとうな」


 ライト達はユグドラツィの根元で、用意してきた昼食を摂り始めた。





====================


――レオニスとユグドラツィが会話可能になった直後のお話――


レ「ところで、神樹ユグドラツィ」

ユ『ツィちゃん』

レ「うぐっ……」


 レオニスも神樹族のお約束、呼び名訂正ツッコミ洗礼を受けたようです。

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