第297話 領主邸での晩餐と秘密の依頼

「レオニス君、ライト君、改めて歓迎する。我等が誇るプロステスへようこそ!」


 プロステス領主アレクシス・ウォーベックが大広間に集まった一同を前にして、ライト達に向けて高らかに歓迎の言葉をかける。

 今日の晩餐は、立食パーティー形式だ。長方形のテーブルだと上座だの下座だのの煩わしい上下関係が発生するからだろう。まぁ、一番の上座はウォーベック侯爵家当主にしてプロステス領主邸の主であるアレクシスで間違いないのだが。

 とはいえ、金剛級冒険者にして大陸一の冒険者としても名高いレオニスを下座に置いて、機嫌を損ねたり面倒事になってもマズい。そんな思惑が透けて見えるようだ。


 もちろんレオニスにしてみれば、そんな瑣末なことはどうでもいいのだが。礼儀やらマナーやら序列やらは、レオニスが最も苦手とする類いだ。

 そんな格式張った面倒くさい所作をいちいち求められるくらいなら、最初から緩めの立食形式にしてくれた方がありがたいというものである。


 そしてこの晩餐の場にいるのは、執事他使用人を除いてアレクシス一家とクラウス一家、そしてライトとレオニスだけである。

 プロステス領主一家とライト達は互いに初対面だが、双方ともクラウス一家という繋がりがあることもあって、そこまで緊張する必要もない。

 晩餐は和やかな雰囲気で開始された。


「ライトさん、こんばんは。スヴェンの案内で庭園や邸内を見て回ったそうですが、どうでしたか?」

「あっ、ハリエットさん、こんばんは!とても素敵な庭園だね!冬でもたくさんの花が咲いているのって、すごいことだよね!」

「ええ。伯父様のおうちの庭園は本当に見事で、私もとても大好きなんです」


 ライトを見つけたハリエットが、早速ライトのもとに来て声をかけた。

 庭園や邸内の感想を聞かれ、感動したことを率直に伝えるライト。


「ハリエットさんも長旅で疲れたでしょ?なのにお土産の買い物にも連れてってもらえて、本当に助かったよ。ありがとう!」

「どういたしまして。私も市場でのお買い物はとても楽しかったですし、ライトさんから素敵なプレゼントをいただいたのですから……むしろお礼を言うのは私の方ですわ」


 互いを気遣う優しい言葉が交わされ、何とも癒やされる光景だ。

 ライト達から少し離れた場所では、ハリエットの兄ウィルフレッドがアレクシスの息子エドガーや娘フローラと談笑している。やはり子供達は同年代で集まる方が話しやすいのだろう。

 サラダや軽食が並ぶテーブルには女性陣、アレクシスの妻ヴァネッサやその娘オリヴィア、クラウスの妻ティアナが何やら話に花を咲かせている。


 そして『極上パイアのミディアムレアステーキ・灼熱のぬるぬるソースがけ』等のメインディッシュが並ぶテーブル周辺には、アレクシスやクラウス、そしてレオニスがいた。


「レオニス君、近所の誼とはいえわざわざプロステスまで手土産を届けてくれてありがとう」

「いや何、俺も今日はこっちに用事があったし。ハリエットちゃんはうちのライトの同級生で、大事な友達でもあるからな」

「そう言ってもらえると、私も嬉しいよ。ハリエットは見ての通り、おとなしくて引っ込み思案なところがあってね。ラグーン学園で仲良くしてくれる友達ができるかどうか、心配してたんだ」


 レオニスのラグナロッツァの屋敷の三軒お隣のご近所さん、クラウス・ウォーベック伯爵がレオニスにアップルパイお届けの礼を述べる。

 レオニスはレオニスで、午前中のことは『仕事』とは言わずに『用事』とぼやかす。先程の執務室でのアレクシスとの会話を経て、レオニスも学んだのだ。


「しかし、クラウスの近所に金剛級冒険者が住んでいたとはなぁ。今まで知らなんだぞ、どうして教えてくれなかったんだ?」

「いえ、兄上、私も一応それがレオニス君の邸宅だということは知ってはいましたが……レオニス君が実際にあの邸宅をよく使うようになったのは、ここ最近のことでして」

「そうそう、それまではカタポレンの森の中に住んでいたんだがな。ライトのラグーン学園入学を機に、前に国からもらっていたラグナロッツァの屋敷を活用することにしたんだ」

「「…………」」


 アレクシスとクラウスが、レオニスの言葉に目を見開きながらその顔をガン見している。

 二人してクルッ!と180度回れ右してレオニスに背を向けてから、何やらゴニョゴニョと話し始める。


「……なぁ、クラウス。カタポレンの森って人が住めるところだったか?」

「ぃぇ、魔の森と呼ばれるくらいですから、基本的に人が住める環境ではないですが……」

「レオニス君が魔の森に住んでいる、という話は以前聞いたことがあるが……ありゃ彼の所在地をぼかすための方便だと思っていたぞ」

「ええ、私もです……」


 そう、実はレオニスがカタポレンの森に住まうことは案外そこまで広く知られていない。

 レオニスがカタポレンの森に居を構えるのは、主に森の警邏を行うことで魔物の集団暴走の芽を摘むのが目的である。

 だが、そんな重要性の高い任務をたった一人の個人に背負わせているというのは、国や冒険者ギルドとしても若干外聞が悪い。

 とはいえ、隠し立てできることでもない。実際にレオニスにカタポレンの森に住んでもらって、警邏任務をこなしてくれているのだから。

 故に、徹底的に隠蔽するまではしていないが積極的に喧伝もしていないのだ。


「ならば、例のことを彼に託すのもあり、か?」

「そうですね……レオニス君ならば、何とかしてくれる可能性は大いにあるかと」


 ゴニョゴニョと話し込んでいたアレクシスとクラウス、相談がまとまったのかレオニスの方に改めて身体を向け直す。

 レオニスはレオニスで、二人が背を向けている間にステーキをモリモリ食べていた。


「ん?話は終わったのか?」

「あ、ああ。レオニス君もパイアステーキを堪能してくれてるようで何よりだ」

「おう、このパイアステーキ美味いな!特にこの灼熱のぬるぬるソース?一瞬だけ燃えるような辛さがあるが、すぐに消えて旨味だけ残る。癖になりそうな味だな!」


 レオニスがパイアステーキ以上に灼熱のぬるぬるソースを大絶賛する。

 このソース、名前の通り灼熱の火の如く辛いソースなのだが、レオニスの言う通りその辛味は舌や口内に残ることなくすぐに消える。そして辛味が消えた後はステーキとソースの旨味が残り、相乗効果でさらなる旨味を醸し出すのだ。

 そしてそのソースの原材料もまたその名の通りでお察しである。


「この灼熱のぬるぬるソースも我がプロステスの隠れた名産のひとつなんだ。良かったら料理長に言って土産に差し上げよう。我が家特製にして秘伝のソースだぞ?」

「おお、そりゃありがたい!あまり辛いとライトには食えんかもしれんが、俺やラウルが自分の食う分にかけて使うなら問題ないだろうしな!」


 プロステスの隠れた名物を土産にくれると聞き、素直に喜ぶレオニス。

 アレクシスとクラウスは、それぞれ片手にワイングラスを持ちながらレオニスの左右につく。

 そしてワイングラスを持っていない方の手でレオニスの背をそっと押しながら、部屋の隅にあるロングソファに誘導していく。


「ん?何だ?俺まだろくに飯食ってねぇんだが」

「おお、それはすまない。そしたら今手付かずの料理は全てレオニス君にお持ち帰り用に包ませるから、安心してくれたまえ」

「そりゃまた悪いな、またひとつラウルに手土産ができるわ」

「ラウル君の料理は絶品だからね、また彼の料理の腕が一段も二段も上がることだろう」


 アレクシスがレオニスを宥めるように料理のお持たせを約束し、執事を呼んで各種料理を持ち帰れるように包む指示を出す。

 それに喜ぶレオニスに、ラウルと親しいクラウスもラウルの料理の腕を絶賛する。


「……で?俺に何の話がある?」

「さすがはレオニス君、察しが良くて助かる」

「そりゃこんな部屋の隅に連れていかれちゃあなぁ、普段鈍い鈍い言われる俺でも分かるぞ?」

「ははは、君をニブチン扱いする命知らずなんているのかい?」

「……んなもん、いくらでもいるぞ?」


 アレクシスの問いに、レオニスの頭の中に真っ先に浮かぶのはラベンダー色に染まる某パーフェクトレディー達。

 ほぼ同じ顔がわらわらと涌いてくるその様に、レオニスは心なしか項垂れたように力なくアレクシスの問いに答える。

 そう、残念なことに天下の金剛級冒険者をニブチン扱いする猛者などいくらでもいるのだ。

 その筆頭は主にクレア姉妹一族であることは、もはや言うまでもない。


「ははは、そうなのか……でもまぁ、たとえもし君の日常的感性がニブチンであったとしても、冒険者としての才覚は間違いなく世界屈指だろう?」

「冒険者随一の腕を誇る君に、依頼したいことがあるのだ」


 レオニスの謎の項垂れに苦笑しつつも、気を取り直し真剣な眼差しで話の核心に進んでいく。


「俺に依頼したいことってのは何だ?冒険者ギルドを通せないような内容なのか?」

「ああ、冒険者ギルドに頼めないこともないのだがな。できることならば内々で済ませたい内容なんだ。もちろんこれは犯罪に繋がるような悪事ではないから、そこは安心してくれたまえ」

「そうか、なら個人的な依頼ってことだな。とりあえず話聞くだけは聞こう、引き受けるかどうかは確約できんが」

「ありがたい。もし君が引き受けてくれなくても、それはそれで構わないし、特に咎めたりはしない。だが、ここで聞いた話はくれぐれも他言無用で頼む」

「もちろんだ。個人的な依頼に関してペラペラ喋るほど俺は軽くないぞ」


 レオニスに話を聞いてもらえると分かり、アレクシスが心から安堵の表情を浮かべる。

 そしてすぐに気を引き締め、真剣な表情でレオニスに向けて小声で囁く。


「レオニス君、君に依頼したいことというのは……炎の洞窟の調査だ」





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 ここプロステスの隠れた名産のひとつ『灼熱のぬるぬるソース』。

 もちろん原材料はぬるぬるドリンク同様、スライムから採れるぬるぬる成分です。トマト味と同じレッドスライムから採取しており、加工工程で味を変えています。

 炎を象徴する灼熱の名を冠するあたり、プロステス名物を意識した命名となっています。でもって、辛味系の味をドリンクとして直接飲むのはさすがに無理!ということで、飲み物系ではなく調味料として活用することとなりました。

 ぬるぬるソースというとアレですが、片栗粉でとろみをつけたあんかけみたいなものと思えば結構あり、かも?

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