第296話 二人の新たな目標

 再び領主邸内に入ったライト達は、一階の応接室や会議場、ダンスホールなどを見学させてもらう。

 そうした主要な部屋はもちろんのこと、廊下にまでも数々の美しい絵画や彫刻などが飾られている。首都ラグナロッツァにあるラグナ宮殿ほどではないだろうが、それに引けを取らないくらいの栄華を感じさせる。

 さすがは商業都市プロステスの領主邸だとしか言いようがない。


 だが、これらの彫刻や絵画のモチーフにライトはものすごく見覚えがあった。

 ところどころに飾られた、可愛らしい火の精霊を模した木彫りの人形や炎の女王の姿絵等々。

 そう、それらは『炎の洞窟』で出現する魔物たちそのものである。



『うーん、確かにゲームの中でも精霊達は可愛い系のキャラだったし、女王様も凛とした美麗ビジュアルだったけど……』

『あれらも一応魔物であることに変わりないはずなんだけどなぁ?俺もゲームの中では素材目当てで散々狩りまくったし』

『……でもまぁ、あの『炎の洞窟』のおかげでこのプロステスは冬でもこんなに温暖な気候らしいし』

『他にも熱晶石などの恩恵にも繋がる訳だから、このプロステスの人々にとって『炎の洞窟』という存在はそこまで忌むべきものではないのかもしれないな』



 ライトは木彫りの精霊人形をじーっと眺めながら、心の中で考察する。

 しかめっ面で木彫りの精霊人形を眺めるライトに、レオニスが気づいて声をかける。


「ん?どうした、ライト?」

「あー、うん、これって火の精霊や炎の女王、なんだよね?」

「ああ、そうだな。このプロステスの近くにある炎の洞窟に住んでいるやつらだな」

「レオ兄ちゃんは、炎の洞窟を探検したり魔物狩りしたことはある?」

「いや、今のところ一度もないな」

「え、そうなの?」


 意外なことに、冒険大好きなレオニスが炎の洞窟にはまだ一度も探検したことがないという。

 ライトもその意外な答えに、思わず聞き返してしまう。


「これらの飾りを見れば分かると思うが、炎の洞窟はこのプロステスにとって重要な場所とされているんだ」

「故に、他の場所と違って炎の洞窟そのものが討伐対象になることは滅多にない。というか、間違ってもそんなことにはならない」

「もし万が一、何らかの理由で火の精霊や炎の女王の眷属が増え過ぎて洞窟の外にまで溢れ出てきたとなったら、さすがにその時は討伐依頼が出されるとは思うが……それでも殲滅とまではいかんだろうな」


 レオニスがプロステスと炎の洞窟の関係性を説く。

 地理的に密接している両者だが、やはりライトの推察通りプロステス側が炎の洞窟を忌避したり激しく敵対することはないようだ。


「それに、もともと炎の洞窟に住む魔物も比較的おとなしいやつが多くてな。洞窟の外に出てくることなんてほとんどないし」

「ま、そんな訳で今のところ、冒険者として炎の洞窟に出張ったことは一度もない。冒険抜きで観光目的で入ってみるのはアリだろうとは思うがな」


 見目麗しい炎の女王の肖像画?の前で、その御尊顔を見上げながら丁寧かつ分かりやすく解説するレオニスに、それに聞き入るライト。

 ライトの反対側に立っていた執事のスヴェンが、感心したように口を開いた。


「レオニスさんは博識なのですね。仰る通り、プロステスにとって炎の洞窟はとても重要な場所です」

「とはいえ、もともとは魔物の巣窟ですので、表立って崇め奉るような真似はできませんが……それでも私達プロステスの民は、炎の洞窟とともにあります」

「このプロステスは、炎の洞窟あっての街ですから」


 スヴェンもレオニスのように、眼前にある炎の女王の肖像画を見上げながら静かに語る。

 ちなみにライトの知るゲーム知識では、レオニスやスヴェンが話していたような関係性が語られていた記憶は一切ない。

 だが、気候に影響が出るほど近い場所に炎の洞窟が存在するのなら、プロステスとは切っても切れない関係になるのも十分に頷ける。


「そっかー。ぼくもいつか炎の洞窟の中に行ってみたいなぁ。スヴェンさん、炎の洞窟の観光ツアーとかってあります?」

「いえ、さすがに一般人が炎の洞窟の中に入るのは危険過ぎるかと……」

「ですよねー。そしたら冒険者になって階級を上げて、強くなってから入ればいいんですね!」

「いや、あの、そういう意味ではなくてですね……」


 スヴェンとしては、普通に危険地帯だから立ち入らない旨の話をしたつもりだったのだが。

 ライトは『一般人は危険だから入らない=冒険者になって危険じゃなくなればOK!』という、斜め上を行く解釈をしたようだ。


「レオ兄ちゃんも炎の洞窟はまだ行ったことないんでしょ?いつかぼくといっしょに行こうね!」

「お、そりゃいいな!なら単独で潜らずに、ライトが立派な冒険者になるまで待つとするか」

「うん!炎の女王に会えるくらいに強くなれるよう頑張るから、それまで待っててね!」

「おう、それまで俺も現役冒険者でいられるように頑張るわwww」

「…………」


 人の話を全く聞かない人外ブラザーズを、スヴェンは信じられないものを見るかのような目つきで眺めている。

 そう、炎の洞窟とは文字通り炎があちこちで渦巻く危険極まりない場所だ。好奇心で近寄ってもせいぜい入口付近が限度で、奥まで入れる者はそうそういない。

 そもそも普通の人間は、炎の洞窟の中や奥にまで入ろうなどとは微塵も思わないものなのだ。


 だが、炎の洞窟は決して攻略不可能なダンジョンではない。むしろゲーム内では冒険の中盤で出てくる、中級相当のフィールドだった。

 ゲーム内では語られることのなかった、プロステスとの関係や住民の崇拝にも近い想いがあるのは想定外だ。だが、装備を整えて防熱対策をガッツリすればその最奥までいくことも十分可能だ。


『氷の洞窟』に『天空島』、『地底神殿』に続き、ライトが絶対行きたい場所のリストに『炎の洞窟』が新たに加わった瞬間だった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「もうそろそろ晩餐の支度ができる頃かと思いますので、確認してまいります」

「お客人方はこちらの客間にて、ごゆるりとお待ちください。準備が整い次第、またご案内させていただきます」


 スヴェンがライト達に一礼してから、客間を出ていく。

 邸内の見学も一通り見て回ったところで、ライトとレオニスはスヴェンに客間へと案内されてここで待つように言われたのだ。

 スヴェンが部屋を退出した直後に、豪奢な応接セットのソファにドカッと座るレオニス。今日は朝からずっとラグナ教プロステス支部の再調査、そして午後は午後でプロステス領主邸の極秘調査でかなり疲労が蓄積しているのだろう。


「ふぅー、今日はさすがに疲れたぜ……まぁまだ仕事は終わっちゃいないがな」

「……レオ兄ちゃん、ここ、普通に喋っても大丈夫な部屋?盗聴とか監視とかされてない?」

「ん、そうだな……場所が場所だけにここは慎重にいく方がいいよな」


 ライトはソファにドカッと座ったレオニスの横に座り、小声で盗聴や監視の心配がないかどうかをこしょこしょと問う。

 そう、ここはプロステス領主邸。政敵や商売人の大富豪などがプロステス領主の動向をや弱味を探ったりするために、盗聴を仕掛けているかもしれないのだ。

 あるいはプロステス領主が客間に通された者を監視するために、カメラのようなもので見張っているかもしれない。

 大物貴族の邸宅ということを考えれば、そういったリスクも十分にあり得ることなのだ。


 疲れにまかせて普通の口調で喋っていたレオニスだったが、ライトのアドバイスにも近い問いかけに頷きながら慌ててソファにきちんと座り直す。

 そして空間魔法陣を開き、何やら紙片のようなアイテムを取り出した。見たところ、先日のマキシの里帰りの時に使用した『魔物除けの呪符』に酷似している。


「レオ兄ちゃん、それなぁに?呪符?」

「そ、これは『密談の呪符』といってな、魔法による音声傍受を阻害する呪符だ。大事な会議や重要人物との会談の時によく使われるアイテムで、効力は30分間だ」

「へー、そんなものもあるんだー」


 レオニスが解説しながら『密談の呪符』を真ん中から二つに破り、その効力を発揮させる。そしてライトにも同じ呪符を一枚渡し、ライトもまたレオニスに倣って呪符を破る。

 これで二人の会話は30分の間、魔法による盗聴を受ける心配は一切なくなった。ついうっかりラグナ教の話をしても外部に漏れる危険性がない、実に安心して会話ができる環境である。


 しかし、ライトは魔物除けの呪符は知っていたしゲーム内でもわりと使用していたが、盗聴防止の呪符があるとは全く知らなかった。

 ライトが知る呪符とは、主に攻撃力や防御力など自己ステータスをアップするバフ系や冒険をサポートしてくれる補助系の呪符のみである。


「盗聴を始めとした諜報活動を一切しない国なんてないからな。魔術師ギルドではこうした品々を開発して売っているんだ」

「えっ、呪符って魔術師ギルドの売り物なの?」

「そう、他者に販売しても問題ないような呪符を売った金でまた研究費を作るのさ」

「こないだ八咫烏の里に行った時の魔物除けの呪符、あれも魔術師ギルドで買ったものなの?」

「ああ。魔物除けの呪符が魔術師ギルドで一番売上が高い人気の品だったはずだ」


 魔術師ギルドでは、バフ系や冒険サポート用の呪符だけでなく様々な場面で使える呪符を開発し販売しているという。どうやらこのサイサクス世界に住む者達が開発した、この世界独自のアイテムらしい。

 確かにあの魔物除けの呪符があれば、魔物が跋扈するこの世界で旅をするのに便利そうだ。

 ただしその効力は30分という短時間なので、数日もかかるような長旅の場合は護衛を雇うべきではあるが。


 でもまぁ、そうした未知の呪符が実在するのも分かる気がするライト。

 ゲームでは冒険や討伐、各種イベント等のゲーム要素さえ満たされればよくて、それ以外の普段の生活や暮らしのあれこれなど全くどうでもいいことだ。

 だが、この世界で暮らすとなるとそうはいかない。ゲーム内では語る必要もなかった、生活や生きていくために必要な様々なアイテムがこの世界に生きる者達のために新たに生まれていたとしても当然のことなのだ。


「俺も魔物除けとか密談の呪符を作れりゃいいんだけどなぁ。さすがにそこら辺の魔法はまだ習得できてなくてな、未だに魔術師ギルドの呪符頼みさ」

「レオ兄ちゃんは欲張りだねぇ。もともと魔法が得意なのに、生活魔法まで習得しちゃったら魔術師ギルドの立場なくない?」

「ぃゃぃゃ、魔法が得意だからこそ習得できる魔法はなるべく得ておきたいんだぞ?そうすりゃ魔術師ギルドでいちいち呪符買わなくてもよくなるし」

「そりゃまぁそうだけどねー」


 基本物理至上主義の脳筋なのに、魔法習得にも貪欲なレオニスにライトは半ば呆れつつツッコミを入れるライト。

 だが、レオニスの言い分もある意味正しい。

 たとえどんな魔法であろうとも、どこでどう活躍するか分からない。普段は死蔵している魔法でも、何かの拍子に活きることだって十分可能性はあるのだ。

 冒険者という、常に危険性を伴う稼業。生き延びるためには貪欲なまでに様々な手段を得ておきたい―――それがレオニスの生きる上での信条でもあった。


 そんな他愛もない話をしていると、扉のノックとともにスヴェンが客間に入室してきた。


「お待たせいたしました。晩餐の用意ができましたので、大広間にご案内いたします」


 スヴェンの案内でライト達は大広間に向かった。





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 プロステス近郊にある炎の洞窟のボス的存在、炎の女王。ツェリザーク近郊にも同様に氷の洞窟があり、氷の女王がダンジョンボスとして存在します。

 炎の女王も氷の女王もそれはもう見目麗しく、美麗ビジュアルでファンも多くライトも前世で大好きなボスキャラでしたが。この二体の女王様、実は同一イラストの色違いバージョンだったりします。


 さすがに炎と氷を表すエフェクト部分はそれぞれ違いますが、顔立ちや表情などは生き写しとか一卵性双生児レベルのそっくりさん。

 モンスターの色違いバージョンという名の使い回しゲフンゲフン、データの流用あるある話です。

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