第277話 土産話と人生設計

 その日の晩は、皆でレオニスにたくさんの土産話をするためにラグナロッツァの屋敷で過ごした。

 翼竜籠での空の旅に始まり、八咫烏の里での出来事、マキシの双子の妹ミサキのこと、大神樹ユグドラシアとの出会い、襲撃事件の真相等々、レオニスに聞かせたい話がたくさんあるのだ。


 そしてそれらを聞いているレオニスの方も、実に興味深そうに聞き入っている。時に楽しげに、時に真剣に、全身全霊全力を傾けながらライトの初めてのお泊まり会の報告を聞いている。

 特に大神樹ユグドラシアの話には、食いつくようにして聞いていた。


「ほう、あの八咫烏の里の大神樹はユグドラシアって名前なのか。あすこに大神樹があるのは知っていたが、名前までは知らなんだ」

「うちの近くにある神樹ユグドラツィは、その弟妹なんだな。確かにあの大きさはユグドラツィより樹齢高いだろうな」

「おお、マキシだけでなくライトにも【大神樹の加護】をもらえたのか!そりゃすげーな!良かったなぁ、ライト!」

「…………何?ラウルまで【大神樹の加護】をもらっただとぅ!?くっそー、羨ましいぞ!俺も欲しい!」


 レオニスも大神樹ユグドラシアの存在だけは知っていたようだ。確かにあの大神樹の大きさならば、里からはるか遠く離れたところからでも見えるだろう。

 だが、さすがにレオニスでも八咫烏の里の中には一度も入ったことがないため、名前までは知ることができなかったらしい。


「あ、でもシアちゃんもレオ兄ちゃんの日々の働きに感謝しているって言ってたよ!だから、レオ兄ちゃんもシアちゃんに会えたらきっと【大神樹の加護】をもらえるよ!」

「そうか、なら次回マキシが里帰りする時には俺も同行させてもらうか……って、何でシアちゃん?」


 レオニスのもっともな疑問に、ライトがフフッ……と自嘲気味に解説する。


「うん、もとは近所のユグドラツィと混同しないように、違う部分で呼ぶことになったんだけどね?ミサキちゃんのおかげでいつの間にか『シア様』が『シアちゃん』に入れ替わっちゃってね?シアちゃんって呼ばないとすぐに訂正されちゃうんだ……」

「そ、そうなのか……ま、気さくな大神樹で親しみやすくていいじゃねぇか!」

「おかげで近所のユグドラツィも『ツィ様』じゃなくて『ツィちゃん』になっちゃった……」

「そ、そうか……んじゃ俺も今度からユグドラツィのところに寄った時には『ツィちゃん』と呼ばなきゃな。それにしても……シアちゃんとかツィちゃんとか、神樹族って結構面白可愛い性格なんだな!」


 レオニスが明るく笑い飛ばす。そう、ユグドラシアはもともとミサキにもユグちゃん呼びを快く受け入れていたくらいなのだ。

 ユグドラシアだけでなくユグドラツィも似たような性格だし、その気さくさ、お茶目さ、可愛らしさは神樹族特有の民族性?なのかもしれない。


 ライト達の土産話は、夜が更けるまで賑やかに続いていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日。冬休み中で朝早くに起きる必要のないライトは、朝日が昇ってから結構な時間が経ってから起床した。

 遅めの朝食をラウルに出してもらい、食べ終えてからカタポレンの森の家に戻る。

 自室に戻ったライトは、久しぶりにフォルをお使いに出した後に早速マイページを開いた。


「ようやく巌流滝の水を入手できたぞー」

「これで闘水が作れるようになる、はず、だ!」


 そう、ライトは久しぶりにゲーム由来のコンテンツ、クエストイベントを進めるつもりだ。

 闘水を作るための五種類の素材のうち、最後のひとつである巌流滝の水をマキシの帰省ついでにゲットできた。

 さらに言えばこの日は12月28日、翌日の29日にはレオニスとともに商業都市プロステスに出かけなければならない。

 闘水作りを進めるならば、今日が絶好の機会なのだ。


 ライトはマイページ内のイベント欄を開き、クエストイベントの最新の5ページ目を開いた。



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 ★小人族の危機に備えよ act.2 【闘水】を作ろう!★


 〔闘水 原材料〕

【21.赤棘花の蔓10個 報酬:スキル書【遠心分離】 進捗度:10/10】

【22.濃縮エクスポーション1個 報酬:イノセントポーションレシピ 進捗度:1/1】

【23.巌流滝の清水3個 報酬:エネルギードリンク1ダース 進捗度:0/3】

【24.濃縮アークエーテル1個 報酬:セラフィックエーテルレシピ 進捗度:1/1】

【25.茶色のぬるぬる1個 報酬:魔法のスポイト 進捗度:1/1】



 ====================



 これらのクエストのうち、事前に用意できた21番目の報酬は既に受け取っている。そしてその報酬のスキル書で得られるスキル【遠心分離】。こちらも既にある程度は研究済みだ。

 スキルの効果は字面通りで、液状のものを遠心分離にかけて成分を分離させることができる、というものだ。


【遠心分離】を発動させると、まず目の前に円形状の結界のようなものが出現する。その中に液状のもの、例えばハイポーションを投入していくと、結界の中で風魔法のようなものが発動する。

 そして液体を入れ終えてから数秒のうちに、結界の中で水分と有効成分に分離されるのだ。


 結界の中で分離された液状のものは、新たに二つの結界に分かれる。それらの結界に収納用の瓶の口を近づけると、分離された成分が瓶の中にシュルッと吸い込まれていく。

 こうして【遠心分離】は完了する。

 ちなみにスキル発動で消費するステータスは実行一回につきAP1とMP10、割とリーズナブルなスキルである。


 このスキルを習得した時、ライトは最初不思議に思ったものだ。

「はて、遠心分離で何をどうすんだ?」

 と。だが、同じページの他のクエストを眺めているうちに、そこに隠された意図に気づいたライト。


「ああ、そうか。濃縮エクスポーションとか濃縮アークエーテルって、そういうことか!」


 そう、ライトのゲーム知識には濃縮エクスポーションや濃縮アークエーテルなどというアイテムはもちろん【遠心分離】などというスキルも存在しなかった。

 だが、この【遠心分離】を使ってエクスポーション等の回復剤の有効成分を取り出せば、濃縮という形になるのではないか?

 ライトはそう推測したのだ。


 そしてライトの推測は正しかった。

 原料の数量や発動回数等、エクスポーションを用いて様々な条件で試してみた結果『通常のエクスポーション5個を1個分の量に濃縮したエキス』が『濃縮エクスポーション 1個』と認識されたのだ。つまりは通常の5倍濃縮である。


 お味の方はともかく、HPの回復量は単純計算でいくとHP4000ということになる。実際にそこまで回復するものかどうかは試せないので分からないが、少なくともマイページに収納下際に表示されるアイテム詳細によれば

『濃縮エクスポーション:エクスポーション5個を1個に濃縮したもの。HP4000回復する。』

 と出てくるので、HP4000以下ならば即時全回復するはずだ。


 理論が分かれば、後は実践あるのみ。

 クエスト22の濃縮エクスポーション同様、クエスト24の濃縮アークエーテルも通常のアークエーテル5個を1個分に濃縮して完成させる。

 そしてページラストのお約束、ぬるぬる系クエストも茶色のぬるぬるドリンクを5倍濃縮してクリアする。

 これは、ドリンクの中にあるぬるぬる成分を濃縮して濃くすることで、原料であるブラウンスライムから採取できるぬるぬる原液に限りなく近づけたのだ。

 ちなみに茶色のぬるぬるドリンクは珈琲味なので、その5倍濃縮となると珈琲界で言うところのデッド・アイに相当しそうだ。


 これら巌流滝の清水以外のクエストは、八咫烏の里に行く前に暇を見つけては研究を重ねてクリアしていた。

 後は最後の材料である巌流滝の清水、これを加えて闘水を作り上げることができればクエストイベント5ページ目が全クリアとなるのだ。


「巌流滝の清水3個ってのが、果たしてどれくらいの量か分からんかったが……」

「バケツ一杯出して即3個カウント到達したってことは、おそらくポーション瓶1本分が1個のカウントと考えて良さそうだな」

「水の量が多過ぎてノーカンなっても困るから、とりあえずポーション瓶3本分だけ取り分けてやってみよう」


 そう、かつての前世のゲーム時代もそうであったが、このサイサクスという創造神うんえいは基本的に優しくない。

 この新しいコンテンツであるアイテム生産に関しても、提示するのは材料だけで作り方の手順など細かい説明は一切せずにサボる傾向が強いのだ。


 濃縮エクスポーションにしたってそうだ。前世で散々遊び倒していたライトですら見たことのない、正真正銘初見のアイテムなのに手元に現物がないから名称から推測するしかない。

 おかげで迷える仔羊ユーザーは手探り状態で正解を探し当てねばならず、割と傍迷惑かつ大不評だったりする。

 まぁそれはそれで、時にはパズルや推理ゲームのように楽しめたりもするのだが。


 幸いにも巌流滝の清水はバケツ30杯分を確保してあるので、そのうちの一杯で空の瓶の中をよく洗い、別のバケツの新たな清水を瓶に詰めて量の計測をする。

 ポーション瓶3本分の清水の入った大きめのボウルに、予め磨り潰してペースト状にしておいた赤棘花の蔓10個分、濃縮エクスポーション1個、濃縮アークエーテル1個、茶色のぬるぬるドリンク濃縮バージョン1個を入れていき、その都度ゆっくりと混ぜていく。

 全てが初めてのことなので、おっかなびっくりしながらも何だか理科の実験のようで楽しくなってくるライト。


「うひょーぃ、何か錬金術師っぽーい!テンション上がるぅー!」

「クエスト報酬にイノセントポーションレシピとかあったし、極めれば薬師としてもやっていけるかも!」

「ま、薬師よりまずは冒険者になるのが先だけどねッ!薬師は冒険者引退後の就活候補にしとこうっと!」


 薬師や錬金術師のような調合作業に、徐々にハイテンションになっていくライト。

 将来の夢である冒険者はともかく、その先の引退後の就活候補まで考える8歳児というのも果たして如何なものか。

 とはいえライトは前世で就職氷河期世代だったため、老後を含めた人生設計に安泰さを求めるのも致し方ないことか。


 そしてボウルの中で出来上がった液体を、綺麗に洗浄したポーション瓶にひとまず詰めてみてアイテム欄に収納する。

 すると、収納したアイテムは【闘水】と表示された。


「よっしゃ!闘水の、完成でーーーッす!!」


 久しぶりにクエストイベントがクリアできた瞬間だった。




====================


 土産話の後は、少しだけクエストイベントの再開&作業進行です。

 クエスト対象の『巌流滝の清水』はマキシの八咫烏の里帰り時に採取することが決まっていたので、それまでの間は他のクエストをクリアすべく日々地道に研究していたのです。


 その中のひとつ、茶色のぬるぬる。

 これはまぁ以前から何度か珈琲絡みで出てきているのですが。これを濃縮するとなると、さて現実世界でブラック系の濃いお珈琲とはどのようなものがあるんでしょ?と疑問が湧きまして。早速検索検索ぅ!


 私の浅ーい知識では、エスプレッソが濃いめでアメリカンは軽めー?くらいしか思い浮かばなんだのですが。やはりいろいろとあるものなんですねぇ。

 とりあえず最も濃い珈琲の例として『ブレンド珈琲にエスプレッソを3ショット淹れる』という、超々マジ濃そうな『デッド・アイ』にしてみました。

 まぁ物語だから出せますが、甘めのカフェオレ教信者の私には到底無理そうです><

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