第279話 神樹の祝福

 八咫烏の里から出たライト達一行は、魔物除けの呪符二枚を使って巌流滝まで移動した。

 そして早速水面に向かってウィカを呼び出すライト。


「うなぁん♪」

「ウィカ、こないだのツェリザークぶりだね!」


 滝壺からヒョイッと顔を出して現れたウィカ。

 ライトを見つけて早速その胸に飛び込んできた。


「黒猫姿のそれが、前から話に聞いていた水の精霊か?」

「うん、水の精霊ウィカチャだよ。名前はウィカっていうの。普段は目覚めの湖に住んでいるんだ」

「……見た目は黒猫なのに、全然怖くない……やはり本質は猫ではなく精霊だから、ですかね?」

「うにゃ?」


 ウィカチャに興味津々のラウルと、同じく興味津々だけどラウルの後ろに隠れながらそーっと見ているマキシ。

 二人とも普段はラグナロッツァの屋敷にいるので、ウィカチャとは今回が初対面である。

 そして妖精のラウルはともかく、鳥類である八咫烏のマキシには本来なら黒猫など天敵もいいところなのだが。ウィカチャは本物の猫ではなく精霊なので、マキシに問答無用で襲いかかったりはしないのだ。


「ウィカ、ぼく達を目覚めの湖まで連れてってくれる?」

「うにゃっ」

「いつもありがとう!さ、ラウル、マキシ君、ぼくと手を繋いで」


 ウィカはライトの肩の空いている右側にちょこんと乗っかる。

 ちなみに左肩はカーバンクルのフォルが既に占領済みだ。いわゆる『両手に花』ならぬ『両肩に花』状態である。


「ライト君、いいなぁ……フォルちゃんとウィカちゃんに囲まれて羨ましいー」

「ライト、今から両手に花とか贅沢だな?」


 フォル教信者第一号第二号が、心底羨ましそうな眼差しでライトを見つめながらライトの両脇に分かれて手を繋ぐ。

 既に『両肩に花』状態のライト、今度は両手にイケメン万能執事と可愛い系美少年に囲まれて『両手両肩にゴージャス花束』という豪華絢爛百花繚乱になる。

 唯一惜しむらくは、その豪華な花束のどれ一つとして人間の女の子ではないことか。


「さ、んじゃ今からおうち帰るよー。ウィカ、目覚めの湖までよろしくね」

「うにゃぁん」


 ライトはウィカに声をかけてから、巌流滝の水面に足で触れる。そこからスルッと水面に吸い込まれたライト達一行は、しばし水中世界を楽しんだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「いやー、水中での移動ってすげーな!」

「うん、巌流滝も目覚めの湖も本当に綺麗でしたね!」


 ラグナロッツァの屋敷で興奮気味に話すラウルとマキシ。

 まぁその気持ちは分からないでもない。ウィカと初対面の彼らは、ウィカのその特殊能力に触れるのも初めてのことなのだから。

 水を介しての瞬間的な長距離移動。数秒だけ垣間見える水中世界は、まさしくマリンスポーツで得る感動そのものだ。


 目覚めの湖まで移動した一行はウィカに礼を言って別れ、カタポレンの森の家に向かう。

 ここでふと、ライトが思いついたようにラウルとマキシに話しかけた。


「ねぇ、ついでだからこっちの神樹ユグドラツィにも会っていく?」

「シアちゃんの弟妹の神樹か?」

「うん、ここからそんなに遠くない場所にあるんだ」

「そうですね。僕ら滅多にこっちには来ませんし、会えるなら会っておきたいです」

「よし、決まりね!」


 ライトの提案で、今度は三人で神樹ユグドラツィのもとに行くことになった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目覚めの湖から駆けること約30分。三人はようやく神樹ユグドラツィの手前まで辿り着いた。


「ゼェ、ハァ、ゼェ……ライト、お前本当に元気だね……」

「えー、ラウルが足腰弱過ぎるだけじゃない?だってマキシ君はあんなに元気だよ?」

「飛んでるマキシは論外だろ!」


 マキシは神樹ユグドラツィ行きが決まってから、人化の術を解いて八咫烏の姿になっていた。

 そう、カタポレンの森の中にいるうちは人化の姿でも八咫烏の姿でもどちらでもいいのだ。ならば森の中での移動には、飛行できる八咫烏モードの方が楽チン楽勝なのである。


「ラウルだって妖精でしょ?ぼくをおんぶしてシアちゃんの上に飛んでいったように、バビューン!って飛行できるでしょ?」

「お前ね……飛行するにしたってね、木の密集した森の中は結局飛びにくいもんなの!木をクネクネ避けながら飛ぶくらいなら、まだ普通に走った方がマシだ!」

「じゃあマキシ君のように、ラウルも木の上の方を飛べばよかったのに……」


 文句ばかり出てくるラウルに、ちょっとだけ拗ね気味のライト。


「そんなことしたらライト、お前一人で森の中を走らせることになるじゃないか」

「ん?そうなるけど、それがどうかしたの?」

「あのな、今回俺はお前達の護衛でついてきてるんだぞ?その護衛の俺が、護衛対象のライトから離れる訳にはいかんだろ」

「……あ、そゆこと?」


 そう、ラウルは嫌々ながらライトに付き合って森の中を走ったのではなく、ライトの護衛という任務を全うするために共に駆けたのだ。

 そしてそれはただ単に任務を全うするためというだけではなく、ライトの身を心配した上で森の中を共についてきてくれたことにライトは気づく。


 んもー、ラウルの気遣いは伝わりにくいんだから。そうならそうと、ちゃんと言ってくれればいいのに!

 ライトはそう思う反面、これがラウルなりの自分に対する心配りなんだということが分かり、心がじんわりと温かくなるのを感じる。


「そっかそっか、ラウル、いつもありがとうね!」

「お、おう……」

「そしたらこれ、お疲れさまのエクスポーションね。はい、どうぞ!」

「お、これは遠慮なくいただくぞ。…………くーーーッ、こういう時のエクスポは効くなぁ!」


 ライトがニコニコ笑顔で嬉しそうにしながら、お礼のエクスポーションをラウルに差し出す。

 最初のうちこそ少しだけ赤面しながら照れ臭そうにしていたラウル、ライトの差し出したエクスポーションを遠慮なくゴキュゴキュと飲み干す。


 一段落したところで、ライトが改めてラウルとマキシに向かって語りかける。


「さ、二人とも!この先に神樹ユグドラツィがいるからね!」

「ツィ様に会うの、二人は初めてでしょ?最初だけでもいいから、しゃんとしてね!」


 ライトが檄を飛ばしつつ、三人は奥に進んでいった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ライトに案内された奥には、神樹ユグドラツィがいた。

 その聳え立つ様は、まさに神樹の名に相応しい威容だ。

 大きさこそ大神樹ユグドラシアには敵わないが、それでも威風堂々たる姿は見る者を圧倒し感動させる。


「ユグドラツィ様、お久しぶりです!」

「お元気にしてましたか?ぼくはこの通り元気です!」

「というか、ユグドラツィ様と同じ神樹の大神樹、ユグドラシア様にも会ってきたんですよ!」


 ライトはいつものように、ユグドラツィに向かって一方的に語りかけ続ける。

 そんな中、ふとどこからか声が聞こえてきた。


『……ィ』

「ン??」

『ツィちゃん』

「!?ここでもダメ出し食らうの!?」


 そう、その声の主は神樹ユグドラツィ。

 そしてその聞こえてきた記念すべき第一声は『ツィちゃん』という、呼び方へのダメ出しの声であった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『我が敬愛する兄姉に会ってきたのですね』

「はい!ここから遠いところにある八咫烏の里、その中心をある大神樹ユグドラシアのシアちゃんに会ってきました!」

「ここにいる八咫烏のマキシ君の生まれ故郷なんですよ。マキシ君はぼくの友達で、昨日マキシ君の里帰りにいっしょについて行って、今日帰ってきたんです」

「マキシ君の横にいるのは、妖精のラウルです。いつもはラグナロッツァの家で執事をしていて、今回はぼく達の護衛としてついてきてくれたんです」


 挨拶がてら、ライトは少し後ろに控えていたマキシとラウルをユグドラツィに紹介した。

 紹介されたマキシとラウルは、一歩前に出て自己紹介を始めた。


「今ライト君の紹介に与りました、八咫烏のマキシと申します。ライト君には本当にいつもお世話になってばかりで……友達なんていってもらえて本当に嬉しいです!」

「俺はラウル。ライトの言う通り、もとはプーリア族の妖精だ。だが今はカタポレンの森を離れて、ラグナロッツァのレオニスの屋敷で執事をしている」


 二人の自己紹介中、さわさわと優しく心地良い風がずっと吹いている。どうやらユグドラツィが喜んでいるようだ。


『そこの二人……いえ、ライトも含めて三人とも兄姉の祝福を受けたのですね』

「はい!シアちゃんから【大神樹の加護】をいただきました!……って、ン?ラウルも加護をもらったの?」

「おう、俺もシアちゃんにおねだりして加護もらってきたぜ」

「え、おねだりってあーた、いつの間に……一体何してんの、ラウルってば……」

「だってさぁ、お前らだけ加護もらって俺にはないって、何となく寂しいだろ?俺だけ仲間外れみたいでさ」


 寂しいとか寂しくないとか仲間外れとか、そういう問題では全くないのだが。

 それでもそんな子供みたいなことをさらっと言えてしまうのが、このラウルという妖精の可愛らしいところだ。

 そのチャームポイントを活かして【大神樹の加護】などというとんでもない加護をゲットしてしまうあたり、ただ可愛らしいだけでなくちゃっかりとしてもいるのだが。


『いずれにしても我が敬愛する兄姉の加護を得たことで、こうして貴方方とも言葉を交わすことが可能になりました』

『特にライト。貴方がいつもここで語ってくれる話は、いつも楽しくて興味深くて―――』

『貴方がここに来てお話してくれるのを、いつも楽しみに待っていましたよ』

「ツィ様……」

『ツィちゃん』

「うぐっ…………ツィちゃんにもそう言ってもらえると、ぼくも嬉しいです!」


 今までユグドラツィの言葉は聞こえていなかったので、いつもライトが一方的に話すだけだったのだが。それをユグドラツィも楽しみに聞いていたとは、ライトとしても夢にも思っていなかった。

 そして、ユグドラシア同様に呼び方の訂正が速攻で飛んでくるあたり、本当に兄弟姉妹なのだということを強く実感させられる。

 もしかしてこれは、シアちゃんとツィちゃんは繋がっているのか?


「ところで、あのー……ツィちゃんはシアちゃんとも意思が繋がっていたりするんですか?」

『兄姉シアちゃんだけでなく、神樹族は世界中にいる兄弟姉妹と繋がっています』

「やっぱりそうなんだ!」

『ですが、年がら年中ずっと強く繋がっている訳ではありません。さすがにそれは疲労の蓄積も激しくなりますし』

「ですよねぇ」

『喜怒哀楽の感情―――何か嬉しいことがあったり悲しいことが起きたりすると、他の兄弟姉妹にも伝わってくる程度です』


 ライトの予想通り、やはり神樹族はそれぞれ繋がっているらしい。

 自らの身で自由に動けない分、そうした精神面での強固な繋がりがあるのだろうか。


『例えば今回でいうなら、兄姉シアちゃんの喜びの感情が昨日今日と私にも伝わってきました』

『ですが……感情の伝達はよほど強い喚起でない限り、他の兄弟姉妹には伝わりません』

『そうしたことから考えても、兄姉シアちゃんの喜びは相当なものだったのでしょう。それを受けた時の私も歓喜に包まれて、それはそれは幸せな気持ちになりました』


 先程から、優しく心地良い風が止むことなくライト達をずっと包んでいる。ユグドラツィの歓喜が伝わってくるようだ。


『兄姉ほどの強力なものではありませんが―――私も貴方方に祝福を授けましょう』

『神樹族の友である貴方方に、これからより幸多からんことを』


 ユグドラツィがそう言うと、優しく心地良い風が数瞬だけ強さを増してライト達を包む。

 身の内からとても温かい何かが湧き出て全身を駆け巡る。

 ユグドラツィの与えた加護【神樹の祝福】が三人の身体に浸透したのだ。


「シアちゃんだけでなく、ツィちゃんからも加護をもらえるなんて……本当に嬉しいです!」

「八咫烏の僕にまでいただけて、こんなに嬉しいことはありません!ありがとうございます!」

「俺が一番の儲け者だな。だが、俺のような軟弱者には加護をいただけてありがたい。これからもこいつらを守る力をもらえたってことだからな」


 三者がそれぞれにユグドラツィに礼を述べる。


『ふふふ。いいのですよ。これからも時折私のもとに来て、外界の楽しい話や面白い話を聞かせてくださいね』

「「はい!」」「おう」


 ユグドラツィのささやかな願いに、ライト達は力強く了承の返事をしたのだった。





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 マキシの里帰り、八咫烏の里編のラストおまけシーンです。そう、遠足はおうちに帰るまでが遠足ですからね!

 それに、作中でも書いてありますが。ライトはともかく、ラウルとマキシは普段ラグナロッツァに住んでいるのでカタポレンの森に足を踏み入れること自体が滅多にないんですよね。

 なので、ラウルやマキシが拠点のラグナロッツァに帰る前に、シアちゃんの弟妹ツィちゃんにも合わせちゃおう!という作者の優しーい親心が込められたエピソードなのです。

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