第271話 冤罪と恩返し
「しかし……廃都の魔城に巣食う四帝という輩ども……底知れぬ強大な力を持っておるようですな」
『ええ……この私ですら全く気づくことのない悪辣な罠、穢れなどというものをマキシの内の奥深くに潜ませるとは―――』
マキシとユグドラシアの心温まるやり取りが一通り済んだところで、今度は敵である廃都の魔城の話に移った。
この八咫烏の里はカタポレンの森の中でも奥深くにあり、また廃都の魔城からは地理的にも相当離れていることもあって、それらに直接関わるようなことは今まで一度もなかったらしい。
「奴等が悪逆の徒であることは、風の噂により聞き及んではいたが……これ程までに悪辣な奸計を弄するとは」
「まさに邪悪の権化にして、決して許されざる存在。我等八咫烏一族にとっても怨敵である」
「そして我等八咫烏のみならず、大神樹ユグドラシア様にまでその魔の手を伸ばそうとしたこと―――必ずや後悔させてやる」
ウルスがわなわなと震えながら、怒りに燃える。
「奴等は八咫烏だけでなく、全世界の敵です。生きとし生けるもの全てに仇なす諸悪の根源、それが廃都の魔城の四帝です」
「ぼくの父も、ぼくが生まれる前に廃都の魔城で亡くなりました。それにより母も無理を重ねた結果、ぼくが生まれてすぐに父の後を追うように亡くなりました」
「ぼくにとっても、廃都の魔城の四帝は両親の仇なんです」
ライトも身の上を語りながら、廃都の魔城が八咫烏達と同じく己の宿敵であることを明かす。
「そうだったのか……ライト殿の心情、察するに余りある。人族の幼き身で両親の庇護を失うことは、これまでさぞ苦労なさったであろう」
「いいえ、ぼくはその後運良く両親の幼馴染であるレオ兄ちゃんに引き取ってもらえました。今ぼくがこうして生きて皆さんと会えているのは、ぼくを産んでくれた両親とぼくを育ててくれたレオ兄ちゃんのおかげです」
「そうか、そのレオニーちゃんという御仁はとても立派な方なのだな」
「……ン?レオニー、ちゃん?」
ウルスの発音が何だか限りなく怪しい。どうやらレオニーという人名に変換されてしまったようだ。
今回に限って言えば、常日頃からレオニスのことをレオ兄ちゃんと呼ぶライトの方に非があるのだが。
「あ、えっと、ごめんなさい。レオニーって名前じゃなくてレオニス・フィア、カタポレンの森の番人と呼ばれてる人です」
「カタポレンの森の番人!?彼の御仁のことか!?」
ウルスもレオニスの存在は知っているらしい。大神樹ユグドラシアも森の番人としてその名を聞き及んでいたくらいなのだから、八咫烏一族の族長であるウルスも知っていて当然といえば当然か。
それにしても、その呼び方がナヌスの族長ヴィヒトと全く同じ『彼の御仁』というのは偶然の一致なのか、何とも面白い。
「そうか、ライト殿は彼の御仁の養い子なのだな」
「はい、赤ん坊の頃からこのカタポレンの森の家で何不自由なく育ててもらいました」
「通りで人の子の身でありながら、このカタポレンの森の空気にも平気な訳だ」
「ええ、ぼくはこのカタポレンの森の空気は全然平気ですし、むしろ好きなくらいなんですが……残念なことに、魔力の低い人族や獣人族なんかにはこの森の空気はダメらしいですね」
そういえば、巌流滝まで運んでもらった翼竜籠のシグニスさんも全然ダメっぽかったもんなぁ、とライトは『カタポレンの森での常人の反応』を思い浮かべる。
「うむ。このカタポレンの森の魔力に満ちた空気は、強欲な人族を除ける役割も果たしてくれている。我等にとっては呼吸するだけで魔力を補充できる、ありがたくも美味なる空気だが。人族の臓腑にはキツいものらしいな」
「そうなんですよねぇ。ぼくは赤ん坊の頃からいたおかげか、全然問題なく過ごせるんですけど」
「ぃゃぃゃ、これに耐えられる人族など本当に極僅かしかおらんからな?正直な話、実は先程まで私はライト殿のことを人族の子とは思っておらなんだくらいだ」
「え?んじゃぼくのこと、一体何だと思ってたんです?」
「魔神族もしくは人化した魔物かと」
「何それしどい」
知らぬ間に、ライトに魔物 or 魔人族疑惑を持たれていたとは。びっくり仰天驚き桃の木山椒の木である。
もっとも、ライトとしてはそんな冤罪をかけられてはたまったものではない。
そんな人外疑惑をかけられていいのは、レオニスやフェネセンくらいのものである。
「ぼくは!普通の!人族です!父さんは凄腕の冒険者だったけど普通の人族だし、母さんも普通の町娘だったって聞いてます!」
「人族の枠をはるか彼方に飛び出してるのは、レオ兄ちゃんとかフェネぴょんとかクレアさんとか、そこら辺くらいですからね!?」
「そういう人達といっしょにされたら、ぼく困るんです!……ぼくにはまだ皆のような力はないから」
己にかけられた冤罪を懸命に晴らそうとするライト。
その剣幕に、ウルスはたじろぐ他ない。
そして何気に人外疑惑候補にクレアが混じっているのは、多分気のせいではない。
一気に捲し立てたライト、言いたいことを言い切ったせいかゼェ、ハァ、と肩で息をしながら少しだけ落ち着く。
「そ、そうか、それはすまぬ」
「いえ、分かっていただければいいんです……ぼくもムキになっちゃってすみません」
「しかし……ライト殿の身の回りには、人外の者がたくさんおられるのだな」
「うぐッ」
ウルスの冷静な指摘に、ライトはぐうの音も出ない。
その三者は誰もが認める規格外で、ライトの最も身近な人々なのだから。
「だが、そうした力強き者の傍にいられるのはとても良いことだと私は思う」
「そうした者達から受ける庇護や恩恵はもちろんのことだが、身近で見て学べることもたくさんあるだろうからな」
「もちろんそれは、その者達の力を我がものと勘違いせずに、驕ることなく日々己の研鑽を怠らないことが大前提だが」
ウルスはライトの育つ環境の良さを指摘するだけでなく、それに対するライトの心構えをも説く。
確かに親や身内の七光だけを
決してそのような愚物にならぬように、とウルスはライトに暗に警告してくれているのだ。
「はい。ぼくは本当に恵まれていると思います。両親の愛こそ受けられませんでしたが―――それ以上に、レオ兄ちゃんやたくさんの人達から愛情をいっぱいもらいました」
「いえ、今でももらいっぱなしで……人族だけでなく、八咫烏のマキシ君や妖精のラウルからもいっぱいもらってます」
そう言いながら、ライトはマキシやラウルを見る。
「ぼくはいつか、皆に恩返ししたいんです。今日だって、大神樹ユグドラシアのシアちゃんから【大神樹の加護】なんてすごいものをもらっちゃいましたし」
「マキシ君には敵わないけど、ぼくもシアちゃんのために何かしてあげたい、そう思ってます」
「シアちゃん……そういえば、先程のマキシもそのように呼んでいたが……もしやそれは、ユグドラシア様のことを指しておるのか?」
ウルスがライトのシアちゃん呼びを聞き、スーン、とした半目になっている。
おっと、これは八咫烏一族族長としてさすがに容認はできないかな?そしたらちゃんと説明しとかないと!とライトは脳内で早急に考える。
「あ、えーと、これは既にシアちゃんの方からぼく達に『シアちゃんと呼べ』という指令が出ててですね」
「何ッ!?」
「ぃゃ、本当はぼくは『ユグドラシア様』ってお呼びしたかったんですよ?でも、ぼくの家の近所にも神樹がありまして」
「それで、シア様、と?」
「ええ。うちの近くの神樹はユグドラツィという名前なので、そちらと混同しないように違う部分で呼ぼう、ということになりまして」
「いやいや待て待て、待つのだライト殿。百歩譲って『シア様』はいいとして、何故にそれが『シアちゃん』になる?そもそもその『シアちゃんと呼べ』という指令をユグドラシア様から受けたというのは、本当のことなのか?」
ウルスが右の翼で痛む頭を押さえながら、ライトに問い質す。
うん、ぼくもね、本当にシア様と呼ぶつもりだったんですよ?
ですけどね?それがシアちゃんになっちゃったのは、主にアナタの末娘ミサキちゃんのせいですよ?
でもって、シアちゃん自身がシアちゃん呼びを気に入っちゃったらしくてね?シア様呼びしようにも、毎回シアちゃんから訂正食らうんですよ。
そうなったらもうぼくにはどうしようもないでしょ!?ぼく悪くなーーーいッ!!
口にこそ出さぬが、内心では静かにピキピキと青筋を立て抗議するライト。
その瞬間、ユグドラシアの声が響いた。
『本当のことです』
「……ユグドラシア様!!」
『そうですね、良い機会ですから貴方方にもお話しましょう。ウルス、心して聞きなさい』
「……はい」
ウルスは改めてユグドラシアの幹に向かって跪いた。
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ライト君ってば、本当に失敬ですねぇ。
あの人はギルド受付嬢としてはスーパーウルトラファンタs(略)ですが、それ以外は極々普通の平凡な乙女なんですよ?
全くもう……ライト君がだんだん素直じゃなくなっていくのは、レオニスさんのせいですかね?
よし、後ほどレオニスさんにお仕置きしておきましょう。
(ディーノ村在住、クレェウィアさん(仮名:15歳))
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