第256話 二人の族長

「よう、ラキ。あれから素材集めは進んでいるか?」

「おお、レオニス、久しぶりだな。まぁぼちぼちってところだ」


 レオニスはオーガの里を訪れ、真っ先にラキのもとに向かっていた。

 里の中は以前の平穏さをすっかり取り戻している。


「これ、前に話したアイテムバッグな。大きさは俺達人間向けに作ってあるからオーガのラキ達にはおままごとのバッグにしか感じられんだろうが、そこら辺は勘弁してくれ」

「いや何、気にするな。借り物でいつかはお前に返すものなんだから当たり前のことだ」

「すまんな、そう言ってもらえると助かる」


 そう言いながら、レオニスはラキにアイテムバッグを渡す。

 俺達人間向けと言いつつ、そのアイテムバッグのサイズは成人男性が背負っても全く違和感なさそうな大きさだ。

 きっとレオニスは、ラキ達オーガにも少しでも使いやすいように人間用でもギリギリ通りそうな最大サイズにしたのだろう。

 レオニスの心根の優しさが伺えるというものだ。


「この袋に、袋の大きさよりもはるかに大量の物が入れられるのか……」

「おう、容量制限つけてないからな。魔力さえありゃいくらでも物入れられるぞ」

「魔力……俺達オーガの最も無縁なものだが……」


 ラキがアイテムバッグを手に取り、物珍しそうな視線で繁繁と眺めるもレオニスの『魔力さえありゃ』という言葉に若干心配そうな表情になる。

 上下左右はもとよりバッグの中まで覗き込んでいる姿は、さなから新しい玩具を与えられた子供のようだ。


「魔力のことなら心配すんな。カタポレンの森の魔力を取り込める仕様にしてある」

「そうなのか?ならば問題はなさそうだな」

「ああ、ラキ達オーガ族は魔力に無縁でも、カタポレンの森には魔力が満ち満ちているからな」


 アイテムバッグの表側、メインコンパートメントには水晶に森の魔力を吸わせて溜め込んで魔石に変える特殊な魔法陣を描き込んである。

 そう、レオニスやライトが日頃使用している魔石を作るのと同じ仕組みだ。

 それに合わせて、魔石用の大きめの水晶も六芒星型に六ヶ所配置し縫い止め埋め込んである。

 これさえあれば、魔力の乏しいオーガ族や普通の人間でもアイテムバッグとして運用できるのだ。


「何にしてもありがたい。これで毒茨の花粉を新鮮なまま保存できるのだな」

「ああ、採取の方頑張ってくれよ」

「もちろんだ」


 ここまで話していて、ふとレオニスが思い出したように付け加える。


「ああ、そういや今日は今ある素材で大珠奇魂を入手してきたんだがな。前回俺が預かっておいた毒茨の花粉、あれ一瓶で30個分になったぞ」

「おお、そうか。ということは、あれと同量程度をまた集めれば良いんだな?」

「そういうことだな」

「了解した。早期に揃えられるよう、里の者達総出で採取に向かおう」


 前回の素材採取の成果を聞き、ラキの顔も綻ぶ。


「今日入手したという大珠奇御魂はどうしたんだ?今持ってるのか?」

「いや、それはライトが今ナヌスの里に届けに行ってくれている」

「そうか……レオニスにライト、お前達には本当に世話になるばかりだな」


 ラキが何とも申し訳なさそうな表情になる。

 さすが族長を務めるだけあって、ラキは脳筋族の中でも屈指の常識人のようだ。

 そんなラキに、レオニスは笑いながら答える。


「何、気にするな。今日は俺とライトでともに狗狼狩りに出かけてな、帰る道すがらここに立ち寄ったんだ。俺がオーガの里に出向いてる間に、ライトがナヌスの方に届ける。効率良いだろ?」

「……そうだな。お前達には返しきれない恩ばかりが溜まっていくが……いつか必ず、少しづつでも返していくからな」

「それこそ気にすんな、俺達ズッ友だろ!」


 ここでレオニス、先日魔の者達の事情聴取時に仕入れた新しい言葉『ズッ友』を披露する。


「……ズッ友?何だそれは?」

「『ずっと友達』の略語だ。俺もこないだ初めて聞いたばかりの新語なんだがな!」

「ずっと友達、略して『ズッ友』か……何とも面白い響きの言葉だが……そうだな、俺達は間違いなく『ズッ友』だな」

「そうだろそうだろ?」

「「ワーッハッハッハ!!」」


 レオニスとラキ、二人の会話は今日もふんぞり返りながらの豪快な高笑いで締め括られる。

 一頻り陽気な高笑いで意気投合してから、レオニスはオーガの里を後にした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 レオニスがオーガの里でラキと話をしていた頃。

 ライトもナヌスの里でヴィヒトと話をしていた。


「ヴィヒトさん、お久しぶりです!」

「おお、ライト殿。久しいですな」

「今日は人族の大珠奇魂が入手できたので、それをお届けにきました!」


 そう言うと、ライトは早速自分のアイテムリュックから先程ツェリザークで入手してきたばかりの大珠奇魂30個を次々と取り出した。

 ライトより小さな小人族のナヌスにとっては、小瓶ですら大きめに感じられることだろう。その小瓶30個が並べられた壮観な図を、ナヌスの族長ヴィヒトは息を呑みながら眺める。


「おおお、前回人族の作りし大珠奇魂を見た時にもかなり強い気を感じたが……これ程の数ともなると、より一層強い気を感じる」

「今日入手できたのが30個で、残りの30個はまた近いうちに入手できると思います」

「承知した。先に届けてもらえれば、その分【加護の勾玉】の作成に着手できるからな」

「はい!残りの30個も入手したらまたすぐにお届けしますね!」


 ライトが元気よく返事をすると、何やらヴィヒトがブツブツと呟いている。


「うぬぅ……やはり我等の作る大珠奇魂よりもはるかに力が強い……」

「何故だ、原材料の素材は全く同じなのだよな?なのに、何故こうも出来上がりが違うのだ……」

「作る手順や工程が違うのか?人族には我等の知らぬ秘訣や智慧があるのか?……ぐぬぬぬ」


 真剣な眼差しで人族製の大珠奇魂を眺め睨むヴィヒト。

 その迫力に、ライトはたじろぎつつもそっと声をかける。


「あのー……ヴィヒトさん?大丈夫ですか?今日の大珠奇魂に何か問題でも?」

「……ん?ああ、いや、問題は我等の方にあるのでライト殿は気になさらないでくだされ」


 ライトの声にヴィヒトは我に返り、慌てて取り繕いながら答える。


「じゃあこの30個はぼくがまた運びますね。どこへ持っていけばいいですか?」

「ああ、そうしていただけるとありがたい。ではこちらの方に頼む」


 ライトの申し出に、ヴィヒトが歩きながら案内していく。

 どうやら以前ライトが分け与えたハイポーションやエーテル類を置いた倉庫のようだ。

 倉庫に向かう道すがら、ライトとヴィヒトは他愛もない雑談で花を咲かせる。


「あれからポーションやエーテルはお役に立てていますか?」

「ああ、あれほど効き目の早い回復剤はありがたいとしか言いようがない」

「そうですか、それは良かったです!」


 ここでふと、ヴィヒトが何かに気づいたように口を開く。


「ああ、回復剤と言えばライト殿にまたお願いがあるのだが……」

「ん?何か足りないものでも出てきましたか?ポーション?エーテル?」

「いや、そこら辺の回復剤はまだたくさんあるのだが……」


 ヴィヒトが何やら言いにくそうに言葉が淀んでいる。

 そんなヴィヒトの様子に、ただならぬものを感じたライトは力強く問う。


「ヴィヒトさん、ぼくにできることなら何でも言ってください!ぼくまだ子供だけど、頑張って協力しますから」

「……ドリンク」

「…………は?」


 ヴィヒトの口から語られた、思いも寄らぬ単語。

 その単語の響きの間抜けさにつられて、ライトからも間抜けな聞き返しが洩れた。


「いや、その、ライト殿がいつももたらしてくださる、ぬるぬるドリンク」

「…………ぬるぬる?」

「そう、そのぬるぬるドリンクの黄色をだな、里の女子衆が求めてやまないのだ」


 ライトとナヌス族の出会い。それはライトのマイページのイベント欄から始まった。

 クエスト形式のイベントで、それをクリアするためにライトは数々のアイテムをナヌス達に渡してきた。

 それらは主にポーションやエーテルなどの回復剤が多かったが、ページの締め括りには必ずぬるぬるが登場する。


 そのぬるぬるは本来ならスライム系モンスターを倒して得るものなのだが、まだモンスターを狩るに至らない非力なライトはぬるぬるドリンクで代用してクリアするという裏技を行使してきたのだ。

 黄色のぬるぬるドリンクは、その裏技行使してきたうちのひとつだった。


「我等男衆には分からんのだがな?何でもその黄色のぬるぬるドリンクは美容に良いそうで」

「本当に肌が白くなった!手荒れに効いた!シミが薄くなった等々、女子衆の間でそれはもう評判になっておってな」

「黄色のぬるぬるドリンクの奪い合い、とまではいかぬが……次にライト君が来るのはいつ!?来たら絶対に教えてね!!と……」

「女子衆から毎日のように迫られておるのだ……」


 若干憔悴気味のヴィヒト、ぬるぬるドリンク所望の理由を語った。

 黄色のぬるぬるドリンク、レモン味。その強烈な酸味はまさしくレモン味なのだが、その名に忠実なのは味だけでなく美容効果も遺憾なく発揮されているようだ。


「ハハハ……女性の美に対する思いというのは、天よりも高く、海の底よりも深い、と言いますからねぇ」

「そのようだな……女子衆の目の色があそこまで変わるところなど、初めて見た……」


 ヴィヒトの苦労が忍ばれる。

 はて、今黄色のぬるぬるドリンクは何本あったかな、とライトは考える。

 確か前回も『美容に良い』の一言でただならぬ空気になったので、次にナヌスの里を訪問した時にいつでも渡せるように、と思い多めに購入したはずだ。


「黄色のぬるぬるドリンクなら何本が買ってありますので、大珠奇魂といっしょに倉庫に入れておきますね」

「おお、そうか!そうしていただけるとありがたい!!ライト殿、本当にかたじけない!」


 ヴィヒトは憔悴顔から一転、明るい未来を得たかのような破顔になる。

 世の女性達の美への飽くなき追求心というのは、本当にものすごいパワーなんだなぁ……と、ライトは改めて思い知るのだった。





====================


 えー、私事で申し訳ないのですが。

 最近の急激な朝晩の冷え込みと掃除で思いっきり埃を吸い込んでしまい、我が脆弱なる気管支が非常にマズいことになっております。

 重篤ではないものの喘息持ちでして、おかげで話がろくにかけておらず……とうとう下書きストックが切れてしまいました。

 一応今日も頑張って話を書き進めるつもりではおりますが、当面の間一日置きの月水金更新とさせていただくことになるかもしれません。

 申し訳ありませんが、ご了承の程よろしくお願いいたします。

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