第255話 ハデスの大鎌
【ハデスの大鎌】―――それはブレイブクライムオンラインの中で登場する。特定の有料任務を完了すると、低確率で得られるレア武器の名前だ。
有料任務とは字面の通りで、リアルマネーを注ぎ込み課金購入することで挑戦権を得られる討伐任務のことである。
その価格は100円から500円と様々な種類やランクがあり、当然値段が高いものほど討伐完了後の得られる報酬も良い物が多い。
ハデスの大鎌を報酬として得られる有料任務は『地底神殿探索調査許可証』という名のアイテムを購入することで行える。
価格は500CP、日本円にすると1回500円である。
ライトも前世ではレア報酬目当てによく購入しては、ゲーム内の友人達と持ち寄りで共闘していたものだった。
ライトがこのサイサクス世界に転生してから、早数年。
まだ年齢も身体も子供故に、ゲームのようにいろんな場所を探索したり旅に出たりすることはできていない。だが、それでもこうしてゲーム由来の課金アイテムを目にするのはエリクシルに続き二度目のことだ。
しかも回復剤であるエリクシルと違い、ハデスの大鎌は両手で扱う非常に強力な武器だ。強い武器や防具は冒険に欠かせない必須アイテムであり、それらを追い求めるのはRPGソシャゲの醍醐味であり、浪漫なのだ!というのはライトの持論である。
かつて前世のゲームの中でのみ味わっていた醍醐味や浪漫。その浪漫が今、ライトの目の前に現実の物として在る。
その大きさはライトの背丈よりもはるかに上回り、レオニスが背負う大剣やクレアの持つハルバードにも引けを取らない迫力だ。
鈍く光る刀身に内側の研ぎ澄まされた刃は、背筋が凍りそうな程に美しい輝きを放つ。ゲームの画面越しに見ていたグラフィックと全く同じ姿形や色合いだが、目の前にある実物の方がはるかに圧倒的で威容を誇る。
ハデスの大鎌が放つ強烈な存在感に、ライトは身が震えるほどに感動していた。
「ハデスの大鎌……こんなすごい物が、本当に存在するんだ……」
「地底神殿か……俺もまだ一度も行ったことはないが、いつかは探索に行ってみたいもんだ」
思わず感嘆の声を洩らすライトに、レオニスも追随するように呟く。
店主が戻ってくるまで、二人は無言のまま飽きることなくハデスの大鎌をずっと眺めていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お待たせいたしました。こちらが大珠奇魂、30個でございます」
店の奥から戻ってきた店主が、ハデスの大鎌の前で立ち尽くすライト達に声をかける。
二人ともその声にハッ!と我に返り、そこから離れて店主のいるカウンターに向かう。
「確かに受け取った。残り30個は近いうちに改めて素材を揃えてから交換しに来るので、その時はまたよろしく頼む」
「承知いたしました。交換はいつでもできますので、またのご来店お待ちしております」
店主が持ってきた大珠奇魂を、レオニスは手際良く空間魔法陣に入れていく。
ルティエンス商会での強化素材入手も無事に済み、後はディーノ村に帰るだけだ。
だが、ここでライトが店主に質問した。
「あの、あそこにある【ハデスの大鎌】、あれは地底神殿からの出土品なんですよね?」
「ええ、その通りでございますよ」
「これはどなたが持ち帰ってきたんですか?」
ライトの記憶から、ハデスの大鎌が地底神殿の名を冠した有料任務の報酬だということは分かっている。
だが、レオニスですらまだ行ったことがないという地底神殿に、どういった人物が探索に行きハデスの大鎌を持ち帰ってきたのかが気になったのだ。
「それは秘密にございますよ」
「そうですか……」
「ええ、お客様の個人情報に直結しますからね」
答えてくれない店主の言に、ライトは素直に納得する。
この世界、冒険者ならば名を売って当然だが個人情報保護と言われれば全く以てその通り、としか言いようがない。
「そしたら、お値段はいくらなんですか?ここにあるのは名前だけで、売値とか書かれてないですが……」
「申し訳ございません、その大鎌には値段がつけられないのです」
「非売品なんですか?」
「いいえ、ちゃんとした売り物ですよ。ただし、お客様が大鎌を買うのではなく、大鎌が持ち主を選ぶのです」
「人間がお金を出して大鎌を買うのではなく、大鎌が買ってもいい人間を選ぶ、ということですか?」
「ええ、良い品ほど主を選ぶものなのです。この大鎌も、己を持つに相応しい主を待ち望んでいるのです」
店主がまた何とも不思議なことを言い出した。
だが、ライトはそれをおかしなこととは思わず当然のことと納得していた。
ハデスの大鎌はもともと課金武器である。耐久性も高く、その攻撃力は+1000を超える強力さだ。
そんな伝説級の武器ともなれば、主を選ぶくらいのことはするだろう。いや、むしろそれが当然とすら思える。
ライトには、ハデスの大鎌が買えないことに落胆はない。
それよりもっと心躍る思いが、ライトの身の内に嵐の如く沸き起こっているから。
「ねぇ、レオ兄ちゃん、地底神殿ってどこにあるんだっけ?」
「あー、確かシュマルリ山脈の向こう側にある奈落の谷の谷底にある、という話は聞いたことがある」
「いつか行ってみたいね!」
「ああ、ライトがもっと大きくなって強くなったら行こうな」
「うん!!」
ライトの『行ってみたいところリスト・サイサクス大陸編』に、奈落の谷と地底神殿の二ヶ所が加わった瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ルティエンス商会での用事を無事終えて、店を出て冒険者ギルドに戻ったライトとレオニス。
冒険者ギルドの窓口には、本日遅番のクレハがいた。
「よう、クレハ。遅番ご苦労さん」
「レオニスさんにライト君、お疲れさまです」
「ディーノ村に戻るから、転移門使わせてもらうぞ」
「分かりました。あ、先程の解体依頼の差額ですが、レオニスさんの口座から引きましたので。こちらがその確認書です」
「お、ありがとう。もう処理済んだのか、相変わらず仕事が早いな」
「あらまぁ、レオニスさんに褒めていただけるなんて光栄ですわ」
レオニスとクレハが、とても和やかに会話を交わしている。
クレハはクレアの実妹でありほぼほぼ同じ姿形をしているが、レオニスへの接し方は断然クレハの方が丁寧だ。
思えば毎回毎度レオニスが寝言吐き呼ばわりされるのも、クレアからだけである。
そしてライトはレオニスの横で二人の和やかな会話を聞きつつ、密かにクレハの顔をじーっと見ていた。
ライトの真剣な眼差しの視線の先、それはクレハの眉尻である。
「……?ライト君、どうかしましたか?私の顔に何かついていますか?」
ライトの強烈な視線を感じたクレハは、ライトに問いつつ己の顔をペタペタと触る。
クレハの何とも愛らしい仕草に、ライトは慌てて答える。
「あっ、いえ、何でもありません!」
「そうですか?それならいいんですが……」
ライトとしても『クレハさんの判別方法である、眉尻の高さ3mmを見てました!』などと本人を前にしてとても言えない。
そもそも妙齢の女性の顔をガン見するなど、失礼にも程がある。
それに、姉妹の判別方法云々言ったところで
「え?嫌ですねぇ、ライト君ってば。私達十二姉妹はそんなに似てませんよ?」
とか言われてしまうのがオチなのだ。
そして肝心の観察の成果だが。ライトの目には、クレハの眉尻3mmの高さは結局分からず終いだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ツェリザークからディーノ村の冒険者ギルドに戻ったライトとレオニス。
受付窓口を見るとクレアは不在だったため、銀碧狼シーナの言伝はまた今度伝えることにした。
冒険者ギルドを出たレオニスは、道すがらライトに話しかけた。
「俺はこれからラキにアイテムバッグを届けに行くが、ライト、お前はどうする?疲れたなら先に家に帰ってもいいが」
「んー、今日はまだそんなに疲れてないから大丈夫だよ。そしたらぼくはレオ兄ちゃんがオーガの里に行ってる間に、ナヌスのヴィヒトさんに大珠奇魂を届けてこようか?」
「そうだな、そうしてもらえると助かる」
先程ツェリザークで交換したばかりの大珠奇魂に、レオニスがオーガの族長ラキのために新たに作成したアイテムバッグ。
オーガの里の結界を一日でも早く実現させるには、両方とも少しでも早く届けた方が良いに決まっている。
二人は二手に分かれて、それぞれ届け物をしに向かった。
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鎌というと死神なイメージですが、このハデスの大鎌は冥府の神ハデスの愛用する得物という位置づけになっています。
まぁでもね、冥府=あの世ですから死神のイメージでも間違いではないのですが。
そして、とうとう明かされたクレハの見分け方。眉尻3mmというと大差ないように思えますが、お顔のメイクにおける1mm2mmは結構な差かも。
とはいえ、女子にとってはすぐに分かるような大差でも前世も今世も男子なライトには全く区別がつかないのです。
ちなみにレオニスの場合は、理屈や理論ではなく野生の勘で判別しているところが大きいようです。
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