第257話 ハリエットからのお願い
翌週月曜日。
この日はラグーン学園の二学期終業式にして、今年最後の登校日である。
明日からいよいよ冬休み突入、ライト達学園生は今からもうウッキウキである。
「皆!冬休み中にどこかにお出かけしたら、お土産よろしくね!年末年始も働くこの頑張り屋さんなリリィちゃんに、ご褒美ちょうだいね!」
「私はおうちでずっと寝正月の予定だから、お土産ないや!ごめんねリリィちゃん!」
「そうだねー。僕やイヴリンは出かける予定ないから、お土産もらえるとしたらライト君やハリエットさんからだね」
「ハハハ……ぼくが行くところは人里じゃないから、お土産になるものがあるかどうか分かんないけどね……」
「私はプロステスの伯父様のところに行くので、プロステスのお土産を買ってきますわね」
「ハリエットちゃん、ありがとう!楽しみにしてるね!」
皆にお土産をねだる逞しいリリィに、それぞれが応える。
さすが人気の宿屋兼定食屋の跡取り娘、8歳にしてもう相当な口上手である。
いや、そんなことよりもライトにとって聞き逃せない言葉が何気に紛れていた。
「ハリエットさんの伯父さんって、プロステスの領主なの?」
「はい、父の兄がプロステスの領主でして。毎年年末年始に家族旅行がてらお邪魔しておりますの」
ハリエットの話によると、ハリエットのウォーベック家は代々プロステスの領主の一族らしい。
今はハリエットの伯父が嫡男として跡を継いでおり、次男であるハリエットの父は首都であるラグナロッツァに出て中央省庁の高級官僚になったのだとか。
皆でわいわいとそんな話をしていると、担任のフレデリクが教室に入ってきた。
友達と話していた子達は、慌てて自分の席に戻っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今日は終業式なので、午後の授業や昼休みはなく午前中のみで終わる。
各家庭への配布物や冬休みの間の過ごし方や心構えなどを聞き、早々に終了解散となる。
「では皆さんも風邪などひかず、楽しいお正月を過ごしてくださいね。良いお年を」
「「「はーい!」」」
フレデリクのあっさりとした挨拶に、学園生達は元気良く返事をする。
人名や地名、建物などは洋風なところも多いのに、正月やら三学期制の終業式やら至るところで現代日本の制度を感じられるのが何とも面白く不思議だ。
特にフレデリクが口にした『良いお年を』なんて言葉は、聞いているだけならここが現代日本だと勘違いしてもおかしくはない。
だが、前世の記憶を持つライトにとっては、そうした日常の中に現代日本を感じ取れることがどことなく嬉しくもあった。
イヴリンやジョゼ、リリィ、ハリエットに挨拶したライトも、家に帰るべく貴族門に向かう。
教室を出た瞬間から、もう既に冬休み突入なのだ。
すると、後ろから小走りで駆け寄ってきたハリエットに呼び止められた。
「ライトさん!ちょっとよろしいですか?」
「ん?ハリエットさん、どうしたの?」
いつも楚々としたお嬢様然としたハリエットが、小走りするなど珍しいこともあるものだ。
ライトとハリエットは帰る方向が同じなため、ハリエットの帰宅の馬車にライトも乗せてもらって話を聞くことにした。
「実は私、ライトさんにお願いしたいことがありましたの」
「ん?お願いって、何?」
「ライトさんのところの執事、ラウルさんがお作りになられるアップルパイ。あれを是非ともプロステスの伯父に、お土産として持っていってあげたいんです」
「ああ、ラウルのアップルパイねー。うん、いいよー、ラウルに頼んでおくねー」
「ありがとうございます!突然お願いしてしまって、申し訳ありません」
「いいよ、気にしないで。ラウルのアップルパイは絶品だからね!」
そう、以前ライトがラグーン学園に通うことになった際に、ラグナロッツァの家の周辺のご近所さん数軒にアップルパイを手土産に挨拶回りをしたのだ。
ご近所さんと言っても、家が貴族街にあるので周囲は全部本物のお貴族様の大邸宅ばかりなのだが。
だがしかし。これから長く通うことになるであろうラグナロッツァの屋敷で快適に過ごすには、円満なご近所付き合いは欠かせない。そのためにも、相手は貴族だからと臆してはいられないのだ。
幸いにしてご近所のひとつ、ウォーベック家はライトの同級生ハリエットの家だったし、他のご近所さんも大抵は快く挨拶を受け取ってもらえた。
ただし、最初のうちは非常に胡散臭いものを見る目で見られてしまったが。レオニス邸からご挨拶に来ました、と言えばすぐに通してもらえただけ良しとせねばなるまい。
そしてもともと気さくなウォーベック家に至っては、ラウルの特製アップルパイが甚くお気に召したようで、それ以来何度か頼まれて差し入れという形で届けているのだ。
今では週一ペースでお届けしているらしい。ラウル曰く、もちろん材料費はしっかりいただいている、とのことだが。
だが、ここでライトの頭上にエジソン電球が浮かび、ピコーン!と明るく点灯した。
「そういえば、ハリエットさんは冬休みの間はプロステスに行くんだよね?」
「え?ええ、家族一同で父の故郷であるプロステスの伯父の館にて過ごす予定ですが……」
「そしたらさ、ぼくとレオ兄ちゃんがプロステスにいるハリエットさんのところにアップルパイ持って届けに行くのはどうかな?」
ニコニコ笑顔で提案するライトだが、ハリエットは突然の申し出に若干戸惑っているようだ。
「え、そ、そんなことできるのですか?」
「うん、レオ兄ちゃんがお仕事で近いうちにプロステスに行くって言ってたんだよね」
「そうなんですか?でしたら是非ともお願いしたいです!」
ハリエットはライトの話を聞き、嬉しそうに快諾した。
だが、これはただ単に子供同士が互いの家に遊びに行くのとは訳が違う。そう、ハリエットはウォーベック伯爵家のお嬢様で正真正銘の貴族なのだ。
そんなところに平民であるライトが訪問することなど、同級生相手と言えど本来なら許されないところだ。
だが、レオニスと同行となれば話は変わってくる。
レオニスは爵位こそ断固固辞して持っていないが、数々の功績を以て名字を名乗ることを許された英雄であり、彼の持つ力はそこら辺の下手な貴族よりもはるかに強いのだ。
サイサクス大陸一の英雄が、学友とともにわざわざ親戚宅に手土産を携えて訪ねに来る。これを栄誉と捉えたハリエットの感性は、実に正しいものだった。
「ハリエットさんはいつまでプロステスにいるの?」
「1月4日までの滞在で、8日にはラグナロッツァに戻ってくる予定です」
「移動に四日もかかるんだ、大変だね」
「ええ、ですから行きも明日の朝に出立して29日にプロステス到着なんですの」
レオニスとカタポレンの森のおかげで、いつでもホイホイと転移門を使用しているライト。ハリエットの馬車での移動話を聞き、如何に自分が恵まれた環境にあるかを改めて思い知る。
「でも、途中立ち寄る街での宿泊などもなかなかに楽しいものですよ。その土地ならではの食事も出たりしますし」
「あー、そういうのも旅の楽しさのひとつだよね!」
「ええ、ラグナロッツァでは味わえない食事や普段見ることのない風景を眺めるのも楽しみですの」
うふふ、とはにかみながら話すハリエット。その柔和な表情は、普通の少女のようにあどけなく愛らしい。
生まれながらにして貴族のお嬢様なのに、平民のぼくに対しても気さくに接してくれる人で本当に良かったな、とライトはハリエットの笑顔を見ながら内心思う。
もしハリエットがドリドリの縦ロールドリルヘアで、口元に揃えた指を垂直に立てながら『ヲーホホホホ!』と高笑いしながら平民を見下すような少女だったら、間違いなくライトは近寄れもしなかっただろう。
「じゃあレオ兄ちゃんに、29日か30日にプロステス行けるようにできるか聞いておくね。さすがに大晦日や正月三が日に行くのは悪いし」
「いいえ、レオニス卿でしたらプロステスの伯父もいつでも歓迎すると思います。さすがに元旦はちょっと分かりませんが……」
「だよねー。レオ兄ちゃんには今日のうちに相談しとくから、明日の朝イチには返事できるようにしとくね」
「分かりました。朝の7時に出立しますので、できればその前にお教えいただけると嬉しいです」
「朝7時ね、了解ー。それまでに伝言できるようにラウルに言っておくねー」
レオニス邸からハリエットのウォーベック家は、三軒隣のご近所さんだ。
ご近所さんといっても歩いて5分以上かかる距離だが、それでもこういう時にすぐに連絡できるのは貴族街に住む数少ない利点かもしれない。
いろいろと話をしているうちに、ウォーベック家の門扉の前に着いた二人。
ライトはウォーベック家の馬車から降りた。
「じゃあ、そういうことでまた明日ね!」
「はい、ライト君もカタポレンの森のレオニス卿のお友達のところ?に、気をつけてお出かけしてきてくださいね」
「うん、ありがとう!」
二人は別れの挨拶をして、ハリエットは門扉の中に入りライトはレオニス邸に向かった。
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レオニス邸のご近所さんへの挨拶云々は、第93話にて出ています。
回覧板こそ回さないものの、ご近所さんとしてぼちぼち顔馴染みになっておくようにライトはラウルにも発破をかけています。
おかげでラウルとウォーベック家は今ではそこそこ仲良しです。……え?ウォーベック家以外の他のご近所さんですか?
それはまた機会がありましたらですね……
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