第245話 多忙なパレン
「直営食堂側の三軒向こうの、灰色の三階建て……ここか」
冒険者達に聞いた通りに、直営食堂側を歩いていったライト。早速それらしき建物を見つけ、入口と思しき扉の前に立つ。
大きな扉の横には、これまた聞いた通りの翼竜の絵が描かれた看板がある。
その翼竜の絵の下には『ドラグエイト便』とある。これがこの翼竜便を扱う店の名前なのだろう。
ライトは意を決して大きな扉を開く。
「ごめんくださーい」
中はこじんまりとした小さな事務所のようだ。冒険者ギルドの受付カウンターを思わせる窓口があり、そこには一人の老人の男性がいた。
「いらっしゃい。翼竜便のご予約ですかな?」
「はい。えーとですね、来週の火曜日の12月26日に三人乗れる翼竜便をお願いしたいんですが、予約は可能ですか?」
「少々お待ちくださいね…………はい、幸いにもひとつ空きがありますので可能ですよ」
物腰の柔らかい老人が、手元にある台帳をパラパラと捲りながら確認する。どうやらライトが希望する日時の予約は可能のようだ。
「そしたら予約したいんですが、どのようにすればいいですか?ぼく、翼竜便の予約どころか乗ったことも一度もないので分からなくて……」
「ほっほっほ、そんなに恐縮することもないですぞ。まずは予約なさるお客様の名前、行き先などをお聞きしてもいいですかな」
老人が柔らかな笑みを浮かべながら、ライトに声をかける。
ライトは老人に言われた通りに、名前や行き先などを告げる。
予約者名はレオニス・フィア、乗る人数は三人、行き先は巌流滝、往復ではなく片道のみ等々の希望を伝えていく。
「ふむ、巌流滝ですか。また珍しい場所をご指定ですな」
「はい……カタポレンの森の中にある滝なんですけど、大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。私どもの翼竜便に地上で行けぬ場所などありません」
場所が場所だけに心配そうに尋ねるライトに、老人は事も無げに答える。
「ここラグナロッツァから巌流滝まで……そうさな、片道5万G。三人分の15万Gの半分、75000Gを前金として三日以内にお支払いをお願いできますかな?」
「分かりました、家に帰ってそのように伝えます」
「では、三名様分での仮予約ということで承ります」
「よろしくお願いします」
終始淡々とした事務的処理だったが、マキシの里帰りに使う翼竜便が確保できたことにひとまず安堵するライトだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ライトがドラグエイト便で翼竜便の予約話をしていた頃から、遡ることほんの少し前。
レオニスは冒険者ギルド総本部で、ギルドマスターのパレンと向き合っていた。
本日のマスターパレンの出で立ちは、アフロヘアーに虎柄のホルターネック&レギンスという、いわゆる雷様コスプレである。
パレンはレオニスから渡された神殿からの書簡を受け取り、中の便箋を取り出して涼やかな糸目でゆっくりと文字を追いながら無言で読んでいる。
あー、雷様って本来なら虎柄パンツのパンイチ姿がデフォのはずだが……ギルド総本部マスターともなれば、上半身マッパのパンイチ姿で仕事する訳にはいかんもんなー。そこら辺は臨機応変というか、さすがに場に合わせるか……
しっかしこの虎柄上下服、一体どこで買ってくんの?ていうか、それ普通に売ってるもんなの??まさか自作???
レオニスは今日のパレンファッションを眺めつつ、パレンが書簡を読み終えるのをおとなしく待つ。
「……ふむ。ラグナ教は私にも第三者として、逃亡した魔の者の事情聴取に付き合え、と」
「ああ。ラグナ教としても、この件でこれ以上傷を広げたくはないだろうからな。あんたのような実績も名もある第三者を立ち会わせることで、自らの公正さを主張し僅かなりとも信頼を得たいんだろう」
「だろうねぇ。地に堕ちた信頼を取り戻すのは、並大抵のことではなかろうし」
「並大抵どころか、果てしなく険しい茨の道だろうがな」
書簡を一通り読み終えたパレンは、便箋を丁寧に折り畳み封筒に戻してからレオニスに返す。
「さて、マスターパレンはどうする?向こうさんも一応あんたに気を遣って、招集日時に余裕を持たせたんだろうとは思うが」
「今度の土曜日の午後、か。今入っている予定を見てからでないと何とも言えんが……おーい、シーマ君!」
パレンが隣室に控えていた秘書の名を大声で呼ぶ。
今回も神殿絡みの重大案件話のため、人払いしていたのだ。
しばらくすると、扉が二回ノックされた後に一人の小柄な女性が部屋に入ってきた。
秘書特有のカチッとしたスーツに身を包んでいる。コスプレマスターのパレンとは真逆の、秘書としてきちんとした身なりだ。
彼女の名はシーマ。裾がふわりと広がる赤茶色のエアリーボブに、くりっとした大きな丸い海老色の瞳。
丸顔に小さな鼻と口、いわゆる『うさぎ顔』と呼ばれる童顔タイプで背丈も小柄なため、余計に幼く見える。
だが、彼女は歴としたマスターパレンの敏腕第一秘書である。
「お呼びですか、マスターパレン」
「今度の土曜日の予定はどうなっているかね?」
「今週土曜日でしたら、午前10時にラグナ大公との謁見、午後1時から4時までスイーツ店【Love the Palen】のイベントのゲスト出演、午後7時からボディビル仲間との筋肉懇親会、という予定になっております」
ファイルやメモ帳等一切見ることなく、数日先の予定をスラスラと諳んじてみせるシーマ。
さすがはギルド総本部マスターの第一秘書を務めるだけあって、かなり有能なようだ。
「ンッフゥ、その日はラグナ大公との謁見が入っていたか……さすがにそれは最優先せねばならないが、午前中からなら問題ないだろう」
「シーマ君。土曜日の予定だが、午後の【Love the Palen】のイベントは短時間、1時から30分間のみの短縮出演に急遽変更と急ぎ伝えておいてくれたまえ。ラグナ大公との謁見と筋肉懇親会は、予定通りそのままでいい」
「了解しました」
シーマは美しい所作で一礼すると、部屋を退室していった。マスターパレンから指示された仕事をこなしにいったのだろう。
「マスターパレン、あんたも相当忙しいようだな」
「ンッフォゥ……これも人気者故のの運命かね」
「……ま、そういうことにしとこうか。つーか【Love the Palen】のイベント出演って何してんだよ……それ、スイーツ店だろ?」
「【Love the Palen】は私の息子が経営している店でね。プロテインバーの開発など、私が携わっている部分も少なからずあるのだよ」
「そうなんか……言われてみれば店の名前にも『パレン』入ってるもんな」
「そういうことなのだよ」
レオニスがパレンの多忙さを一瞬だけ労うも、スイーツ店のイベント出演など謎の予定にツッコミを入れる。
だが、スイーツ店として超有名な【Love the Palen】がマスターパレンの息子が経営する店だとはレオニスも知らなかったようだ。そしてそれはあまり広くは知られていない事実らしい。
「にしても、よりによって土曜日にラグナ大公との謁見が入っていたとるはな……午後の神殿での事情聴取の結果も、まとめていっしょに伝えられりゃ一番いいんだがな」
「そうだな。だが、これでもかなり強引に謁見を捩じ込んだのだ。緊急事態とはいえ、他の諸侯や官僚達に事件を知られる訳にはいかんから内容も詳らかに明かせぬし」
ラグナ教の事件は、アクシーディア公国の頂点であるラグナ大公の意向が分かるまでは、なるべく他の者に知られたくない。
大々的に公表してラグナ教を処罰するならともかく、完全解体までは難しいことを思えば秘密裏に処理したいと考える可能性も低くはない。
もしそうなった場合、この話が広まりすぎていては事件を隠し通すことは不可能になるからだ。
「一にも二にもまずはラグナ大公に、ラグナ教での事件を知っていただかねばならん。そしてこればかりは人伝にする訳にはいかん、人払いした上で私が直接ラグナ大公に話さなければならぬ」
「午後から執り行われる事情聴取の内容は、後日書簡でお伝えすればいいだろう。事件のことを知っていただければ、私からの書簡も最優先でラグナ大公のもとに届けられるようになるはずだ」
「謁見で直にお話することはなかなか叶わぬが、書簡でのやり取りならばこまめに行えるだろう」
パレンは鋭い目つきとともに有能な頭脳で策を巡らす。鋭い目つきといっても完全なる糸目なのだが。
「とりあえず、事情聴取にはあんたも参加するってことでオラシオンに伝えていいか?」
「ああ、オラシオン君にもそのように伝えてくれたまえ」
「了解。ラグナ大公との謁見での話も、良ければ事情聴取の際に聞かせてくれ。ラグナ教の大教皇もいる場だ、向こう側にも聞かせるならその場で話してもらった方が手間も省けていいだろう」
「そうだな。もし万が一ラグナ教側に聞かせたくない話となった場合は、事情聴取後に改めて別の場所で話すことにしよう」
「じゃ、そういうことでよろしく頼む」
「うむ、オラシオン君にもよろしく伝えておいてくれたまえ」
「了解。じゃあまた土曜日にな」
筋骨隆々の糸目な雷様が、にこやかな笑顔でレオニスと握手を交わす。
用件を無事伝え終えたレオニスは、部屋を後にした。
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数話前から出ている翼竜籠、第10話にてライトの母レミが国外に移動する際に使用しています。
ぃゃー、この翼竜籠便、いつかまた作中に出して使おうと思ってはいたのですが。だいぶ話数も増えて、こーんな後になっちゃいました。
そのブランク実に200話以上、半年寝かせた熟成ネタでございます!……って、寝かせて熟成させりゃ旨味や深みが醸し出せるってもんでは絶対にないのですが。
あ、ちなみにマスターパレンの二件目の予定の【Love the Palen】、実はこれも第34話にてライトがクレアへ買っていったラグナロッツァ土産として登場しています。
初期の頃に散々撒いておいた数々の小ネタが、こうして徐々に身を結びつつあるのがちょっとだけ嬉しい作者です。
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