第246話 魔の者達との対峙

 あっという間に数日が過ぎ、土曜日になった。

 今日はラグナ教が確保した魔の者を、改めて神殿にて事情聴取する日である。

 その事情聴取に立ち会う第三者は、レオニス、オラシオン、パレンの三人のみ。今回はライトまで参加する必要はないので、家で留守番である。


 午後2時から開始ということで、レオニスは開始予定時間の20分前に神殿の正門に到着した。少し早いかな、と思ったが正門には既にオラシオンがいた。


「よう、オラシオン。俺より早く到着してたか」

「こんにちは、レオニス卿。他の皆様がいつ到着なさるか分かりませんのでね。皆様を迎えるために30分前に来てしまいました」

「相変わらず生真面目だな。まぁラグーン学園の理事長を務めてたら、時間厳守は当然なんだろうが」

「ええ、教職者が時間ギリギリ到着とか遅刻とかあり得ませんからね」


 オラシオンの真面目さにレオニスが小さく笑うと、オラシオンもそれに釣られてかふふっ、と笑う。


「マスターパレンは時間通りにいらっしゃいますかね?」

「ラグナ大公との謁見は午前10時からだと言ってたから、大丈夫だとは思うがな……さすがに何時間も謁見するはずねぇし」

「ですよねぇ……ただ、内容が内容だけにラグナ大公とどういう会話がなされたか、全く想像もつかないのが何とも」

「まぁなぁ……」


 互いの耳にしか聞こえない程度の小声で、会話をするレオニスとオラシオン。


「つーか、とっ捕まった奴等は何で教会に舞い戻ってきたんだろうな?オラシオンはそこら辺、何か聞いているか?」

「いいえ、あれから新しい情報は来ていません。神殿側としては、今日の事情聴取で全てを明かすつもりかと」

「そうか……」


 そんな会話をしていると、道の向こうからパレンが来た。

 パレンの本日の衣装は、頭には頭襟、服は袈裟に篠懸に野袴、靴は八目草鞋を履き手には錫杖という、いわゆる山伏ファッションである。

 黄色の山伏衣装に、四つの鮮やかな臙脂色の梵天が映える。遠目からでもそれがパレンだとすぐに分かる目立ちようだ。


「レオニス君、オラシオン君、待たせたようですまないね!」

「「…………」」

「ンフォ?二人とも、どうかしたかね?」

「い、いえ、マスターパレンも時間通り来れて何よりです……」


 涼しげな糸目で爽やかな笑顔で、挨拶とともに謝るパレン。

 雪野原よりも真っ白な歯がキラリと眩く光る。


「いや、えーと……あんた、今日はラグナ宮殿に行ってきたんだよな?」

「もちろんだとも!予定通り大公にもご報告申し上げてきたぞ」

「……その格好で謁見してきた、のか?」

「そうだが。それがどうかしたかね?」

「……いや、何でもない」


 何故レオニスがそのようなことを聞くのか、全く分からないといった様子のパレン。

 一方のレオニスとオラシオンは、まさかその新進気鋭なファッションをラグナ宮殿でまで披露してくるとは夢にも思ってもいなかったようだ。あまりの想定外のことに、二人して呆気にとられてしばし固まる他ない。


 冒険者ギルド総本部マスターとの謁見だと思ったら、出てきたのが山伏とは。こりゃラグナ大公もさぞかしびっくりしただろうなぁ……朝っぱらから度肝を抜かれて御愁傷様だな!

 ……いや、待てよ。考えようによっては、山伏って冒険者と大差なくね?山伏ってのは山籠りして修行する修験者のことだし、確か『修験者』のジョブを持つ冒険者もいたよな?

 てことは、だ……今日の山伏ファッションは、冒険者として正装にも等しいってことだな!さすがだマスターパレン!


 オラシオンはどう思ってるかは分からないが、レオニスはそう思うことにした。

 そう、人間外見じゃない。中身こそが最も重要なのだ。

 どんな姿であろうとも、マスターパレンはマスターパレン。実力が物を言う冒険者の世界で、出自こそ平民ながらその腕ひとつで冒険者ギルド総本部マスターにまで上り詰めた人物なのだ。

 その多大な功績と実力は、見た目や衣装などの外見的要素でどうこうなるものではないのだ。……多分。


「いつまでも外にいても仕方あるまい。さぁ諸君、行くぞ」

「お、おう」

「そうですね。マスターパレンも時間通りいらしたことですし、行きましょうか」


 三人は大教皇が待つ執務室に向かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 山伏姿のパレンを筆頭に、レオニス、オラシオンがその後に続き執務室に向かう。主教座聖堂を通り抜け、迷うことなく別棟に進むところをみると、どうやらパレンは大教皇の執務室に何度か足を運んだことがあるようだ。


 執務室の前に到着した一行。パレンが扉を二回ノックし、執務室に入る。中には大教皇エンディが、部屋の中央に静かに佇んで三人を待っていた。

 三人の姿を真っ直ぐ見つめながら、エンディが一礼する。


「皆様、本日はご多忙のところを当神殿にお越しいただき、誠にありがとうございます」

「大教皇様、お久しぶりにございます。此度の件、レオニス卿から話は聞いております」

「私の不徳の致すところにより、このような事件となってしまいました。皆様方にもご迷惑おかけし、本当に申し訳なく思っております」


 エンディが三人に向かって、改めて深々と頭を下げる。


「大教皇様だけの責任ではありませんぞ。ですが、この問題は早急に解決せねばなりません」

「マスターパレンの仰る通りです。ですが、私達神殿の者だけでは到底完全解決に至ることはできません。それには外部の力、皆様方の御力が必要なのです」

「我等に手伝えることがあれば、出来る限り尽力いたしましょうぞ」

「深く感謝いたします」


 エンディとパレンが一通りの挨拶を交わしたところで、オラシオンが口を開いた。


「大教皇様、早速ですが確保したという魔の者はどちらに?」

「こことは別の場所におります。ご案内いたします」


 エンディの案内で、一行は魔の者がいる場所に向かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 別棟から外へ出て、中庭とは別の薬草園を横切る。

 薬草園のすぐ先に、大きな柵と門扉が見える。その柵に取り囲まれるようにして建つ一軒のログハウス風建物が見える。どうやら行き先はそのログハウスのようだ。

 見た感じでは、そのログハウスはかなり大きめに作られている。屋根裏部分にも部屋や収納場所がありそうだ。


「ここは、普段は新規入信者や職員の研修場所として使われている施設なのですが。今回は各地で確保した魔の者の人数がかなり多いため、急遽ここを空けて拘留しています」


 門扉を潜り建物に近づいていくと、そのログハウスを監視兼警備している衛兵が何人もいた。

 剣を佩いている者と杖を持っている者、半々くらいか。

 扉の前に二人、建物の四隅の一角にそれぞれ三人はいる。小さな小屋ひとつにとんでもない厳重警戒態勢である。


 建物に近づく一行に気づいた衛兵達が一瞬ピリッとしたが、その一行の先頭にエンディがいることにすぐに気づき警戒を解く。

 頭を深く下げる衛兵達に、エンディが声をかけた。


「皆さん、研修所の警備大儀です。何か変わったことはありませんか?」

「労いのお言葉、大変光栄に存じます。特に変化はございません、ご安心ください」

「そうですか。では、私達はこれから研修所の中に入り、聴取を始めます。私達が外に出てくるまでは、もし誰かがここに来ても絶対に通さぬように」

「かしこまりました」


 衛兵が一礼した後、玄関の扉を静かに開けた。

 エンディが先陣切って中に入り、レオニス達もそれに続いて入っていく。

 四人が建物に入ったのを見届けた衛兵は、静かにその扉を閉じた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「「「…………」」」


 建物の中に入ったレオニス達は、目と口を大きく開きながら眼前に広がる光景をただただ呆然と眺めていた。

 研修所と呼ばれた建物の中でも、一番広いとされる大広間。そこには20人近くの人数がおり、わちゃわちゃとした空気の中で全員がのんびりのほほんと過ごしていたからだ。


 見た目はまだ人間に擬態中だが、ここにいるのは全員魔の者で間違いない。組織のトップが魔の者だった三ヶ所の拠点の元職員で、事件発覚直後に行方をくらましていた者達である。

 そして、何を思ったのかその後全員緊急閉鎖中の教会に舞い戻り、挙句捕らえられて今ここに押し込められているのだ。


 だが、押し込められているといっても、地下牢や檻のついた監獄などではないあたり、かなり人権的配慮がなされているようだ。

 もっとも、魔の者に対して人権という言葉は果たして適切なのかどうかは定かではないが。


 もっと厳つい場所やじめじめとした地下牢なんかを想像していたレオニス達、予想外に平穏な光景に驚愕を隠せない。

 ただ一人、エンディだけはいつもと変わらず落ち着いた様子で大広間の魔の者達の中にいた二人の人物に声をかける。

 しかも驚くべきことに、二人とも普通に魔の者と会話をしているではないか。


「ホロ総主教。見張り役、大儀です」

「おお、これは大教皇様。お越しになられたことにも気づかずお出迎えもしませんで、誠に申し訳ございません」

「そんなことは気にしなくていいですよ。エルメス司祭も、総主教の補佐を立派に果たしてくれているようですね」

「大教皇様からのお言葉、身に余る光栄でございます」


 エンディに声をかけられた二人が、魔の者達の輪から離れて恭しくエンディに傅く。

 二人の衣服を見るに、神殿関係者のようだ。特にホロ総主教と呼ばれた方は、大教皇であるエンディと比べても遜色ない高貴さをまとっている。

 三人のそのやり取りを見た魔の者達の、それまで姦しかった雑談や戯れが一斉に止まる。

 静まり返った空間の中、エンディだけが常にマイペースで粛々と事を進める。


「皆様方にご紹介いたします。こちらはホロ・グラムローズ、総主教を担っております」

「こちらはエルメス司祭、まだ若いですが次代のラグナ教を背負って立つ期待の新星です」


 エンディに紹介された二人が、レオニス達に向けて深く一礼する。


「ホロ総主教、エルメス司祭、こちらは今日の聴取に立ち会ってくださる方々です。皆様の名やお立場などは、以前に話しておいた通りです」

「皆様方は、ラグナ教の信徒でもないのに私達のためにご協力くださっています。くれぐれも失礼のないように」


 双方の紹介を軽く済ませたエンディは、しばし目を閉じ呼吸を整える。

 閉じていた目をスッ、と開けたエンディは、覚悟を決めたかのように宣言する。


「では、これより聴取を始めます」


 シン……と水を打ったように静まり返る大広間に、透き通るようなエンディの美声が響き渡った。





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 マスターパレン、今日も実にファッショナブルです。

 このマスターパレンの衣装、ふざけているように見えて実は本人的には大真面目です。

 筋骨隆々の逞しい肉体美に、羽織る山伏衣装はさぞ映えるに違いない!


 というか、今回でマスターパレン三回目の登場なんですが。何故か毎回

『ンッフォウ!今日の衣装は、コレだッ!!』

という啓示というか指令がですね、勝手に脳内に降りてくるんですよ……

 その手の現象は、無理に逆らって別のものにしようとしても全くいいことない=違和感拭えず結局書き直す羽目になるんで、もうインスピレーションに素直に従うようにしてるんですが。


 どうもマスターパレンもクレア嬢と同じ属性の御方のようです_| ̄|●

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