第244話 多忙なライト

 翌週月曜日。

 その日の授業も無事終わり、帰り支度を始めるライト。

 今日は家に帰る前に、翼竜便を取り扱う事務所に寄ってみるかなー。確か冒険者ギルド総本部の近くにあるって言ってたから、クレナさんに聞けば分かるよね!

 そんなことを考えながら帰り支度をしているライトのもとに、担任のフレデリクがスススー、と寄って来た。


「ライト君、すまないが帰る前に理事長室に寄っていってくれないかな?理事長先生がお話したいことがあるそうなんだ」

「理事長先生からのお話、ですか?分かりました、帰る前に行きます」


 フレデリクからの言伝を聞き、早速理事長室に向かうライト。

 扉を二回ノックして、理事長からの「どうぞ」という言葉を聞いてから理事長室に入る。


「こんにちは。フレデリク先生から呼ばれたと聞きました」

「こんにちは、ライト君。帰る前に呼び立ててしまってすみませんね。今日は昼休みに図書室にいなかったようなので」

「あ、すみません……雨の日の昼休みは、教室で同級生達と過ごしているんです」

「そうですか。いえ、ライト君が謝ることなどないのですよ。同級生の友達と仲良く過ごすのは、とても良いことですから」


 執務机に座ったオラシオンがライトを迎え入れた。

 ライトは執務机の前まで進み、オラシオンに問うた。


「理事長先生がぼくに用事があるということは、神殿関連のお話ですか?」

「さすがライト君、察しが良くて助かります。ええ、その通りです」

「その後の調査で何か分かったんですか?」

「ええ。そのことについて、レオニス卿も交えてお話したいと思っておりまして。ですので、レオニス卿にこの書簡を渡していただけますか?」


 そう言うとオラシオンは、一通の書簡をライトのいる方に差し出した。

 ひと目で上質なものと分かるその封筒に、ライトは見覚えがあった。間違いなくラグナ教から送られてきた書簡だ。


「これはレオ兄ちゃん宛に来たものなんですか?」

「いいえ、この書簡は大教皇様から私宛に来たものです。ですが、中の文書でレオニス卿の今後の協力も求められていますので、それをレオニス卿に見てもらった方が早いかと」

「そういうことですか……分かりました、必ずレオ兄ちゃんに渡します」

「ライト君にもお手数をかけてしまい、申し訳ありません」

「いえ、そんな!この程度のお遣い、手間のうちにもなりませんし気にしないでください!」


 ライトに向かって丁寧に頭を下げるオラシオンに、ライトは慌てて声をかける。


「そう言ってもらえると私としても助かります。では、よろしくお願いしますね」

「分かりました!」


 ライトは元気な声で返事をすると、理事長室から退室した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ただいまー」

「レオ兄ちゃん、おかえりー!」


 カタポレンの森に夜の帳が下りようとする頃、レオニスが帰宅した。

 いつものように、元気にレオニスを迎えるライト。


「理事長先生からレオ兄ちゃんに、お手紙預かってるよー」

「何?オラシオンからか?」

「うん、神殿関係らしいよー」

「そうか、分かった、ありがとう」


 ライトは絶対に渡し忘れないよう、レオニスが帰宅してすぐにオラシオンから預かった書簡を手渡す。

 レオニスも書簡の内容が気になるのか、着替えもそこそこに早速書簡の中を改めた。


「ふむ……ん……そうか……」


 書簡を読み進めていくレオニスの様子を、ライトはじっと見守る。

 一通り読み終えたレオニスは、手紙を封筒に仕舞うことなくそのままライトに渡した。


「……え?ぼくも読んでいい、の?」

「ああ。お前だってあの件には深く関わってるし、散々炙り出しの手伝いで協力したからな。その後の調査結果だって気になるだろ?」

「う、うん、それはもちろん気になるけど……」

「なら素直に読んどけ。もしかしたらまだこれから先も、お前の力を借りなきゃならんこともあるかもしれんしな」


 レオニスの言葉にライトは無言で頷き、手紙を読み始めた。

 神殿からの書簡には、次のようなことが書かれてあった。


 魔の者が潜んでいた三ヶ所の拠点、港湾都市エンデアン、職人の街ファング、商業都市プロステス。それぞれの教会の施設内からは、これといった目新しい情報は得られなかったこと。

 だが、事件発生直後に行方不明になっていた各支部の職員が数日後にそれぞれの施設に戻ってきたこと。

 それらの職員は即時確保、今は総本部の神殿にて24時間監視のもと保護していること。これらの職員全員は既に事情聴取してあること。

 彼らの話を第三者にも聞いてもらうために、改めて神殿にて事情聴取を行うこと。

 その第三者として、オラシオン、レオニス、そして冒険者ギルドの総本部マスターにも立ち会ってもらいたい。

 ついては今週土曜日午後2時にラグナ教神殿に来ていただきたい。皆各界を担う重要人物で多忙だとは思うが、是非ともご協力をお願いしたい―――


 文書の最後まで目を通したライトは、元通りの形に綺麗に折り畳んで封筒に仕舞ってからレオニスに返した。


「だいたいは分かったけど……逃走していた職員が戻ってきたなんて、意外だね」

「ああ、俺も予想外だったわ」

「既に事情聴取済みらしいけど、その内容までは書かれてなかったね」

「第三者を交えて改めて事情聴取するってことは、その証言の信憑性を高めたいんだろう。ラグナ教側の身内の人間だけで済ませて報告したところで、外部の者は信用できん。まだ何か隠し事してるんじゃないか?って疑われるのがオチだ」

「そうだね……そんなことになるくらいなら、最初から部外者の人にも全部見せた方がいいってなるもんね」

「そういうことだ」


 公明正大を掲げる現大教皇らしいな、とライトは思う。

 今度の土曜日に再度事情聴取を行うというのも、彼なりの配慮なのだろう。

 本当なら、すぐにでも第三者を招集して事件の早期解決を図りたいところだろう。だが、フリーの冒険者であるレオニスはともかく、冒険者ギルド総本部マスターやラグーン学園理事長などの高い地位にある人は当面の予定はぎっしり詰まっていて当たり前なのだ。

 ましてや神殿は他者に協力を仰ぐ側であり、頼るべき他者の都合や意向を無視してゴリ押しなどできようはずもない。


「ギルドマスターには早速明日伝えとくわ。ライトの方からもオラシオンに、委細承知したと伝えといてくれ」

「うん、分かった」


 レオニスは書簡をロングジャケットのポケットに仕舞い、着替えるために自室に向かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日の火曜日。

 ライトは昼休みに理事長室に出向き、昨日レオニスに頼まれた言伝を伝えておく。昨日はオラシオンからのお遣いで断念してしまったが、今日こそは学園の授業が終わったら翼竜便の会社?事務所?に行くためだ。

 素材集めに職業ランクアップにマキシの里帰り同行計画と、ライトもなかなかに多忙である。


 授業も無事終わり、早速学園を出て冒険者ギルドに向かう。

 そこは首都ラグナロッツァの冒険者ギルド総本部だけあって、いつも混雑している。特にこの夕方の時間帯はその日の決算の集中時間ということもあり、依頼完了報告やら素材の買い取り申請などでとても賑わっていた。


 クレナのいる窓口に並んだライトだったが、間を置かずして周囲の冒険者達に声をかけられた。


「おう、何だ、レオニスの旦那んとこの坊主じゃねぇか」

「今日はどうした、レオニスといっしょじゃないのか?」

「そういやさっきレオニスがギルドマスターの部屋に向かうのを見たぜー」


 そういやレオ兄、昨日の神殿からの要請の件を今日ギルドマスターに伝えとくって言ってたなー、今頃話し中なのかも。

 そんなことを考えながら、ライトは自分に声をかけてくれた冒険者達に返事した。


「皆さんこんにちは!ぼく、翼竜便を扱う事務所がこの冒険者ギルドの近くにあるって聞いて、クレナさんにその場所を聞こうと思ってここに来たんです」

「翼竜便、か?それならここを出てすぐそこだ、直営食堂側の三軒隣にあるぞ」

「灰色の三階建てのちっこい建物で、翼竜の絵が描かれた看板が出てるからすぐに分かるぜ」

「んー、何て名前の屋号だったかなぁ……うん、思い出せんわ!俺ら翼竜便なんて縁ねぇしな!」

「違ぇねぇ!」


 ワーッハッハッハッハ!!とふんぞり返りながら高笑いする冒険者達。その姿は、普段のレオニスのそれと完全に一致する。

 レオニス同様陽気な脳筋オーラを振り撒く愉快な冒険者達に、ライトはペコリと頭を下げた。


「教えてくれてありがとうございます。早速行ってみますね!」

「皆さんみたいな親切な人達がレオ兄ちゃんの仲間で、ぼく本当に嬉しいです。これからもレオ兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね!」

「じゃ、失礼します!」


 にこやかな笑顔で冒険者達に礼を言い、元気よく立ち去っていくライト。

 その後ろ姿を冒険者達はまるで保護者のように、うんうんと頷きながら優しい眼差しで温かく見守るのだった。





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 神殿の悪魔潜入事件、進展がありそうです。

 というか、神殿の事件のみならずオーガの里の結界作りのための素材集めやらマキシの里帰り準備やら、あれこれやらなきゃならんことが山積みのライト達。

 作者もあちこち書き散らして話が分散し過ぎないよう、心がけてはいるのですが。事件が起きたらきちんとしたオチというか、それなりの決着はつけねばなりませんし。

 混乱を招くことなく起承転結をきれいにまとめるというのも、なかなかに難しいものです。

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